第12話:ニート、セレンディピティ
前略、朝。
森の中で目覚めを迎えたところ、妙齢の女性によって馬乗りになられていたわけですが。
こんなとき、どうすればいいんでしょうか?
「ふぁっ!?」
奇声をあげて飛び退こうとして、動けないことに気づいた。
覆い被さられて、両腕で肩を抑えつけられている。陽光を背に受けて輪郭を黒く浮かび上がらせる女体は、子供の姿になってしまった俺にとって、まさに呑み込まれてしまいそうなほど巨大に見えた。
「おはようございまぁす、ご主人さまぁ」
うん、誰だ。少なくとも、うちのメイドの声ではない。理想としてはこんな呼び方をして欲しいものだが、実際そんなにお優しい方ではないのは判りきっているため一発でメイドの可能性は除外する。
ああっ、でも本当に理想的だ。ぼくのかんがえる最高のメイド部下像な声だ。
いったいこの耳の中を綿毛でくすぐってくるような可憐な声の持ち主は誰なんだ!
「ど……どちらさまでしょうか」
「もうっ、ご主人様ったらぁ」
上に乗った影が身じろぎした。びちゃり。俺の顔に水滴が落ちてくる。それがぬるりと粘性を持って頬から滑り落ちて……?
え?
彼女が躯を逸らすと、陽光が差しこんで姿がハッキリと見えた。というよりも、太陽の光が、女体の中でキラキラと乱反射している。
「スライムのライムだよ♪」
水で出来た少女の躯で、スライムことライムがニコリと微笑んだ。
「……うぇえええええええ!?」
はっ? えっ? んんっ!?
ええと、その、待って。なに。
この娘、ライムなの? あの、昨日はずっと俺について歩いてきたスライムの!?
ゲルの塊であった頃のライムを思い浮かべながら、あらためて俺にのしかかっている女の子を見た。
かわいい。率直に言ってかわいい。無邪気、天真爛漫を絵に描いたような女の子だ。とはいえ、躯のラインは二次成長を過ぎていて、均整の取れた少女のものである。無垢な表情と、明かに女性的な成長を遂げた躯付きのアンバランスさは、非常に目のやり場が困る。
というか、なにも服を着てないし。水だからね、当たり前だね!
水が人間の形に固まっているだけなので猥褻は一切ないし、要は全身タイツのように表面はテカテカしてるだけなので裸ではないのだが着衣とはまた別の厭らしさがないかなコレ!?
「はへ、ほ、ほんとに……ほんとのほんとにライム?」
「うん! がんばって、人間の形に、なってみたよ!」
「……な、なれるんだ」
「恩返ししたくて、がんばった!」
あっ、これ鶴の恩返しで見た!
どうしよう。この体勢って、つまりそういう流れかな? どうしよう、他意はないが心臓がどきどきしすぎて痛くなってきたぞ。他意はないが!!
「そ、そうか。ならつまり、こうして人の躯で恩返しをしてくれると!」
「そうだよ! だから、いまも、がんばって起こしてみた。なにかダメだった?」
「全っ然! まったく! 問題ないです!」
ああっ、不安そうに覗き込まれるとそれだけでドキッとしちゃう。別にスライムだとかどうでもよくない? 肉じゃないことになにか問題でもあるの? 人間の躯なんて八割水だしそれが十割水になっただけだよ。ふつうじゃん!
「あっ、なら、そのぉ……それなら、ライム、ご褒美が欲しいなって……」
「ご、ごごごご褒美!?」
にゅっとライムの躯が突き出されて、顔を覗き込まれる。
「うん、ご主人さまが……欲しい」
「俺が! 欲しい!」
「うん! だから、その、ちょっとだけ……いい?」
「ちょっとだけ!? い、いや、その、全部! 全部でもいいぞ!」
「全部!!」
ライムの目が輝いた。
「全部食べていいの!!!」
「ん?」
「ライム、昨日のお肉の味が、忘れられなくて……そのせいで、ずっとお肉が食べたくて……」
「ちょっと話変わってきたぞ」
なんで食事の話してるのかな?
「ご主人さまのお肉、溶かして食べちゃっていいの!」
「まって!!」
食べるって隠語じゃないの!
「いただきます!!」
ぎゃーーーーーっ!!!
そうして、俺はライムに丸呑みにされてその生涯を終えるのだった。
……と、なる間際。ライムの背後から新たな人影が現れた。
そのメイドは腕を振り上げており。
「やめなさい」
ライムの頭をチョップした。
「いたーいっ!」
ぷるるるん! とゲル状の躯が波紋のように波打った。
「赴任初日で雇用主を捕食しようとするスライムがありますか」
すごい、聞き慣れない単語の組み合わせすぎて頭に入ってこない。
怒られたライムが叩かれたところを押さえて、不満気にゼノビアさんを見上げた。
「だってぇ……ご主人さまが食べていいって……」
「魔王さま、口を滑らせるのも度が過ぎます」
「これ俺が悪いの!?」
「スライムに肉の味を覚えさせたのが、そもそもの原因ですからね。なんのために私が昨日、ライムにお料理をあげなかったと思っているんですか」
お腹減ってたからじゃないんだ……。
だって、あんなに夢中になって食べてたから普通に独り占めしたいのかなって思ったんだよ。
「ともかく。ライム、キチンとご挨拶しなさい」
「はーい」
ゼノビアさんの言葉に従って、ライムが俺の上からメイドの隣に移動すると、元気よく片手を挙げた。
「スライム娘のライムだよ。よろしくね!」
*
スライム娘とは。
スライムが自我を持ち、人語を解すようになった存在。基本的に人間に対して好意的な存在であり、人型を保つのも交流をスムーズにおこなう為だといわれている。無性生殖で増殖する種族であり、厳密には性別は存在しないのだが、人型になる際は基本的に女性の姿のみを選ぶという。
……という説明をゼノビアさんに受けた。
「ちなみに、自我が芽生えて人間の姿をとった時点で人類種と見做されるので、敵対行動をとってこないスライム娘を攻撃するのは人権の侵害ということで厳しく罰せられます。
モンスターから人類種に転化した存在……総称としてエミュスターと呼ばれています。人口の6%くらいでしょうか」
「なるほど……ところで、この娘」俺は腕に抱きついているライムを指さした。「メチャクチャくっついてくるんですけど」
「えへへ、ご主人様の躯あったかくて好き~」
そういうキミはひんやりボディ。
スライム娘になるにあたってすっかり体積が大きくなってしまったライムは、とっくにこちらの背丈を超えてしまっているので、俺は年上のお姉さんに抱きつかれるような状態になってしまっていた。なんでそんなわがままボディなのに無邪気なんだ。
「狙ってるんじゃないですか? 魔王さまの肉」
「肉かぁーーー」
物理的に命を狙われてなきゃ素直に嬉しかったんだけどなぁー!
「ちゃんと肉食もさせないと、そのうち本当に食べられるかもしれませんね」
「なに? 自分たちの食費より部下の食費を心配しなきゃいけないの?」
ゼノビアさんの足元で、ゴン太が尻尾を振りながら喉を鳴らした。コイツ笑ってやがるな。
「ある程度は魔王さまの命令権で止められると思いますけど、まあ食欲で正気を失うと生き物はなりふり構いませんからね」
敷金、礼金、それに食費。王国の人間を迎え打ち、不穏な帝国の動きを牽制する前に世知辛い事情が山盛りである。
「まあ……とにかく一度村に戻ろう。不動産屋にも報告しなきゃいけないんだろ」
*
俺たちはダンジョン入り口の守衛に挨拶をしてから、村にたどり着いた。徒歩で10分もかからない距離だから、森林ダンジョンを抜けてからはあっという間だった。
「本当にスライム娘が入っても驚かないんだ……」
チラチラ視線を受けはするが、まあそのくらいだ。外国人さんくらいの感覚なのかもしれない。
さて、それとは別に気になることがもう一点。
「あれ、ミニマップが表示されっぱなしになってる」
前はダンジョンに入らないと起動しなかったのだが。
「魔王さまがレベルアップしたからではないですか?」
「そうか、レベルアップで既存スキルもパワーアップするのか」
うむ。描画範囲が広がったわけではないが、村の地形がある程度わかるのは地味に便利だな。見知らぬ土地を地図もなしに歩き回るのはなかなか勇気がいるし。
「にゃ? あっ、帰ってきてたんだにゃ。ふたり、とも……?」
そうこうしていると、馴染みの声がかけられた。ミレイナだ。両手には、いくつものカップが収められたケースを抱えている。ああ、はじめてあったときのように、こうして新商品の歩き売りをしているのか。
「なにか知らない子が増えているようにゃ?」
「スライム娘のライムだよ、よろしくね!」
「おおっ、にゃんて礼儀正しい良い娘! こっちの村でスライム娘を見かけるにゃんて珍しいにゃ~、ダンジョンにいたの?」
「まあ、そんなところ」
あまり詳しくいうとボロが出そうなので止める。
詳細はゼノビアさんが報告してくれた。
「これから、ダンジョン管理を手伝ってもらうことになりました。自我を持った状態でひとりダンジョンにおいておくのもなんですから、こちらにご足労願った次第です」
「にゃるほど~。……あっ、こっちの子は!」ミレイナがゴン太を見て目を輝かせた。「なんてかわかっこいいオオカミ!」
ミレイナがかがみ込むとゴン太の顎に手を伸ばす。なでなで。ぐるるん。あのワンコロ、めっちゃ気持ち良さそうな声をあげやがった。
「……この子もダンジョンにいたのにゃ?」
「うん。捨て犬じゃないか。名前はゴン太だ」
「お~、それは大変だったにゃ~。これからは飼い主にやさしく育ててもらうんだよ~、はいこれ燻製肉」
「バウ!」
ミレイナがポケットから取り出した燻製肉に目を輝かせて飛びついた。ガルム種は雑食だが、やはり肉が好きらしい。
「お肉……」
ライムの視線が俺を見ていることに気づいた。ひぃっ。
「ね、ねえゼノビアさん。そろそろ朝食にしないかい?」
「あっ、ならウチにおいでおいで。どうせこの時間だれもいないしね」
*
ミレイナの勤務先……"今日の箸休め亭"にやってきた俺たちは、テーブル席についていた。動物入店お断りなので、ゴン太は表にリード(というかただの縄)で繋いでおいた。
最初、ライムが酒場に入ると、カウンターで書類を読んでいたマスターにぎょっとされたが、まあそのくらいのものだった。
「ご主人さま! お肉おいしい!」
「そうか、ゆっくりお食べ」
素手(?)でベーコンエッグをちぎって食べているライムに極めて切実な相槌を打って、俺は預金の書かれた羊皮紙とにらめっこしている。ふたり分の朝食代で貯蓄が尽きている。これでは死んでしまう。
いま、テーブル席には俺とライムしかいなかった。ゼノビアさんにはサンドイッチを渡して、不動産屋にモンスター退治の報告をしに行ってもらっていた。砕けたゴン太の牙を持っていって討伐を証明してくるらしい。本当は俺も一緒の方がいいかもしれないが、まあ護衛は今ならライムとゴン太がいるので問題ないだろう。
それより目下の問題は、このお金のなさだ。
「今晩も野宿かなぁ」
「なぁに、そんなにお金に困ってるのかにゃあ?」
ミレイナが猫耳をぴくぴくと揺らしながら貯金をのぞき見してくる。客がいなくて暇なのだ。
「雑草でもかじらなきゃいけない程にお金はないんですよ、ミレイナお姉ちゃん」
ちなみに俺が敬語になったことと後頭部に胸が当たっていることは一切関係がない。
「ふぅん。ネジローがもっと逞しかったら働いてもらうのでも良かったんだけどにゃあ。
あのメイドのお姉さんなら雇ってもいいんじゃないかにゃ、マスター」
急に話を振られたマスターは曖昧に笑ったが、別に否定したわけではないらしい。むう、日銭を稼ぐ分にはいいのかもしれないが、ゼノビアさんにだけ働いてもらうと俺はヒモになってしまう。家事手伝いは立派な職業だが、ヒモはあまり良い気分がしないな。
「まあ、えり好みしてる場合じゃないしゼノビアさんにも頼んでみるけど。
ダンジョンにも人が呼び込めたらなぁ」
「この辺も、むかしなら新人冒険者の登竜門だったんだけどにゃあ。もう冒険者をやろうなんて新人さんもいなくなっちゃったから閑古鳥にゃ」
「なんでまた」
「安定しない職業だから」
世知辛すぎる……。
「だってにゃあ、冒険者なんて稼ぎはダンジョン次第で安定しない、ダンジョンは近年減少傾向で競争は熾烈化、安定性皆無。オマケに魔王復活で軍備が増強された今なら、常備軍に志願した方が待遇の良さも段違い。
それでもベテランは技術があるからダンジョンの旨味をすすれるけど、新規参入者は少ないのにゃ」
「貴重な税収の元じゃないのかよぉ」
「高額納税者はベテランの冒険者たちだけでも、なんとかなるからにゃあ。まあでも、魔王も復活したことだし、ダンジョンアタックの技量を求められる時代なのは確かにゃ。王国の女王さまも、そのうち冒険者技能持ちには報奨金を出すんじゃないかな?
そんなわけで、ここで初心者ダンジョンを整備できればネジローも一攫千金できるかもしれないぞ!」
「……そのうちって、いつ頃?」
「はやかったら今月じゃないかにゃ」
今すぐないと死ぬんですよねーーー。餓死しなくとも、俺の顔を知ってる兵士に見つかって殺されますねーーー。
手配書でも回ってきたら一発で死ぬのだ。ファンタジー世界の交通手段で数百キロを移動してくるのは相当時間がかかるだろうが、こうして酒場でくつろいでいる間にも死のカウントダウンは迫っているのである。
明確なタイムリミットが判らないぶん、目隠しで断崖絶壁へと歩かされている気分だ。あとそんな状態なのに耳元でスライムが「お肉、お肉……」と催促してきているのだから、行くも地獄、進むも地獄である。
「女王さまとやらはもっと素早く働くべきだと俺は思うよ」
「むしろ働きづめだからにゃあ。戦場にも率先して出陣し、獅子奮迅の活躍をするヒューマンの女王アーリヤ!
戦をするときは、常に兜で頭を覆い隠しては返り血を浴びて凱旋する姿から、ついた異名は血の鉄仮面!」
「色気のない異名だな」
「だよねー」
……というか、聞き覚えがあるな。そうだ、魔王城に攻めてきたヤツの名前だ。
うおおお、元はと言えばその女王がいなければ、俺は城を失わずにすんだのだ。許せん。しかも、今回は仕事の遅れのせいで俺の収入に大ダメージなのだ。益々もって許せん。
怒ったせいで口の中が乾いてきたので水(無料サービス)を口にする。ううむ、美味しくない。前世の水道水は素晴らしく品質が高かったのだと痛感する。
「村人が入りたくなるような売りがあれば、今すぐ売りだせるんだけど。
そうだ、なにか困ってることはないか? こう、木材が足りないならダンジョンから輸出するぞ!」
「ダンジョンの地形は壊れないでしょ」
「そうだった。……狩猟が楽しめる!」
「別にダンジョン入らなくても出来るし」
「ですよねーーー」
万策尽きた。
うなだれる俺の肩を、テーブルの向かい側からライムがちょんちょんと突っついてくる。うわあ、水だからそんな風に腕伸びるんだ。
「ご主人さま、ご主人さま。ダンジョンにはあれがあるよ」
「あれ?」
「おイモさん!」
ミレイナが難しそうな顔をした。
「おイモさんかー。食べる人はいるらしいけど、一般的な食材じゃないからにゃあ」
「イモに対する忌避感強いなぁ」
まあ、俺もむかしはエスカルゴが苦手だった。そういうものかもしれない。
必要にかられたら、偏見も抜けるかもしれないが……。
反応がかんばしくなくてライムは悲しそうに眉尻(を模した塊)を下げた。
「むぅ……。甘くて美味しいのに」
「にゃはは、甘いものって売り文句で売るなら、お砂糖くらい持ち出さないとねぇ。ああいう供給が全然足りてないものを高値で売りつけてこそ商人にゃ」
まったくだ。砂糖でも取れれば話は、別だろうけど、甘くて美味しいお芋さんでこの村に売りさばければ苦労はしない。
……………………砂糖?
「それだ、砂糖!」
俺は勢いよく椅子から立ち上が――ろうとしてズッコケて転びそうになったのでミレイナにキャッチしてもらった。
情けないが、今はそんなことどうだっていい。
甘いイモ! その情報で俺は閃いた。暇を持てあましていた俺ならではの知識を、いまこそ発揮するときではないか。
そう、イモからは、砂糖がとれる、品種がある。
もしあのイモから砂糖が抽出できるとしたら、どうだ?
……売れる!
俺はワクワクし始めた。そうとも、ここまで低調だったのだから、あとは巻き返すだけではないか。
ついに。逆転のときが到来したのだ!
俺は拳を握りしめて、ライムの足元に転がった、クズイモを詰めたズタ袋を見たのだった。




