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第10話 お前らならびびらねぇのかよ!?俺だってなぁ、好きであんな情けない姿を晒したわけじゃ

黒竜の口元で、ゆらりと黒い靄が揺らいだ。

金色の瞳が、俺を見下ろしている。

そこに怒りはなかった。

殺意すら、ない。

ただ、不快な羽虫を指先で払う前のような、冷たい無関心があった。


まずい。

まずいまずいまずいまずい。

このままでは消される。

間違いなく消される。

それこそ蘇生呪文がどうとかいう次元ではない。

骨も残らない。灰も残らない。

なんなら、俺という存在がこの世界の地図から修正液で消される。


何とかしなければ。

何とかして、俺に価値があると示さなければ。

今の俺は、剣も魔法も持たずに最終面接へ放り込まれた就活生だった。


面接官は黒竜。

不採用なら、お祈りメールではなく黒炎。

自己PR欄に書ける強みは、愛嬌があること、維持費がモーヤのみであること、スライムを十年狩ったこと。


終わっている。

だが、終わっているからこそ売り込むしかない。


「い、いやあ、黒竜様? 私はですね……そう! 私は、色々とお役に立てる人間でゲス!」


「ゲス?」


黒竜の金色の瞳が、わずかに細くなった。


「何じゃ、お主。その珍妙な物言いは」


引いている。

圧倒的上位存在が、若干引いている。


まずい。

媚び方を間違えた。

だが、もう戻れない。

ここで格好つけても死ぬ。

だったら、情けなくても生き残る方を選ぶ。


俺は、もともとうっすぅぅぅいプライドを投げ捨てた。

投げ捨てたというか、さっきの爆風でたぶん森の方まで飛んでいった。


俺は速攻で黒竜の前足に擦り寄った。


「俺を下僕にしていただければ、なーんでもいたしますとも! スライム駆除から庭の手入れ、肩揉み、マッサージ、お使い当番、雑用、炊事、洗濯! この私めがいれば、どんなお申し付けも必ずや遂行いたしますでゲス!」


「だから、その語尾は何じゃ」


「忠誠心の表現でゲス!」


「気色悪いのう」


ありがとうございます。

まだ会話が続いている。

つまり生存の余地がある。

俺は手のひらの上に拳を乗せ、これでもかというほど擦った。


ゴリゴリゴリゴリ。

摩擦で火が起こせるんじゃないかという勢いで擦った。


今。

ここで。

自分の存在意義を売り込まなければ、生き残る道はない。


「一家に一人! 辺境生活のお供に! 目が良く、土地勘があり、弱いので反逆の心配もなし! この優秀な私めを、ぜひ黒竜様の末席に!」


「弱いことを売りにする人間を、妾は初めて見たぞ」


「強い者なら他にもいくらでもおります! しかし、弱く、しぶとく、安く使えて、ほどほどに目が利く人材は希少でございます!」


言っていて悲しくなってきた。

だが、悲しんでいる場合ではない。

悲しみは後でまとめてやればいい。

生きていればの話だが。


黒竜は俺を見下ろしたまま、しばらく黙っていた。

その沈黙が重い。

胃がキュゥぅぅッと縮む。

心臓が勝手に辞表を書き始める。


「ほう」


やがて、黒竜が低く呟いた。


「お主、妾の従者になると申すか」


「ええ! 是非! 私めを! どうか! 何卒!」


俺は全力で上目遣いをした。


目をぱちぱちさせた。


自分でやっていて気持ち悪かったが、目の前にある選択肢は、はい、イエス、承知、御意の四択である。


拒否というボタンは、最初から画面に表示されていない。

黒竜はゆっくりと目を閉じた。


考えている。

たぶん、考えている。

できれば、殺し方ではなく採用の方向で考えていてほしい。

やがて黒竜は、静かに目を開いた。


「まあよい」


その一言に、俺の全身から力が抜けかけた。


「変わった人間よ。いや、魔族にも、お主のようなものはそうおらぬ」


褒められているのか。

貶されているのか。

判断に困る。

だが、今は前向きに受け取る。

前向きに受け取らないと膝から崩れる。


「面白い」


黒竜は、ゆっくりと前足を持ち上げた。

巨大な爪の先が、俺の肩に触れる。

ほんの、ちょん、という程度だった。


その瞬間。


「いっでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


肩に、焼けるような痛みが走った。

いや、焼けるような、ではない。

焼けている。

絶対に焼けている。

俺はその場に転がり、悶絶した。


「いだだだだだだ!? 何!? 採用通知ってこんな痛いの!? 労働契約書を肉体に刻むタイプ!?」


「騒がしい下僕じゃのう」


黒竜は呆れたように息を吐いた。


「妾は久方ぶりに、下界を見てくる」


「え? いや、ちょっと待ってください黒竜様!? 説明! 説明を! 雇用条件とか! 休日とか! 福利厚生とか!」


黒竜は答えなかった。

天を覆うほどの翼を広げる。

それだけで、空が暗くなった。

次の瞬間、凄まじい風圧が草原を叩きつける。


「うわああああああああ!?」


俺の体は軽々と吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。

肺の中の空気が全部出た。

尊厳も少し漏れた。


黒竜はそのまま、空へと昇っていく。

黒い巨体が雲を裂き、遠ざかっていく。

俺は地面に転がったまま、痛む肩を押さえた。

そこには、焼け焦げたような黒い紋様が浮かんでいた。


嫌な予感しかしない。

というか、嫌な予感しかしないものは、だいたい当たる。


「せんぱーい!」


遠くから、レンの声が聞こえた。


ああ。

助けが来た。

よかった。

本当に、よかった。

俺はそう思いながら、ゆっくりと意識を手放した。


最後に頭の中をよぎったのは、ただ一つ。


下僕って、履歴書に書けるのかな。


という、非常にどうでもいい疑問だった。

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