いくつもの世界
気づいたとき、音がなかった。
風も、足音も、心臓の鼓動さえも聞こえない。ただ、白い。上下も奥行きも分からない、何もない空間に、俺は立っていた。
「……は?」
間抜けな声が漏れる。自分の声だけが、やけに浮いて聞こえた。
直前の記憶を探る。
夜道。コンビニの帰り。ヘッドライト。クラクション。――そこで、途切れている。
「……ああ、なるほどな」
理解はしたくなかったが、答えは一つしかない。
「俺、死んだのか」
口に出すと、妙にあっさり受け入れてしまう自分がいた。実感がないからかもしれない。痛みもないし、体も普通に動く。
床もないのに、足は沈まない。空もないのに、明るい。
「……意味わかんねえ」
そう呟いた瞬間だった。
「私とゲームをしましょう」
背後から、声。
振り向いたときには、もう“それ”はそこにいた。
人の形をしている。だが、顔がない。輪郭だけが曖昧に揺れている、白い影。
「誰だよ」
「案内役、とでも呼んでください」
淡々とした声。感情がない。機械みたいだと思った。
「案内役? 何の?」
「あなたの“再起動”のための案内です」
「……再起動?」
聞き返すと、そいつは一拍だけ間を置いてから続けた。
「あなたは死亡しました。しかし、条件を満たせば現実世界へ復帰できます」
都合のいい話だな、と反射的に思う。
「条件って?」
「七つの世界を、すべて“クリア”すること」
――七つ。
その言葉が、やけに重く響いた。
「は? ゲームかよ」
「近いものです。ただし、やり直しはありません」
「……失敗したら?」
「その時点で、完全な消滅です」
軽く言いやがった。
冗談かと思ったが、こいつの声には一切の揺らぎがない。嘘をついている感じでもない。ただ、事実を並べているだけだ。
「……で、その七つの世界ってのは?」
「それぞれに“能力”が存在します」
白い影の周囲に、何かが浮かび上がる。
文字のようで、映像のようで、でもはっきりとは見えない。
「嘘を現実にする能力。時間を好きに操れる能力。役割が可視化される能力。想像したものを生み出せる能力。身体能力が強化される能力。他人の心の声を読み取れる能力。」
淡々と、並べられていく。
「……全部、チートじゃねえか」
そいつは、また一拍開けると
「それは各世界で理解してください」
といった。
どうやら、教える気はないらしい。
「……順番は?」
「固定です。あなたは“第一の世界”から開始します」
「どこだよ、それ」
その問いに、影は一瞬だけ沈黙した。
そして、告げる。
「――“嘘を現実にする能力”」
ぞくり、と背筋が冷えた。
よりにもよって、いきなりそれかよ。
「それと言い忘れましたが、一つの世界をクリアすることに、あなたは能力を手に入れることができます。」
「ご健闘を、お祈りします」
「ちょっと待て、心の準備とか――」
次の瞬間、足元が消えた。
落ちる。
真っ白だった空間が、一気に暗転する。
風が、音が、現実が、一気に押し寄せてくる。
「っ――!」
視界が開けた。
夜だ。街灯。アスファルト。人の声。
どこかの路地に、俺は立っていた。
「ここが……」
言いかけて、止まる。
目の前を歩いていたサラリーマン。その“頭上”に、数字が浮かんでいる。
**「回数:3」**
「……は?」
思わず目をこする。だが、消えない。
道を歩いてるお爺さんを見る。
**「回数:3」**
さらにスマホをいじりながら、信号が変わるのを待っている人を見る。
**「回数:3」**
俺は動けなかった。
ただ、見ていた。
喉が、乾く。
「……ふざけんなよ」
俺は、息を吐く。
「……やるしかねえんだろ」
視線を上げる。
街には、無数の“回数”が浮かんでいる。
「回数」とはなんなのか?
何をすればいいのか?
その選択を、俺はこれから強制される。
「……クソゲーすぎるだろ」
それでも――進むしかない。
俺は、生き返るためにここにいるのだから。




