14,悪役令嬢はチートが過ぎる
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は、背中ががら空きのミノタウロスに剣を振り下ろした。……だが、まるで分厚い金属板を叩いたかと言わんばかりに皮が硬く、俺の刃は火花を散らして軽く弾き飛ばされてしまう。
(おいおい、いくら何でも固すぎるだろ。こっちとら、バフ盛り盛りなんだぞ!)
ゲームのボス設定に心底愚痴をこぼしながら、宙に弾き飛ばされた身体を後ろへと滑らせ、着地する。……流石に泣けてくるわ。だが、今回の俺の役目はあくまで陽動──いわゆるヘイトタンクだ。まずは、あのミノタウロスの意識をこちらに向ける事が最優先。
「おいそこのクソ牛! てめぇ大層いい筋肉してるな。火でじっくり焼いたら、さぞかし美味い肉が食えるだろうなァ!!」
ありったけの煽りを込めてミノタウロスを挑発してみる。案の定、効果はバツグンだった。
フシューッ……!!
鼻から猛烈な高熱の息を吹き出し、ミノタウロスがその血走った両目で俺をギロリと睨みつける。
(よし、ヘイトが俺の方に向いたな)
胸中でガッツポーズを作った、まさにその瞬間だった。ミノタウロスが弾丸のような勢いで俺目がけて突進してきた。
「うおッ……!?」
間一髪身体を真横へと投げ出し、避けれた俺だったが、急に止まる事の出来ないミノタウロスは、そのままの速度で直進──。
ズドォォォォン……ッ!!!
洞窟全体を大きく揺らすほどの凄まじい爆音と共に、頑丈な岩壁へと正面衝突した。頭上からパラパラと土砂が降ってくる。
(危ねぇぇぇ……。こんなもん正面から喰らったら、俺の身体なんか塵すらも残らねぇよ)
心臓がバクバクと物凄い速さで脈打つ。一瞬の隙も許されない緊張が、全身の神経をピリピリと駆け巡った。そんな俺の背後では、ルシアが怪我を負っていた殿下たちの元へと全力で駆け寄っていた
「大丈夫ですか!」
「君は……?」
「話は後です。まずは、治療が大事です!」
(アレンさんが命がけで時間を稼いでくれている。だから、私は私に出来ることを精一杯やるの!)
ルシアは、自身の得意な魔法の魔法でけが人……特に重症な殿下を治療し始めた。
一方、クリスティア様は少し離れた場所で、最高火力魔法の詠唱に全神経を研ぎ澄ませていた。
(公爵令嬢の私にあれだけの啖呵を切った男を、このまま無駄死にさせないわよ……!)
二人の瞳に、それぞれの強い決意の炎が宿る。
ズウゥゥゥン……ッ!!
──そんな二人の熱い決意など、知る由もない俺は、岩壁にめり込んでいたミノタウロスが、激しい怒りの咆哮をあげながら、ゆっくりと頭を引っこ抜いた。バキバキと首の骨を鳴らし、真っ赤に血走った両目が、はっきりと俺の姿をロックオンする。
(かすり傷一つ付いてねえとか。……マジでクソゲーすぎるだろ)
この『ルミナス・クロニクル』という乙女ゲームには、一部RPG要素が存在し、そのバトル要素が、およそ乙女ゲームとは思えないほど「理不尽な鬼難易度だ!」と、前世で妹から愚痴交じりに聞かされていたっけ。
ドゴォッ!!
風圧が爆発し、ミノタウロスの大振りの薙ぎ払いが俺を襲う。俺は、ミノタウロスの容赦ない攻撃を、バフの乗った身体で紙一重の所を躱し続ける。掠っただけでも即死。生きた心地がしない。
その中でも、最初のダンジョンイベントのボスであるミノタウロス最悪の部類だ。攻撃パターンこそ、薙ぎ払いや突進だけとシンプルなものだが。攻撃力と防御が異常に強く設定されており、まともに戦って討伐することは基本的に不可能な仕様になっている。
だが、廃ゲーマーであるうちの妹が寝る間も惜しんでルミクロプレイした結果……一つの突破口がある事が判明した。それが……クリスティアだ。
彼女の得意な氷魔法……最高火力の魔法をミノタウロスにぶつければ倒す事が可能。……いわば、力ですべてを解決する『脳筋プレイ』である。
原作ゲームにおいて、通常は悪役令嬢である彼女を操作することは不可能だが、ある特殊な条件下で、プレイアブルキャラとして操作可能だったらしい。
その解放条件については教えてくれなかったが、幸いな事に今回はそのクリスティアがパーティー内にいる……今はそれで充分。
詠唱が唱え終わるまで、死ぬ気でもこのクソ牛を止めて見せる!
改めて決意を固めて俺の前に、ミノタウロスの突進攻撃をくる。
だが──先ほどよりも明らかに速度が出ていない。
(もしかしてスタミナ切れか?)
頭の中で考えながらも、ミノタウロスの攻撃をステップで回避……しようと思ったとき、突然──フッ、とミノタウロスの巨体が不自然にブレた。 スタミナ切れなどではない。こちらの回避軌道を完全に予測した、大振りの薙ぎ払い──完全なフェイントだった。
「しま……ッ!!」
スペランカー肉体の俺では、もう避けることのできない必殺の間合い。咄嗟に鈍の剣でガードするが、化け物の圧倒的な一撃を、なまくら刀で防ぎきれるわけもなかった。
パキィィィン……ッ!!
軽い音を立てて、剣が真っ二つにへし折れる。凄まじい薙ぎ払いが俺の腕を駆け抜け、俺の身体はそのまま後方へと激しく弾き飛ばされてしまった。
受け身も取れず、泥塗れになって地面を転がる。武器は消失、バフ効果も切れた。
「アレンさん……ッ!!」
後方から、ルシアが悲痛な声をあげて俺の名前を呼ぶのが聞こえてきた。すぐにでも立ち上がりたかったが、身体が言うことを聞かない。
(……くっそ、さっきの攻撃で左腕が完全にイってやがる……)
鈍い激痛が走り、指一本動かせない……肉体の限界だった。武器も、バフも切れた俺に追い打ちをかけるかのようにミノタウロスが俺に近づいてる。そして、その巨大な手で俺の頭を鷲掴みにすると、そのまま宙へと持ち上げてきた。
化け物の圧倒的な握力。頭蓋骨がきしむ音が脳内に響き、死の淵へと引きずり込まれそうになる。 その光景を後方から眺めていたルシアが、絶望的な表情を浮かべた。
「……いや、止めて。止めてぇぇぇぇぇぇ!!」
ルシアの悲痛な叫びが洞窟内に木霊した、次の瞬間だった。ルシアの身体が清らかな光が、爆発的に溢れ出した。
視界を真っ白に染め上げるほどの眩い聖光に、ミノタウロスが狂暴な悲鳴をあげて一瞬大きく怯む。
俺の身体がその光に包まれた瞬間、鈍い激痛がふっと和らぎ、肉体にわずかな活力が戻るのを感じた。
ミノタウロスが怯んだことで、その血走った巨大な眼球が、ちょうど俺の目の前に静止している。
俺は最後の力を振り絞るかのように、右手に握っていた折れた剣をミノタウロスの眼球めがけて力任せに突き刺した!
グオォォォォォォぉ!!
ミノタウロスは激痛に引き裂かれたような悲痛な叫びをあげ、俺を掴んでいた手を激しく振り払った。捕縛から逃れた俺の身体は、そのまま泥塗れの地面を転がるように叩きつけられる。
薄れゆく意識の中、何処か遠い位置でクリスティアが「よくやったわね」と俺を労う声が聞こえた気がした。
「──『アイス・ジャベリン』……ッ!!」
視界の端で、圧倒的な絶対零度の魔力を宿した氷の槍が、ミノタウロスに向かって勢いよく放たれるのが見えた。
放たれた槍は見事にミノタウロスへと直撃し、その巨体を一瞬でカチコチの氷漬けへと変えていく。それだけにとどまらず、氷の槍は凍りついたボスの胸を一突き──どころか完全にブチ抜き、その胴体に大きな風穴を開けた。
その光景を薄れゆく意識の中で見届けていた俺は、遠くから涙目でこちらへと走って近づいてくるルシアの姿を最後に、暗闇の中へと意識を沈めていった。




