5.私、自分の恋愛に興味ありませんから(汗)
その後、室内に戻っても何故か王子に絡まれることになってしまった花菜は、みちるからの強烈な視線に耐えながら、タンバリンを鳴らすこととなった。
ありがちを観察しに来たのに、まさかこんな苦痛を味わうとは大誤算だ。
あの視線は人をも殺せるんじゃないかってくらいきつい。殺し屋の目だ。今日はフルメークだから余計目力が半端ない。
この後トイレなんかに抜けたら、みちるが後からついてきて、トイレの中で「ちょっと、花菜。どういうこと?」と友情の亀裂が生じるありがちが起こりかねない。
そんなありがち嫌だ。
私がみたいのは恋愛のありがちであって、そんな不穏なありがちじゃない。
合コン=巻き込まれたくない戦場というメモを心の中に取り、もう合コンなんか来るものかと花菜は心に固く誓った。
カラオケも盛り上がり(花菜以外)、数時間が経過したころ、花菜の我慢は限界に達した。
精神的な我慢とトイレ的な我慢の両方である。
もともと途中で抜けると沙織には話してあったので、沙織にこっそりと耳打ちする。
「ごめん、そろそろ帰るね」
「えーもう?そっか。途中まで見送る?」
「いいよ、いいよ。みちるが歌ってる間に抜けるから。航太君と過ごせる大切な時間なんだから、ね?」
花菜がそう言うと沙織は顔を真っ赤にして「もうっ」と呟いたが、可愛いだけで全然怖くない。
あー早くくっついてくれないかな。こんなこと(合コン)なんかしないで。
二人は傍から見ていてもお似合いなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。きっかけが足りないのだろうか。
でも航太君はちょっと軽い人かもしれないから沙織気を付けて。
みちるが王子にアプローチしながら流行りのアイドルの恋愛ソングを歌いだして盛り上がっているときに花菜はこっそり静かに抜け出した。
お金は既に沙織に払ってあるので大丈夫だ。
みちるが歌っている時に抜け出すのは後から追いかけられて修羅場ありがちをしないための予防策である。
それでもみちるが追いかけてくるのではないかと思い、カラオケ店を出てしばらくは早歩きだった。
「もう大丈夫か……」
一応後ろを振り返りみちるが来てないことを確認。よし、大丈夫。
花菜は駅までの繁華街をゆっくりと歩き出した。
あー嫌なありがち体験した。
地味な自分は引き立て役(傍観者)にしかならないだろうと思っていたからこそ参加したのに大誤算である。
大した収穫(沙織と航太君の恋愛ありがちテンプレート)もなく、残念以外の何物でもない。
これは帰りの電車で男子高校生のクラスの女子で付き合うなら誰が良いかというくだらないありがちでも見て帰るしかない。
そもそもクラスの女子と付き合う・付き合わないなんて言ってるヤツに彼女ができることはほぼない不毛なありがちである。
花菜がいかに男子高校生のくだらないありがちを考えていると、後ろから肩を叩かれた。
あまりにも意識していなかったので、心臓が跳ね上がる。
不審者!?いや、ない!じゃあみちる!?
嫌な二択が一瞬で浮んでは消え、冬場なのに背中に嫌な汗が流れた。
恐る恐る振り返るとみちるよりももっと嫌な人がそこにはいた。
「花菜ちゃん、何で何も言わないで帰ったの?」
お、王子……。
花菜を追いかけてきたのだろう。息が少し上がっていて頬が赤い。
何故だ。何故なんだ!?
「もう危ないから送る」
これが自分じゃなければ相当好きなありがちテンプレートなのに!!
恋愛漫画における付き合う前の二人のありがちテンプレート(花菜のテンプレノートより抜粋)
ヒロインが一人で帰っていると、後ろから「○○(ここ、ヒロインの名前)」と呼び止められる。振り返るヒロイン。
そこには走ってきた彼(ヒロインの想い人)が。
「奇遇じゃん。途中まで一緒に帰ろうぜ」
本当はヒロインが一人で帰るのが危ないと思い、追いかけてきたのに偶然を装う。そしてヒロインも好きな人と一緒に帰れることで嬉しい反面恥ずかしい。
付き合う前のなんだか甘酸っぱい雰囲気。
「花菜ちゃん?」
はっ!しまった、王子まだいるんだ!
あまりのことに恋愛漫画から引っ張ってきたありがちテンプレートを想像していた花菜は王子がいることをすっかり忘れていた。
「具合悪いの?大丈夫?」
あなたがいなければ大丈夫です。とは言えず、曖昧に笑ってごまかした。
*****
何故か王子と一緒に帰ることとなってしまった花菜は、翌日に怒り狂ったみちると顔を合わさなければならないことにひどく怯えた。
「花菜ちゃんの最寄駅ってどこ?」
「高野南台です」
「あーじゃあウチとは逆だ。俺は千野寺前だから」
「そうですかー。じゃあ路線違いますね」
これならみちるに聞かれてもたまたま王子も用事があって抜けたらしく駅までしか一緒に行っていない。何もない。と言える。
みちるも「そうだよねー。花菜と王子なら何もないよねー」と美人特有の牽制をしかけつつも何もないことを信じてくれるだろう。
「駅からは近いの?」
「はい、すぐです」
本当は自転車で15分はかかるがこのくらいはついてもいい嘘だろう。
王子は訝しんで花菜を見ていたが花菜は笑顔のまま王子を見返した。しばらくすると王子はふいっと顔をそらした。
あれ?地味子の顔なんて慣れ親しんでないから苦痛だったかな?
もしかして笑顔がとんでもない不細工面だったかもしれない。王子の周りには美人(しかも肉食系←花菜の勝手なイメージ)しかいないだろうから、辛かったのかも。
「あのさ……」
顔をそらしていた王子が口を開いた。
「いきなりこんなこと言うのはどうかと思うんだけど……」
はいはい。わかりますよ。不細工だからあまり笑わない方がいいってご忠告ですよね。
花菜は1つ頷いて王子を控えめに見た。控えめなのは自分の顔を見るのは王子にとってつらいだろうとの配慮からである。
「俺、花菜ちゃんのこと好きだ」
「へ?」
思わず立ち止まる。
チャララチャッチャチャチャー
花菜の頭の中でRPGのレベルが上がったときの音楽が流れた。
ありがちテンプレートを発見したときに流れる花菜の脳内BGMだ。
「違うっ!」
「え?」
「あ、何でもないです……」
自分にありがちが起こると思っていなかった花菜は声に出して否定した。
王子が一瞬怪訝な表情を浮かべたので、ヤバいまだ王子いるんだと慌てて取り繕う。
「俺が花菜ちゃんのこと好きなのは違わないけど」
チャララチャッチャチャチャー
ああ、もう!
やめて!BGMやめて!
何で私なの?今日が初対面なのに。
待って。もしかして、地味子に好意を寄せているふりをして反応を楽しんでいるのでは!?
爽やかな容姿に騙されるとこだった。実は腹黒系なのね。
「花菜ちゃんが何考えてるか大体わかるけど、俺ふざけてないからね」
エスパー!
エスパーなの!?
思わず後ずさってしまった花菜は何も悪くないと自分に言い聞かせる。
さすが王子と呼ばれるだけはある。只者じゃない。
花菜の頭の中は混乱していて変なことしか考えられないでいた。
って。ちょっと待って。
ここ駅前広場じゃね……。
少しだけ冷静になって場所の確認をしたがどう見ても駅前広場である。待ち合わせにも使われ大勢の人がいる場所だ。
こんなにもひとがいる場所で、王子は何を言った。
王子の容姿は目を引く。だって王子ってあだ名がつけられてるくらいだからね!
何人かはこちらを見ている。中には南女の子もいる。
何と言う罰ゲーム!
片方は容姿が整っていて片方は地味子。
こんな大勢の面前で爆弾発言をされるとは――――!?
羞恥で顔に熱が集まり、王子を突き飛ばして花菜は逃亡した。
いつもありがとうございます。