10 畑改良! Ⅱ
(はぁ、はぁ……、おい! これはいくら何でもグリフォン使いが酷過ぎるのではないか??)
ミュートはホームセンターにあった肥料に堆肥、その他培養土などの土が入った袋を乗せた荷車を4つ連なったものを牽引し終え、マリン村の周りに広がる農地を前に倒れ込んでしまった。
これだけ大量の物を運べば、いかにミュートといえど疲れたのだろう。
いやぁ、ほんとお前すごいな! 流石にこれだけの量は運べないと思っていたのに!
これからはミュート様と呼ばせてもらうよ!!
(う、うるさい! 我はもう寝る!! このように手伝うのも今回で最後だからな、フンッ!!)
ボシュゥゥ!!
ミュートはそう言い放つと、体から煙を発生させ小さくなり仰向けで寝てしまった。
「全く、警戒心なさすぎじゃないかこれ? でもまぁ今回は何も言わず寝かせといてやるか。」
「あの、マコト様! 一応袋が同じものずつで分けました。次は何を致しましょうか??」
「ちょっと、ユイさん。アハハハッ、顔に土が付いてますよ??」
ユイはディルハルト達に集められた農民達と俺が持ってきた土を袋の絵柄ごとに分け終えこちらに戻ってきたが、俺が鼻に土が付いていることを指摘すると顔を赤らめながらその土を右手で拭った。
「それでマコト殿。これから何をいたすのだ?? それにこの光沢のある袋に入っているものは一体……。」
「それは堆肥というものですディルハルトさん。これをまず土に混ぜ込むことから始めようと思います。」
「タイヒ?? また初めて聞く名のものだな。してそれはいかなるものなのだ??」
俺の隣にいたディルハルトは堆肥の袋を前に興味深々という表情で尋ねてきた。
しかし、その表情は俺の次の言葉で一気に険しいものになる。
「堆肥というのは、そうですねこれは牛の糞を元に作られているもので、こちらは植物を元に作られているものですね」
まぁ、あまり難しいことを言っても分からないだろうし、これ位大雑把な説明でいいかな。
「牛の糞、だと……??」
だが堆肥の袋を触りながら説明していた真はそこでディルハルトの声色が変化したことに気が付いた。
その上、真の話を聞いていた農民たちも一様に怪訝な顔をしており、真は少し前にユイの言っていた言葉を思い出す。
(そんなもの畑に撒いたら、腐っちゃいますよ!)
そうか! この世界の人達には糞を撒くとかそう言うことに対する知識がないんだった。
「マコト殿、協力してくれている所悪いのだが、その様なものを畑に撒いたのではその地は二度と使えなくなるのではないか?」
「いや、大丈夫ですよ!! 牛の糞と言ってもきちんと発酵、分解されていますし、もしそれでも抵抗があるならこの植物から作ったものを使用しますから。」
「う、うむ……。発酵や分解というのはあまり分からないが、マコト殿がそう言うのであれば任せよう。」
俺の説明を聞いてもディルハルトはいまいちピンと来ていないようだったが、渋々ながらも首を縦に振ってくれた。
そこでディルハルトの気が変わらない内に、俺は農民達の元に進むと堆肥の袋を一つ開け台車の中に広げる。
すると先ほどまでは怪訝な顔をしていた農民達は打って変わり皆興味津々に堆肥を見つめ、あるいは触りその感触を確かめ始めた。
「ほう、これが堆肥というものか。牛の糞というからもっと臭いのかと思っていたがあまり匂いはしないぞ?」
「本当だ! なぁ、マコト様。どうやってこんなものを糞から作るんだ??」
まぁ、完全発酵済みのものだから匂いはあまりしないだろう。
うーん、この世界では牛糞堆肥を作るのは難しいだろうな…。腐葉土とかは何とかなりそうだし、今度挑戦してみるか。
「作り方はまたの機会にお教えします。 では皆さん! 今日はこれだけしか量がないので目の前の畑一面だけに堆肥を混ぜ込みたいと思います! なので台車に堆肥を袋から出してもらえますか??」
『おぉ!!』
農民達は真の言葉を聞くと堆肥を袋から出し台車の中へと広げ始める。
しばらくすると、4つの台車の中は堆肥で一杯になり、辺りには土の香りが漂っていた。
「ではこれからこの堆肥を畑に混ぜ込んでいきたいと思います! 皆さんは僕が持ってきた農機具を使ってください!」
「それだけど、本当に俺達がこれを貰ってもいいのか? 鉄製の鍬なんて始めて見た……。」
「もちろんですよ! 皆さんのお役に立てるのなら僕も嬉しいですから!」
「おぉぉぉ!! マコト様はこの村を救ってくださる、勇者様の再来だ!!」
「え、いや、ちょっと?!」
そう言うと村人達は真に手を合わせ拝み始めたため、真は急いで彼らの頭を上げさせようと慌て始める。
そんな大層なものじゃないんだけどなぁ……。
こういう扱いは慣れていないからどうしたらいいのか困る。
その後、しばらくの間村人達は真を拝み続けたため、作業に移れたのは20分程後の事だった。
その日の夕暮れ。
日も随分と傾き辺りがオレンジ色に染まり始めた頃、真達はようやく目の前の畑一面に堆肥や肥料を撒き終え、村人達にも疲労の顔が見え始めていた。
ふぅ、やっと終わったな。畑一面と言ってもサッカー場よりも大きいからな、流石に疲れた……。
堆肥と肥料も何とか足りたようで良かった。まぁ、ホームセンターはすっからかんになったけど。
しばらくすると地面に腰を下ろし目の前の畑を見つめている真の隣に、泥だらけになったユイが同じように腰を下ろした。
「今日はありがとうございましたマコト様! 皆、この農機具を喜んでいましたよ!」
「皆さん嬉しそうに作業してましたもんね。でも俺からしたらこれまでこの木製のもので農作業をしていた方がビックリですよ!」
俺は隣に置いていた木製のスコップを手に持ちユイに答える。
俺もさっき使ってみたけど、土に深く刺さらないうえ鉄製の物を使うより何倍も力が必要だった。
それに壊れやすくお金もかかるんだろう。村人の皆、俺が渡した鉄製の農機具の使いやすさにはしゃいでたもんな。
ハハハハッ…。俺が数時間前の村人たちの事を思い出し笑みを浮かべていると、その表情を見つけていたユイも頬に手を付き笑みを浮かべていた。
「な、なんですかユイさん??」
「いえ、何でもありませんよ。ただ、マコト様もやっぱり人間なんだなって。」
「へっ?? それどういうことですか?」
「なんでもないですよー! それよりもほら! 皆マコト様を待っていますよ、早く行きましょう!!」
ユイは立ち上がると、俺に満面の笑顔で振り返った。
その表情は、夕日に照らされ俺はユイの美しさに改めて気づかされる。
ユイさんって、本当に誰にでも分け隔てなく接するんだよなぁ……。
こりゃ、ユイさんが結婚なんてことになったら村人達から暴動でも起きるんじゃないか??
「マコト殿ー! すまぬがこっちに来てくれるかー??」
真がユイとしばらく見つめ合う形でいると、村の入り口でディルハルトが村人達と集まり手を振っていた。
「ほら、マコト様! お父様も呼んでいますよ?」
「分かりましたよ! それじゃあ戻るとしましょうか。」
俺はユイに差し出された手を掴み立ち上がると、ディルハルト達の元へと戻っていく。
だが、俺達が戻ってきたのを見ていたディルハルトや村人はどこか表情がニヤついている。
なんだ? 何か俺の顔に付いているのか??
「マコト殿、お主も存外手が早いのだな? まぁ、ユイは器量よしゆえ惚れるのは無理からぬことだ。」
「えっ? ちょっとディルハルトさん?? 一体何を言って……」
そこで俺はようやくあることに気が付いた。
それは先ほどユイに差し出された手をまだ掴んでいたということ。
ユイもそのことに気が付いたのだろう。顔を真っ赤に染め急ぎその手を離し、ディルハルトへと詰め寄った。
「もうお父様、からかわないでください!」
「ハハハハハッ、そう怒ることでもあるまい! マコト様の事を嫌いではないであろう??」
「そ、それはそうですが……、もうやだ!!」
バシバシッ!! ユイはディルハルトの言葉で再び真に視線を向けるが、すぐに視線をそらすと更に顔を赤らめディルハルト胸を何度も叩いていった。
本当に仲のいい親子だよな、この2人って。
っと、それよりもディルハルトさん何か俺に用があったんじゃ……。
「ディルハルトさん! それで何かご用でもありましたか??」
「おお、そうであった! ユイ、ふざけるのもここまでしよう。」
「……分かりました。」
ディルハルトは俺の言葉を聞くと、ユイに自分の体から離れるように肩に手を添えた。
ユイもまだディルハルトの戯言に怒っている表情ではあったが、父親を困らせる訳にも行かず渋々その場から少し離れるのだった。
「それでな、マコト殿。村人達がいつくらいから植え付けが出来るのか聞いておってな。ただでさえ例年より遅れている、皆少し焦っているのだ。」
なるほど、そういうことだったか。
「そうですね……、14日~20日後ってところですかね。その間に毎日他の畑にも同じ作業を行っていこうと思います。」
「そうか。思ったより時がかかるのだな。いや、しかし急いでも仕方がない、ここはマコト殿にお任せしよう。皆もそれでよいな!?」
『もちろんです!!』
ディルハルトの言葉に、後ろの村人達は同時に声を上げた。
彼らとしては鉄製の農機具を貰ったことで既に真を信頼していたので、ディルハルトの決定に何の異論もなかったのである。
「では皆さん! 今日はここで終わりにします! この後は僕が持ってきたこれで手を洗ってください!」
「マコト様? それは一体何だ? 見たことも無い形をしているが……。」
真は指差した方向に置かれていた物を見た村人達は、その奇妙な形に首を傾げる。
そこには白い瓶のような容器の上に少し下に曲がった鳥のくちばしの様なものが付いていた。
そしてそれには日本語でこう書いてあった。
(ミュー〇 液体ハンドソープ)
「これは石鹸というもので、まず手を水で濡らしてこのポンプを一度押します。」
「おお! 何か飛び出してきたぞ!?」
プシュッ! 俺が並べられている石鹸の中の一つのポンプを押し石鹸を出すと、それを見ていた村人達からはどよめきが起きた。
そして彼らのそのどよめきは、次の光景で最高潮に達した。
「あとはこうして手をこすり合わせると泡が出るので、よく手を洗った後に水でその泡を落とせば……」
「おぉぉぉぉ!! 汚れが綺麗に無くなっている! しかも何かいい匂いもするぞ!」
「俺達にも使わせてくれ!!」
「ちょ、ちょっと皆さん落ち着いて……、ぐはっ!!」
殆ど暴徒と化した村人達は真の制止を聞かず我先に液体せっけんを手に付け泡を立て始める。
そして村人達に押しつぶされた真が気づいた時には、全てのボトルは空になっていたのだった。




