1,乙女ゲームのモブキャラに転生!?
……俺は目を覚ました。
見たこともない場所……というか、驚くほどふかふかした大きなベッドで寝ていたようだ。頭を振って、俺はゆっくりと身体を起こす。
(……って、あれ?)
なんだか猛烈な違和感を覚える。まるで、俺が俺の身体ではないような……。
起き上がろうとベッドのシーツに手を突いた瞬間、視界に入った自らのパーツに思考がフリーズした。
(あれ……? なんか手が小さくないか……?)
じっと自分の手のひらを見る。何がどうなっているのか分からず混乱していると……。
コンコン!!
小気味いい、ノック音が聞こえてきた。状況がまだ掴めないまま、俺が戸惑っていると、返事を待たずにガチャリと扉が開いた。入ってきたのは、カチッとしたクラシカルな制服を着こなしたメイドだった。お盆に水差しを乗せて入ってきた彼女は、入ってくるなり俺の方に視線を向けてきて、まるで幽霊でも見たかのように目を見開いて硬直した。
彼女はガタガタと震えながら、持っていたお盆をもってそのまま廊下に出て行ってしまう。
「アレン様が……アレン様がお目覚めになられましたーーーっ!!」
鼓膜が破れんばかりの大声を上げながら、メイドはバタバタと激しい足音を立てて廊下の奥へと走っていってしまった。
(な、なんだったんだ? というか、アレンって誰だ?)
そんな事なそ考えいると、廊下の奥から再びバタバタと複数の激しい足音が近づいてきた。さっきほどのメイドが、白髪の老紳士を連れて戻ってきた。その後、異常がないかの検査や自分が何者かなどの簡単な質問をしてきた。
その質問に答えていくうちに、とんでもない事実が発覚した。どうやら俺は、アレン・アルベールと言う貴族に転生してしまったらしい。
前世の俺は、日本で働く、何処にでもいる普通のサラリーマン。信号無視で突っ込んできた車に轢かれ、気づけばアレンの身体に入り込んでいたのだ。
異世界転生系はよく、アニメや漫画などで見たことはあるが。だが、まさか俺自身がこんな体験をすることになるなんて……。実に変な感じだ。
さらに医者たちの話を聞いていくと、どうやらこの身体の本来の持ち主であるアレンは、二日前に一人で勝手に木に登り、足を滑らせて落下し、それからずっと目を覚まさなかったそうだ。
(……かなり腕白な子だったのかな?)
そんな事を考えていた俺だったが、ふと、一つ重要な事に気がつく。
(……待てよ。俺、この世界について何も知らないのだが)
前世の記憶はハッキリと覚えているが、この身体――アレンとしての記憶が、全くと言っていいほど存在しないのだ。どうしようと悩んだ末……。
「……記憶喪失だね、それは」
という事にした。医師が言うに頭を強く打ったせいで記憶の一部が欠落したか、もしくは一時的に思い出せない状態なのだろう、というのが医師の説明だった。
(……まぁ単純に中身が別人なだけなのだが)
俺は、誰もいない方に顔を向け、引きつった笑いでごまかすしかなかった。その後も色々と検査を受けたが、頭の異常や特に目立った外傷はないと分かり、ようやく解放された。
ようやく一息つくことができた俺は、まず第一に情報を集めるため、部屋にずっと残っている一人のメイドに話を聞いてみることにした。
「あ、あの、すみません」
「は、はいっ! 何でございましょう、アレン様!!」
少し声をかけただけだというのに、彼女は弾かれたように背筋を伸ばし、物凄くビクついていた。……なぜ?……まぁ今はそんな事など置いておいて、とりあえず情報だ。まずはメイドさんの名前を聞く。
名前はアンナと言い。どうやら俺専属の侍女とのこと。とりあえず情報収集を……とも思ったがその前に。俺……というかアレンのために医者を呼んでくれたことに感謝を述べる。
「アンナ。俺のために医者を呼んでくれてありがとう」
子供特有の高い声で、俺は真っ直ぐに彼女を見つめてお礼を言った。するとアンナは、信じられないものでも見たかのように目を丸くした。
(たかがお礼を言っただけなのに、どうしてそんなに驚くのだろう?)
俺が首を傾げていると、彼女は我に返ったように激しく首を横に振った。
「あ、い、いえ……! と、当然のことをしたまでですっ!」
物凄く慌てた様子で返事をしてきた。まぁ色々と疑問には思ったが、まずは情報収集が大事と切り替えた。
アンナの話を聞いてみて、分かったことがある。まず俺は、アレン・アルベールという貴族に転生し、今年で十二になるという。次に、この大陸がアルカディア大陸であり、俺たちが今いる場所がレガリア王国という国だということだ。……そこまで聞いた瞬間、俺の脳裏に電撃のような衝撃が走った。
(ん?……レガリア王国? アルカディア大陸……どこかで聞いたことのあるような)
俺は記憶の引き出しを必死にひっくり返し、ハッとした表情を浮かべた。
(そうだ! 確か前世の妹が、そんな名前の国が出てくるゲームに熱狂していた。タイトルは、確か――……そう、『ルミナス・クロニクル』っていう乙女ゲームだ!!)
カチリ、と頭の中でパズルのピースが噛み合った。あいつが毎日のようにそのゲームについて熱弁してくるから、プレイしたこともないのに設定だけは嫌というほど頭に叩き込まれていたのだ。
……しかし、そこまで思い出した俺は、ある奇妙な違和感に気がつく。
(……いや、待てよ? 『ルミナス・クロニクル』に……アレン・アルベールなんてキャラ、存在したか……!?)
メインの攻略対象から敵の悪役、果ては背景のモブ学生にいたるまで、あいつの歪んだ愛による徹底的なキャラクター考察を何百回と聞かされた。だが、その記憶をどれだけ漁っても、「アレン」という名のキャラクターなんて、影も形も存在しない。……だとしたら、俺が転生したこの”アレン”ってもしかして。
(名前する登場しない、モブキャラってことかぁぁぁ!!)
あまりの衝撃の事実に、俺はベッドの上でガックリと膝から崩れ落ち、しばらく絶望に打ちひしがれた。急に頭を抱えて丸くなった俺を見て、アンナが心配そうに近づいてきてくれた。
……普通、こういうのって(異世界転生)とかって、主人公…もしくはメインキャラに転生して物語に絡んでいくのが定番じゃないのか?なのに名前すら登場しないモブキャラだなんて。
しばらくの間、絶望のどん底で落ち込んでいた俺だったが――ふと、頭の中で何かが吹っ切れた。勢いよくその場に立ち上がる。
(まぁ、転生してしまったものは仕方ない。だったらもういっそ、この第二の人生は、俺の思うがままに好き勝手やらせてもらいますか!!)
こうして俺は、アレンとしての人生の一歩を踏み出す事を決意した!!




