第3話 10年のベテラン、新人を任される るっせぇ!レベル低くてもベテランですぅー!
「ようこそ! 冒険者ギルドへ〜♪」
明るい声が、今日もギルドの中に響いていた。
腰ほどまで伸びた栗色の髪。
太陽みたいな笑顔。
そして、初対面の冒険者が思わず背筋を伸ばしてしまうほど、妙に完成された受付嬢スマイル。
彼女の名はティナ。
この村の冒険者ギルドが誇る看板娘である。
まあ、看板娘と言っても、このギルドの受付嬢は彼女しかいないのだが。
看板一枚を一人で背負っている。
物理ではなく精神的に。
この村は、百人ほどが暮らす小さな辺境の村だ。
王国からもっとも離れたこの地は、魔王領に近い。
大した産業もない。
大きな街道が通っているわけでもない。
普通に考えれば、とっくに寂れていてもおかしくない場所である。
だが、この近辺を根城にしている強力な魔物がいる。
そのおかげで、半端に知性のある魔物はまず近寄ってこない。
強すぎる魔物がいるせいで、他の魔物が寄りつかないのだ。
猛獣の檻の隣に、わざわざ住みたがる鹿はいない。
つまりこの村は、危険すぎるせいで逆に安全という、理屈としては最悪の土地だった。
ただ、初心者冒険者にとってはちょうどいいらしい。
王国から遠い。
普通なら、それだけで新人冒険者には向かない。
だが、この村には大きな利点があった。
物価が安い。
正確に言えば、金がなくてもどうにかなる。
村と村が点々と離れているせいで、ここでは貨幣だけがすべてではない。
薬草や獣肉。
薪割りや荷運び。
畑仕事。
そういうものが、普通に宿代や飯代の代わりになる。
宿屋のおばちゃんなんて、俺が薬草を多めに持っていくと、たまにスープの具を増やしてくれる。
この間なんて、モーヤが二本も多く入っていた。
現代で言うなら、もやしみたいな安野菜だ。
二本。
たった二本。
だが、俺にとっては宴だった。
ありがとう、おばちゃん。
ビバ、物々交換。
スライム、お前は見習え。
依頼は単純。
出る魔物は基本的に弱い。
つまりこの村は、初心者冒険者にとってのチュートリアル地点なのだ。
最初の村というやつである。
なお、俺は十年いる。
チュートリアルから出られない男。
泣いていいか?
ティナは、つい先ほど登録したばかりらしい新人冒険者への説明を終えると、ふぅ、と小さく息をついた。
そして俺に気づく。
次の瞬間、彼女の顔に、再び完璧な笑顔が戻った。
俺がこの村に来たのは十六歳の時だ。
その頃から、彼女の見た目はまったく変わっていない。
年齢的には、たぶん。
「三じゅ……」
ピキッ。
思わず口から漏れかけた言葉に、ティナの口角がわずかに動いた。
本当にわずかだ。
普通の人間なら見逃していたかもしれない。
だが、俺には見えた。
パラメータ『目』のおかげで。
ありがとう、目。
ビバ、目。
このステータスがなければ、俺は今この瞬間、受付カウンターの裏に埋められていたかもしれない。
俺は賢明にも言葉を飲み込み、ティナの元へ歩み寄った。
「アキトさん♪ 最近、怪我が少ないですね? いいことです」
ティナはにこやかに笑って、そう言った。
声は優しい。
笑顔も優しい。
ただ、俺は知っている。
さっきの「ピキッ」を見た。
俺じゃなきゃ見逃してた。
「まあね。レベルも上がったし。一だけど」
「一でも成長は成長ですよ♪」
「言葉だけ聞くと優しいのに、数字にすると地獄だな」
俺はカバンを下ろし、中からスライムの魔石と、道中で採取した薬草を取り出した。
それをカウンターに並べる。
「それはそうと、いつも通り買取で」
「はい♪ 確認しますね」
ティナは慣れた手つきで魔石と薬草を仕分けていく。
小さな魔石が十個。
薬草が数束。
見事なまでの低収入セットである。
「銅貨三枚ですね♪ どうぞ」
「助かる」
初心者冒険者が多いこの村では、薬草を比較的高めに買い取ってくれる。
ちなみに売り上げの内訳は、スライムの魔石十個で銅貨半枚相当。
残りが薬草だ。
ビバ、薬草。
ありがとう、薬草。
スライム、お前はもう少し頑張れ。
俺は銅貨を受け取り、カバンにしまった。
そのままギルドを出ようとしたところで、ティナに呼び止められる。
「アキトさん」
「ん?」
「今回も、例のアレをお願いできますか?」
例のアレ。
新人教育である。
とはいえ、悲しいことに、新人はだいたい初期値で俺より強い。
だから俺が教えるのは、戦い方ではない。
このあたりの道案内。
危ない場所。
薬草の群生地。
スライムが多い場所。
そして、俺が十年かけて身体で覚えた行ってはいけない場所の数々。
スライムや他の魔物に怯え、逃げ、死に、臭くなりながら手に入れた、血と涙と死臭のマップ情報である。
地味だが、需要はある。
そして何より、俺にとっては大切な収入源のひとつだった。
「ええ、いいですよ。銅貨くれるなら、だいたい何でもやります」
俺は二つ返事で引き受けた。
プライド?
そんなものはスライムと一緒に穴へ落とした。
「ありがとうございます♪ じゃあ今から、その子を呼んできますね〜♪」
ティナは嬉しそうに笑うと、ギルドの奥へるんるんと歩いていった。
その背中を、俺は見送る。
相変わらず、後ろ姿まで若い。
「……いや、考えるな」
俺は静かに首を振った。
目が良すぎるのも、考えものだった。




