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第9話 ギャルゲーマスターの俺なら、黒竜の一匹ぐらい余裕なんだが?

大地が揺れた。

空気が震えた。

俺も震えた。

プルプルと。


さっきまで草原だと思っていたそれは、草でも地面でもなかった。

真っ黒な鱗。

山のような胴。

夜を切り取ったような翼。

そして、こちらを見下ろす金色の瞳。


どう見ても。


いや、どこをどう見ても。

竜だった。

大きな大きな竜だった。


お疲れ様でした。

俺の異世界生活、ここにて終了でございます。


圧倒的な体格差を前に、俺が立ち尽くしていると、竜がゆっくりと口を開いた。

その口腔の奥で、黒い靄が揺らぐ。


次の瞬間。

黒い炎が吐き出された。


「ひっ……!」


炎は俺の頭上を通り過ぎた。

通り過ぎただけだった。

ただ、それだけで。

俺の背後にいたポイズンバタフライの群れは、音もなく消えた。

羽音も。

毒々しい身体も。

さっきまで俺をミイラにしようとしていた殺意の塊も。


全部。

黒い炎に呑まれ、一瞬で灰になった。

それだけでは終わらない。

炎はそのまま森を舐めるように走り、木々を焼き払い、草を消し、地面の色を茶色く変えていった。


なんということでしょう。


先ほどまで緑豊かだった森が、匠こと竜のリフォームにより、見晴らしのよい更地へと生まれ変わりました。


開放感抜群。

採光良好。

防虫性能、過剰。


「って、なんでやねん!!」


思わず叫んだ。

叫ばずにはいられなかった。


「どこがどうバグれば、昨日までスライム狩ってた俺の前に竜出現イベントが起きるんだよ!? 段階を踏め! 世界観にもチュートリアルを実装しろ!」


その時。

背後から、低い声が降ってきた。


「人間よ」


声だけで、背骨が冷えた。


「妾の眠りを妨げたのは、貴様か?」


ゆっくりと振り返る。

金色の瞳が、俺を見ていた。

逃げられない。

戦えない。

誤魔化せない。

だが、誤魔化すしかない。

人間とは、そういう生き物である。


「い、いやいやいや! 滅相もございません! 妾様? 竜様? 黒竜様? とにかく偉大なる何か様! 俺はただ通りすがりの、しがない、低レベルで、将来性も不透明な一般男性でして!」


「ほう」


竜の目が、わずかに細くなる。


「では、美味いだの、食ってみろだの、先ほどから妾の耳元で騒いでおったのは、貴様ではないと?」


俺の脳内に、つい先ほどの記憶がよみがえる。

セーフゾーン。

ポイズンバタフライ。

ゲーマーとして魂に染みる、安全圏からの煽り。

ここに美味しいご飯いますけど。

食べられませぇん。

残念でしたぁ。


「…………」


終わった。

完全に俺だった。


「ち、違います! あれは、その、ポイズンバタフライたちが羽音で! 僕ら食べてくださいって! 虫界隈の求愛行動的な何かで! 俺はむしろ止める側というか!」


「貴様、妾を愚弄しているのか?」


空気が沈んだ。

物理的に沈んだ気がした。

肺が縮む。

心臓が土下座を始める。

俺は即座に方向転換した。

言い訳ルートは死亡。

ならば、残るはゴマすりルートである。

俺は黒竜の前足に、可能な限り自然に、そして可能な限り必死に擦り寄った。


「いやぁ、しかし黒竜様! なんと立派なお足でしょう! この鱗の艶! 黒曜石のような輝き! 踏まれたら即死しそうな重厚感! いやもう、存在そのものが芸術!」


全力のゴマすりを敢行する。

というか、やらねば死ぬ。

俺の生存本能が、さっきから脳内で避難警報を鳴らし続けている。

なお、ここまで流暢に喋ってはいるが、尊厳の一部はすでに死んでいる。


「ほう」


黒竜が、ほんのわずかに首を傾げた。


「人間にも、妾の美しさが分かるものがおるのか」


「ええ、もちろんですとも! この太く凛々しい前足! 広げれば空を覆うであろう立派な翼! 大地そのものを思わせる大きな体! そして何より、その牙! 逞しく、鋭く、実に素晴らしい!」


「ほう……」


竜の声が、少しだけ低くなった。


「太く、逞しく、大きい……とな?」


あれ。

眉間の皺が増えた気がする。

なぜだ。

褒めたはずだ。

俺は今、全力で褒めたはずだ。


落ち着け、アキト。

お前はゲーマーだ。

ギャルゲーも、交渉ゲーも、人には言えないタイプの選択肢がやたら多いゲームも、数多く攻略してきた男だ。


今の選択肢は何だ。

太い、逞しい、大きい。


これは。


これは、たぶん。

女性に使う褒め言葉としては、かなり危険な部類では?


「……人間」


黒竜の金色の瞳が、すっと細くなる。


「妾を、何だと思っておる?」


冷や汗が背中を流れた。

会話の選択肢を間違えた音が、頭の中で鳴った気がした。


テッテレー。


いや、鳴るな。

今じゃない。

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