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魔王さま、賃貸ダンジョンはじめました  作者: 瀬川綱弘
File0:異世界転生 ――人生リスタート
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第1話:ニート、城を得る

「貴方様は本当にクズですね」


 思うに、人は幸せになりたいのだと思う。少なくとも俺はそうだったし、最後まで変わることはない。

 だから、我が臣下であるところのメイドにお決まりの台詞を口にされたときも、俺は笑ってしまった。


 本当に、俺は幸せ者だ。


 出会ったときから変わらない言葉に、俺は自分が魔王になったときのことを思い出していた。

 アレはまだ、俺が何者でもなかった頃。


 ただの無職で引きこもりだったときから始まる話だ。


     *


 ゲームが好きだ。

 ラノベだって好きだし漫画だって好きだ。

 つまり俺はサブカルが大好きだし三度の水(※飯をケチって水とサプリで代用していたの意味)よりも円盤と本に金を落とすのを優先する男だ。

 

 だから三十歳の誕生日を迎えたその日、目を覚ましたら豪奢な玉座に座っていた時点で俺は察した。「これは俗に言う異世界転生だ」、と。


「お目覚めですか、四十九代目様」


 しかも、しかもだよ。見なさいよ、俺に声をかけてきたのはなんと! 純白のヘッドドレスをつけた金髪のお姉ちゃんである。しかも髪は腰のあたりまでふわっふわにウェーブしていて、やたらとモフりたくなる感じだ。本能的に手を伸ばしたくなる辺りが羊の毛のようである。


 さらにふわふわフリルのエプロンドレス。これはあれです。知ってます。アキバによくいるやつ。メイドさん。写真で見たことあるもん!


 なんて恵まれた状況なんだ。なんか権力者っぽいものに転生したうえで超絶美人のメイドさんがいる。勝ったな。

 俺が顎に手をあて、とびっきり気取った声を出してみせたのも、その達成感からすれば致し方ないことだった。


「この風景、察するに俺が転生したのは魔王、といったところか」


 広々とした部屋の内装を見回して、そう結論づけた。


 玉座の間は大変に広く、俺の感覚からすれば部屋ではなくコンサートホールのレベルである。玉座から入り口らしき扉まではざっと見て30メートル以上は離れていて、そこまでの間には血のようにどす黒い赤色の絨毯が敷き詰められていた。


 調度品も古めかしい細工が洒落ている。ただし、それでもイマイチ煌びやかさには欠けていたのも俺の予想を後押ししていた。部屋に等間隔で並んだ燭台だって、ガリガリにやせ細った悪魔の両手が蝋燭を掲げ持っているような細工なのだ。


「さすが魔王さま、お察しの通りです」


 メイドさんが慇懃な口調で肯定してくれた。すごい凛とした声だ。人に褒められたのは久しぶりなので既に嬉しい。


「やはりな。そうではないかと思っていたが」


 だって貴女、頭には角が生えてますからね。羊みたいなウネウネグリグリ~っとした角が。これ人間じゃないよね。

 俺の予想が当たっていたのは良いのだが、それはそれとして違和感がある。


「……俺の声の調子が変だな。なんというか甲高いというか、これではイマイチ威厳がでないぞ。どうなっている」

「鏡をお使いになりますか」

「鏡? まあいい、持ってこい」


 もしかしたら魔王に転生するのに際して躯が変化し、声がおかしくなったのかもしれない。どれ、俺の今の姿というのを拝見してやろう。


 メイドは俺の命令に頷いて、玉座の脇にある扉(それでも20メートルくらい離れている)に引っ込むと、台車に姿見を乗せてやってきた。っていうか台車あるの。異世界。


「さて、いったいどんな姿に……!?」


 玉座の前に置かれた姿見を見ようと身を乗り出して、びっくりした。


 な、な、なんじゃこりゃあ!


 目の前に置かれた姿見には、玉座に腰を下ろした俺自身が映し出されている。だが、それは俺自身であることは間違いないが、明らかにあり得ないものだった。


 ――まず、説明しよう。

 俺の名前は根城・鹿馬(ねじろ・ろくま)


 元気に親の財布から養分をもらって育った175cm、65kgの成人男性だ。大学卒業以後から健気に家事手伝いに従事していた、働き盛りの29歳独身。ちなみに学生時代は後輩から馬鹿先輩と呼び慕われていた。ふっ、泣きたい。


 で、鏡に映っている俺の姿。

 簡素なカットソーと短パンを穿いている、見覚えのある日本の洋服姿だ。しかし当たり前だがこんな格好を三十路手前の男が着るわけもない。うん、三十路手前の男だったなら(・・・・・)


 鏡に映っているのは、身長120cmちょっと。如何にも生意気そうな短髪黒髪の男の子。目が吊り目で口がへの字になっている、背伸びして身の丈にあわないことを口にするタイプの子供だ。

 でも肌はやたらとスベスベしていそうでほっぺも柔らかそうだし、アラサーのがさついた肌な俺とは大違いだ……と感慨にふけってしまったがそうではない。


「ってこれ昔の俺じゃん! なにどうなってんの!?」


 昔、親にアルバムの写真を見せられたことがあるが、そこに写っていた姿にそっくりだったのである。

 うろたえている俺を前にしても相変わらず無表情のメイドが、ゆっくりと口を開いた。


「ふむ。それではご説明しましょう。

 申し遅れました。私は魔王さまのお世話係をお勤め致します、ゼノビアと申します。以後お見知りおきを」

「あっ、はい。よろしくお願いします……ではなく!

 よ、よかろう! 話すがよい」


 おっといかんいかん、威厳威厳。大学デビューならぬ異世界デビューに失敗するわけにはいかん。


「率直に申し上げますと魔王さま。貴方は亡くなりました」

「予想ついていたが、何故死んだのだ? 俺は家から出た記憶すらないのだが」


 なにせ自慢じゃないが、大学を卒業してからまともには家を出た記憶がない。お陰で病気も怪我もしない安全な我が家生活を営んでいたのだ。


「そりゃ水しか飲んでませんでしたから、死にます」

「あー、やっぱり、サプリ呑んでるだけじゃダメ?」

「ダメですね」


 だよねー。


「ではやはり、死んでこちらに転生してきたわけだな」

「はい、記念すべき魔王選定の義にて選ばれた類い希なる素質の持ち主。それが貴方、四十九代目魔王さまです」


 そっかー。照れちゃうなー。

 改めて敬称を付けて呼んでもらえる立場になるなんて感無量である。俺くらいになると、様付けで呼んでくれる人なんて通販の荷物を届けてくれる宅急便の兄ちゃんくらいのものだからな。


「それはいいとして、何故俺はこんな子供の頃の姿に……? これは12歳の姿のようだが」

「はい。魔王さまが召喚される際は、生前、もっとも才気に溢れていた頃の姿で召喚されるのです」

「えっ? じゃあなに、俺って子供のころが一番優秀だったの」

「ええ、子供の頃はどんなクズでも未来だけはありますから」


 ……ん?


「いま聞き捨てならんことが聞こえたのだが、気のせいか。いま、クズと……」

「そう申しましたが」


 ものすごい平然としているので逆に俺の方が不安になってきた。深呼吸。

 よくよく考えてみるとここは異世界なのを忘れていた。何故か普通に会話しているが、俺の知っている単語が俺の知っている意味と同じとは限らない。異文化交流系ストーリーでのすれ違い会話の定番じゃないか。


「えー、どういう意味だ?」

「役立たずです」

「そのまんまじゃん!」


 誤解もへったくれもなかったよね。


 とはいえ、クズと呼ばれて喜ぶ奴もいないだろう。俺は精一杯の怒りをこめてゼノビアをにらみ付けた。鏡に映った自分の姿がかわいらしいのは無視。


「おい、おまえ……じゃない、貴様! 魔王に向かってクズとはなんだ、クズとは!」

「ああ、説明していませんでしたね」


 はあ、とゼノビアがため息をついた。あっ、すごい面倒くさそう。心底めんどくさそう。トイレ掃除をしていて飛び散った汚れを見つけてしまった時と同じくらい面倒くさそう。


「いいですか、魔王さま。魔王とは、選定の義で選ばれます。神が異世界で死んだ魂から『まあこいつが酷い目にあっても誰も悲しまないよね』というクズを選び、魔王として転生させるのです」

「はあ? なんでそんなことするんだよ!」

「クズは否定しないんですね」

「そういうのいいから」


 言われるまで素でスルーしてたとかそういう事実ないから。


「つまり、です。この世界での魔王とは――定期的に呼び出される、民衆のヘイトコントロール要因です。ほら、よく言うでしょう。人間、敵がいた方が協調すると」


 ああ。悲しいが、ありふれた話だ。そんなもの、日本で学生をしていればいくらでも見る機会があった。虐める相手がいれば、少なくとも虐める側では争いは起こらないものだ。

 だが、その理屈で行くと、つまり俺は……。


「それって、もしかして魔王というより」

「生贄ですね」


 やっぱり!


「格式高く言うと人身御身(じんしんおんみ)です」

「言わなくていい! というか、おかしくない? せっかく魔王に転生した、権力者だ! と盛り上がったらショタになった挙げ句に嫌われ者だから魔王にしてやりますって!」


 しかも神様に選ばれるってなんだ。ふつう、魔王って神様とか天使と対立する反対勢力じゃないのか?


「いいじゃないですか。死んで人様の役に立つなんて良い話ですよ」

「いやまあ、役に立つのはやぶさかじゃないんだけど」

「それとは別に良い所もあります。ただ人類の敵としての役割を果たせばどのような行動も容認されるわけですからね、ひとり治外法権ですよ」


 ひとり治外法権。なんて良い言葉だ。


「なるほど、本当に魔王みたいに振る舞っていいのか……。

 女の子にモテモテハーレムを築いても男からの嫉妬という敵意を抱かれるという意味でなにも問題がない……?」

「魔王さまらしいおクソな発言をありがとうございます。まあ今の世界は先代魔王の死後300年、魔王の座は空位になっていました。

 平和が長く続きすぎて今の人間は怠けています。なにをやるにしても今がチャンスでしょう」


 なんというグッドタイミングだ。

 警戒態勢の敷かれた世界なら正直ちょっと怖かったところだが、ここまでお膳立てがされていれば神に利用されようがなんだっていい。こうなったら根城・鹿馬のおそるべき力を世界に見せつけてやる。


「ではまず、そんな魔王さまにおあつらえ向きのクエストがあります」

「おっ、来た来た来ましたよチュートリアル! で、どんなものなんだ?」

「魔王復活の気配を感じた人類軍がこちらに進軍しています。これを撃退しましょう」

「オッケー! 数は?」

「5万です」


 は?


「失礼。6万です」

「増えてる!」


 減るかと思った。


「いやいや、人類全っ然! 油断してないじゃん! 魔王が復活して即座に大軍を派遣してくるとか一ミリも油断してないじゃん。RPGでレベル1勇者に四天王けしかけるくらい大人げないだろ」

「まあ、人間の間では言い伝えがありますからね。ゴキブリと魔王はすぐ殺せ、と」


 蟲って。魔王って害虫と同レベルの扱いなんですか。


 いやいや、しかしよく考えてみると魔王が人類に大打撃を与えてから始まるRPGなんて結構ある。むしろ魔王の脅威をアピールするには、うってつけのイベントだ。つまりこんなものは通過儀礼、勝てる戦いに違いない。


「まあいいや。魔王ですし? それくらい倒せるだろう」

「ちなみに人類軍の指揮官のレベルは149、兵士の平均レベルはざっと見積もって30前後です」

「レベル、そういうのもあるのか。んじゃあ、俺のレベルっていくつなんだ?」

「0です」


 Why?


「四捨五入すると辛うじて1になるレベル0です」

「……具体的な戦闘能力でいうと」


 ぱちん。いきなりゼノビアが手と手をたたき合わせた。


「いまので死にます」

「貧弱!」


 想像以上に弱くて泣きそう。思わず頭を抱え込んでしまった。ああ、頭を覆う手の小ささが心細い。


「え、ええと……ま、待って。じゃあ俺はどうやって戦えばいいんだ? あれか、玉座でふんぞり返って部下を戦わせるとか……」

「いませんよ。私以外の配下はみな、先代魔王の死亡時に離職しました」


 もうこれ俺のどこに魔王要素があるんだよ。唯一残った魔王らしい特徴に至っては、よりにもよって『人間の嫌われ者』っていう一番いらないところなんだが。

 えーと、じゃあ俺とゼノビアのふたりで? 人類6万? 倒せと?


「あの、えーとですね、ゼノビアさん」


 俺の命は、ゼノビアさんに総てがかかっている。両手が勝手にごまをスリスリし始めた。ちらりと姿見で自分の姿が見える。なんて卑屈なポーズをしたショタなんだ。しかし恥も外聞もなく就活を拒否していた俺にはこの程度の恥辱、まだ辛うじて耐えられる範囲……。


 緊張しながら、俺はゼノビアに訊ねた。


「つかぬ事をお聞きしますが、あなたのレベルは?」

「4774です」


 インフレしたよ。


「……つまり俺はお前を上手く使って倒してきてもらえばいいわけだな」

「え、いやですよ」

「なんで!?」

「クズの命令を聞くのはちょっと」

「正論!」


 胸が痛い。


「確かにやろうと思えば一瞬ですし、この辺り一帯を吹き飛ばすことも余裕ですが」

「お願いですからそれやってくれません?」

「先代魔王の死因聞きます?」

「あっ、やっぱいいですごめんなさい」


 そうなると、アレ?

 もしかしてコレ詰んでない?


「……なんか産まれた時点で既に王の周りを金銀桂馬オマケに竜で包囲されているような絶体絶命の状況なのは、あまりに惨すぎないか?」

「やっと自覚したんですか」


 悪かったな脳天気で。


 異世界転生って、こう……転生した時点で大勝利、希望の未来にレディ・ゴー! みたいな出世コース的なあれそれじゃなかったん? いや、でも最近は結構逆の展開もあるような……ということはあれ、俺よりにもよって貧乏くじ引いちゃった系?


 はあああん、もうやだあああ!!


「魔王さま、現実逃避はおやめください。このままでは魔王撃破最短記録を更新されますよ」

「だってさぁ! っていうかお前が戦ってくれたら解決するんだよ本当に!」

「まあ、実際は戦えと命じられて動くことに異論はないのですが」

「ならなんであんなこと言ったの」

「……楽しかったので」


 そっと目をそらされた。判った、この人ただのドSだな?


「ですが、私が戦うことで泣くのは魔王さまですよ」


 このままじゃ泣くどころか死ぬんですが。

 こうして、さっそく俺は自身の魔王生活に暗雲が立ちこめていることに気づくのだった。


 メンテで 時間が 空いたので。

 多分明日も更新します。

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