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神様たちの賭けごと  作者: きめい すいか
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昔話と疼く傷

 安い旅籠の一室に、借りてきた薄いマットレスのような布団が三つ敷き詰められている。布団は重なり合い床は見えない。


「………狭いな。」

「そりゃ、まあ、多くても二人用の部屋ですから。」


 マーシェは備え付けの古くボロいベットの上でアメーバのように伸びきっている。


「悪いわねー、ベッド取っちゃって。」


 パタパタと手だけを上げて振る様子からはとても悪いと思っているようには見えない。


「シー・ルナ、せめてもう一部屋。」

「財政的に無理です。」


 ジンの提案はいつもの和かい口調でキッパリ断られる。

 マーシェ達が今居るのは、ルクダンダルト王国第三十六区ハール、トトドの町だ。パラ村を盛大なお見送りを受けつつ出発してから二日目の昼。ようやく町に入り、くつろいでいる。


「窮屈だ。」


 いや、くつろいではいないのかもしれない。ジンは身の置き場が無いように自身の布団の上で体勢を色々と変えている。


「にしても、ここまで結構かかっちゃったわね。石橋が崩れてなきゃ、家から一日で着くのに。」


 トトドはコーセスファーナ山脈の(ふもと)にある町の一つで、そこから馬車道が伸び、サルドネス神国に続いている。


「さすがに関所がある町は活気がありますね。」


 シー・ルナは壁に寄りかかり窓から入ってくる外の喧騒(けんそう)に耳を傾ける。トトドとはこの地方の古い言葉で出会いという意味があるらしい。昔から流通の町として栄えていたのだろう。


「俺、外に出てくるわ。んな狭いとこ余計に疲れる。」


 ドアに一番近いジンは座ったままドアノブに手を掛ける。それを開けると荷物を持ってさっさと出て行ってしまった。


「まあ、確に狭いわね。」


 マーシェはベットの上だから問題ないが、男三人川の字は、まだ春で夜は冷えるといっても見た目が暑苦しい。


「ねえ、暇だし、お昼も兼ねてあたし達も出掛けようよ。」

「そういや腹減ったな。」


 リグはベットの脚にもたれて荷物の整理をしていたが、マーシェの言葉を聞いてお腹をさする。


「では、町に入ったときに見掛けた食堂にでも行ってみましょうか。」

「シー・ルナさぁ。」


 身体を起こし、シー・ルナの言う食堂を思いだしながら、口を開いた。


「はい、なんでしょう。」

「ぜっったいに、表の『安い!』って看板で選んでるでしょ。」


 シー・ルナは思いがけないことを問われたとでも言いたそうに、きょとんとした顔で応えた。


「それ以外に何があるんですか?」

「マーシェ、マーシェ。」


 リグが下からこっそりと(ささや)く。まる聞こえだが。


「シー・ルナはすっごい味覚オンチだぞ。どんなに不味くても、綺麗に平らげるツワモノだからな。ついでに美味いもん食っても反応変わんねぇから。」


 なんと料理人に失礼な男だろう。


「ああ、だから判断基準が値段なのね。」

「そ。食えりゃ、なんでも良いワケ。」


 マーシェ達はこの辺りの地理を知らないので結局はその安い食堂へと向かった。

 食堂に着くと、引き戸の隣にでんっと掲げられている看板の前に立ち、それを眺める。


「ま、『安い! 旨い!』って書いてある事だしね。」


 早速、暖簾(のれん)をくぐる。中は昼を少し過ぎた頃ということもあり、客で溢れていた。


「いらっしゃいませー。今、テーブル片付けますから。」


 元気の良い三十後半位のややぽっちゃりした女性が、目の前を通りすがり際、早口で言って、客の姿のない散らかったテーブルに向かう。女性はあれよというまに、片付けを済ませ、マーシェ達を案内する。


「わ、ホントに安いわね。」


 席に着くと、メニューに目を通し、どれにするか悩む。


「なあ、シー・ルナ。これだったら一人一品頼んでも良いか?」

「あんたら、どんだけ節約生活してるのよ。」


 彼等は店で食べるときは、常におかずは一品。あとはその店で一番安いパンという、いささか寂しい食生活を送っている。


「全部、生活費を握るシー・ルナの味覚オンチが悪いんだ。」


 リグもこればっかりは少し恨みがましい口調になる。


「はいはい。ジンには内緒で一品だけですよ。定食は駄目です。」


 リグは「やった。」と嬉しそうに呟くと、無言でメニューを食い入るように眺めた。


「なんだかもう憐憫(れんびん)の情さえ沸いてくるわ。」


マーシェは呆れ気味に片肘をついて、そんなリグを見た。リグはチラリとマーシェを見るもののすぐに視線をメニューに戻す。


「お決まりですかー?」


 テンション高めの女性の声が頭上から響く。三人はそれぞれ注文を告げると、ご飯が来るまで、マーシェの勉強会となった。


「創造のアルティファーダ神でしょ? 運命のトロルテアルシン神に破壊のジアゼル神、再生のアフルイゼクナ神。これはもう完璧よ。」


 マーシェは指を一本づつ折りながら神の名を挙げていく。


「そうそ。で、次は神書。」

「んーと。」


 慌ただしく、目が食道の天井を見つめるが、彼女は天井など見ているつもりはないだろう。


「一番信憑性があって、全ての神書の基盤となっている『誕世記』、ただし、これは分かっていない部分が非常に多いので、それを想像で補って起こしたものが『神域伝』や『授術詩』……。」

「へぇ、マーシェって結構覚え早いじゃねぇか。」


 リグが感心したようにいうと、マーシェが自慢するように胸をそらす。


「書いて覚えるのは得意なのよ。」


 マーシェは言われてもいないのに、最近覚え始めた『誕世記』第一章の冒頭を話しだす。


「神々は初めて創った世界を教訓にこの世界を創った。初めて創った世界は不安定で今にも崩れてしまいそうな世界だった。」


 マーシェの人指し指が用もないのに上下に揺れる。


「手を加えすぎた世界はさらに歪みを増した。だが神々が手を離した途端、自ら修正し始めた。」


 そこへ、それぞれが注文した料理をところ狭しと並べた、大きな角盆を持った女性がテーブルに近付いてきた。


「お待ちどうさま。注文は以上だね。」


 テキパキとテーブルに料理を並べていく。


「わーい。おいしそー。」


 マーシェは早速フォークに手を伸ばす。薄く塩味がついたクレープ生地に野菜と甘辛醤油で味付けした鶏肉がくるまる。それをナイフで切り分けぱくつく。


「はら、ほへもほひひほ。」

「ちゃんと食ってから話せ。」

「んぐ。それも美味しそうね。」


 ひょいっとリグの骨付き肉のトマト煮込みを一本奪う。リグはすかさずマーシェの、野菜と鶏肉のクレープ包みを丸ごと一本取ってかぶりつく。


「あーっ、あたしの!」

「そっくりそのまま返すっ。」


 シー・ルナはいつものようにその店の一番安いパンを食べながら、やれやれとでもいうように曖昧に笑う。


「私のサラダ、あげましょうか?」


 シー・ルナが注文した一品はこれまた安い塩サラダ。色とりどりの野菜を塩もみしただけのシンプル料理だ。


「さすがにそれまで取っちゃうのは心苦しいわ。」


 シー・ルナの食事は質素過ぎてダイエット食のようだ。


「そうですか? 遠慮しなくていいですよ。」

「ホントのホントにいいから。」


 マーシェは今度からは人のモノは盗らないようにしようと思いつつ、残りの食事を済ませてしまう。

 お腹も満ち足りて、しばらくまったりとくつろいでいると、店の表がざわついてきた。


「何かしら?」


 どよめきが起きて、たまに女性の叫び声が聞こえる。


「喧嘩か?」

「見に行きましょうよ。」


 うずうずと気になる様子でマーシェは席を立つ。シー・ルナがお勘定を支払い、皆で表へ出ると野次馬の群れですでに通りはいっぱいだった。


「見えないわね。」


 人垣の後ろをぴょこぴょこ跳ねるも人の頭しか見えない。


「もおっ、リグ! こんな時こそ第六感センサー!」

「人の気配が多すぎて無理。だいたい何だよ、その変なネーミングは。」


 マーシェは人垣を割ろうと必死でリグの話は半分も聞いていない。


「コノヤロ。」


 ぴっちりと固い人垣が、ざわめきが大きくなると共に崩れていく。前を陣取っていた人々から徐々に、路地や店に隠れるように引いていく。


「なんなの、……っっっ!?」


 人がいなくなった道の真ん中を堂々と歩く三人組。その中心にはひときわ目立つ格好の長身の男。そしてその傍らには一人見知った顔があった。


「えっ。ジン?」


 全てを諦めたような顔でうつ向く人相の悪い男は紛れもなくジンだった。

 マーシェは思わず呼んでしまってから後悔する。


「や、やあ、マーシェ。」


 すちゃっと右手を挙げジンにしては精一杯の友好的な作った笑顔で早足で向かってきた。


「ぎゃーーーっっ! こっち来ないでよ、バカっ!!」


 ジンは胸ぐらを掴みそうな勢いでマーシェの近くまで顔を近付けると、潜めた情けない声で訴えた。


「馬鹿野郎! ちったあ協力しろよ。俺をあそこから脱出させろっ!」

「なんなのよ、あれは! あんたのお友達!?」


 彼女が言うあれとは、裾丈が短い着物をわざとたくしあげ、そこから生える筋肉隆々の素足を惜しげもなく披露している人物。

 そして、もう一つ。足の間にはぞろびくほどの赤いフンドシが……。


「何、あれ。何なのあれっ。あれでしょ、あれ、あれ、あー、もうっ! あれが近付いて来るじゃないの!!」


 本人も、もう何を言ってるか分からないだろう。


「はっはっはっ。ジン、めちゃくちゃ嫌われてるじゃねぇか。」


 二人の所まで近付くと、男は実に朗らかに笑った。四十に届かないくらいの男の顔は、赤フンドシにばかり気を取られて、人の記憶に残らない事が多いのだが、実年齢よりも若く見え整った精悍な顔をしている。


「し、師匠、そういうんじゃないっすけど……。」


 口が悪いジンもさすがに、あなたの格好にドン引きしているんですとは言えなかった。


「ジンの師匠でギガンジール・ゼベラというものだ。一丁、よろしく。ま、ギンと呼んでくれても構わねぇから。」


 顔だけ見ていれば、とても好感が持てる。


「あー……。はじめまして。マーシェ・スクレイ・ミージュです。」


 マーシェは視線を下に向けないよう、顔だけ見て話す。それでも目に入ってくる鮮やかな色彩。


「……せ、んせ……。」


 じりっと砂利が靴と擦れる音と共に、消えそうな声が確かにそう言った。

 マーシェが声の方を見るとやはりリグがそろそろと後ろ向きで逃げようとしていた。


「リグ、知り合いなの?」


 マーシェの問掛けにリグの肩がびくりと震えた。

 ギガンジールもリグを怪訝そうに一瞥すると、突然リグに向かって歩き出す。

 リグは身を翻して、駆け出そうとしたが、大股で歩くギガンジールに二三歩で捕まった。


「リグ?」


 逃げ出そうともがくリグの肩を掴み、ぐいっと顎を持ち上げ顔を上向かせる。リグの顔を見るなりギガンジールはぎょっとする。

 リグは涙を浮かべていた。それに驚いてギガンジールは思わず両手を離す。


「うーん、そこまで嫌がられるとさすがにショックだぞ、リグ。」


 リグは手を離されたにも関わらず、いまだ硬直している。そんなリグの頭をギガンジールはよしよしと少し困った様な笑顔で撫でてやる。完全に子供扱いだが、リグは怒る事もせず、ただ、距離を置こうとする。


「安心しろ。今日は先輩が二人もいるからな。今回、踊るのはこいつらだ。」


 キョトンとした顔を浮かべ、次にはあからさまにホッとした様子のリグ。対照的にジンとギガンジールのそばにいた青年が同時に悲痛な叫びを上げる。


「本気ですかっ!? 嫌ですよ、僕は!」

「何で、この年になってまでやらないといけないんっすか!!」


 ギガンジールはリグの頭を撫で続けながら、振り返る。


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