二つの内緒話 2
もちろんマーシェにはそんなつもりはまったくないのだが、培った生活習慣は抜けない。ジンが一番ダグに重ね合わせ易かっただけだ。彼女の家では言い合いが会話の様なものだったから、仕方ない。
「リア、あの人には来てほしくないなぁ。」
ティリアが困ったような顔で口を尖らせる。
最初は、ティリアが誰のことを指して言っているのか分からず、首を傾げるが、マーシェは先ほどの会話を思い出して質問した。
「あの人ってリグのこと?」
「そうよ。あの人、得体がしれないんだもの。なんだか、怖い。」
マーシェからはよく何にでも吠えまくっている可愛い小さな犬にしか見えない。
「何かの冗談?」
「得体がしれないならシー・ルナの方じゃねぇの?」
だが、困った顔のティリアは首を横に振る。
「あのお兄さんも変だけど、危険な感じはしないもの。」
ティリアが言っていることは冗談にしか思えないが、言っている本人の表情は至って真面目だ。
「どういうふうに危険なのかって分かる?」
「ううん。分かんない。でも、そうだなぁ、おねーさん達にとってもあの人、危険と思う。」
考えながら話すティリアがパッと思い付いたように顔をマーシェに向ける。
「全てを消し去ってしまう……、そんなイメージ、かな?」
かな?と言われてもそんなイメージはマーシェに分かるはずもなく、結果、
「はあ………。」
なんとも間の抜けた応えが出る。
「ま、確に、アイツら謎が多いけどな。少なくとも悪いやつじゃないから安心しろ。」
そう言ってティリアに笑いかけるが、当のティリアは複雑な表情だ。
「うー。リア、一応ゆったからね!」
リアは伝わらないことへの憤りで、少し怒った様子をし、舞台に再び駆けて行った。
小さくなっていく少女の背中を見送って、誰に言うでもなく、聞こえるか聞こえないかの声をジンが漏らす。
「俺から見たら………。」
ジンは少し考える。
「何よ。」
小さな呟きといっても、隣に立っているマーシェには丸聞こえだった。
「痛々しい。」
マーシェは意味が解らず眉間にシワを寄せる。だが、ジンはそれ以上話すつもりはないらしく、猪肉を口に運んでは飲み込む。
「もう、ハッキリしないわねーっ!」
マーシェもイライラからかバーベキューの箸を一気に進める。
「悪い、独り言で喋り過ぎたんだ。これは本人が言うべき事だし、俺も知ってるわけじゃない。気付いた事があるだけだ。」
ぐっさりぐっさりと食べ物を刺し、怒っていることを主張するマーシェにフォローの言葉を付け足す。
「べっつにー、仲間外れにされたからってすねたりなんかしませんよーだ。」
じつに分かり易い。
「あのな、ガキじゃねぇんだから。」
ジンは不用意なことを言ったと、少し後悔しつつ、言葉を探す。
「リグのこと、よく見ておけば分かるぞ。」
「ワザワザ、人が痛いところ見つけて何が楽しいのよ。」
「……だったら言うなっ。」
マーシェは実に楽しそうに笑った。彼女は他愛もない、言葉の掛け合いが好きなのだ。
「リグがなんであろうと、武器を替えさせて、鍛えるのが、あたしの使命なんだからっ!」
「いつ使命になったんだよ。」
ジンはマーシェをこれ以上まともに取り合わないことにする。皿に移した猪肉が冷たくなってしまっていた。
「あ~、無駄に頭を使ってしまった。」
ジンは損した損したと肉のおかわりばかりをする。
「ちょっと、食べ過ぎ!」
「そうですよ。三段腹の剣士なんて面白いかもしれませんが。」
その声に振り向くとシー・ルナが立っていた。その後ろにリグとエグトルも立っている。
「お前ら野菜食ってないじゃん。」
すでに炭と化している野菜の成れの果てをリグはジンの皿にぼんぼん乗せていく。
「何すんだ?」
ジンがガンを飛ばすが、リグはいっこうに気にしない。
「ジンたちが炭にしたんだから、ちゃんと食えよ。」
「だったら、こいつにも入れろ。」
「ちょっ、あたしの皿に入れないでよ。なんなら俺が食ってあげようかなぁ、なんて男気はないの、あんたら。」
ジンは間発入れずに応えた。
「そんな男気いらねぇ。」
「同じく!」
「こういう時だけ結託するな!」
マーシェたちが低レベルな言い争いをしている側で、シー・ルナは微笑ましそうに目を細める。
「このまま、あの子に何もないことを祈っておこう。」
隣に並んだエグトルが静かに言うと、シー・ルナはにこりと笑う。
「ええ、それが叶えばいいのですが。」
見上げてくる老人の目を避け、うつむくと低く、暗く笑顔を張り付けたまま呟いた。
「無理な願いですけど。」
その言葉をエグトルはただ無言で聞いていた。




