ヒーローは遅れてやってくる。
死に直面して、感覚が研ぎ澄まされているのか、全てがゆっくりだった。
――――――眼前まで来たナイフ。
『アレックス』がその腕ごと弾き飛ばした直後、私へ向かって蹴りを打ち込んでいく。
が、その蹴りは私のすぐ横を通り過ぎ、背後で短いうめき声が遅れて聞こえた。
蹴りの反動を利用し、ナイフを持っていた男のこめかみに回転しながらの肘を打ち込むと、その回転そのままに煙の中へソバット。
良く確認できないが、影が倒れていくのを確認できる。
―――強い。そして速い。
スピード自慢の係長とタメを張れるくらいだろうか。
勢いを殺さず、流れるように打ち込んでいく様は、華麗な踊りを見ているかのようだった。
しかし、何故私を助けた? そもそも、何故私が狙われた?
そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間、先輩が出現した。
いや、本当に出現したかのように、まるで見えなかった……。
と、途端に倒れるアレックス。
えーと、いや、一体何が起こっているのやら。
とりあえず、私は助かった。先輩も無事。
それだけ分かればいいかな?
「ごめんなさい、レミちゃん!! 私の誤算だったわ!」
私に駆け寄って、抱き起してくれる先輩。あ、いやマリさん。
キレイなドレスに身を包み、アップにした艶やかな髪と華やかさを際立たさせるメイク、それらを盛り立てるアクセサリ。
そんな見目麗しい方に抱き寄せられるなんて、今日は死んでもいいのかもしれない。
まぁ、さっき死にかけたんだけれども。
「まさか、私じゃなくてレミちゃんを狙ってくるなんて……。普段は私が狙われるばっかりだから、気が回らなかったわ。本当に、本当にごめんなさい……」
「マリ……んが……ぶ、で……よかたで、す……」
「あら、今マリって? マリって呼んでくれた?」
いえ、違います。
正解は、「マリさんが無事でよかったです」なのです。
痺れて言葉が上手く出ないだけです。
「ね、ね、もう一度、もう一度呼んでくれない?」
子どもがはしゃぐみたいに、もう一回、もう一回とせがんでくるのだが、状況が状況ではないでしょうか?
「――――――って、こんなことしてる場合じゃないわね。とにかく救護ね」
そう言うとマリさんはサッと手を上に挙げる。
音も無く運転手さんが傍に寄ってきた。
「この者たちを確保した後、連行を。アレックスさんに関しては、私の部屋に丁重に運んでおいて。レミちゃんを連れて私も部屋に戻ります。医者も呼んでおきなさい」
「かしこまりました」
端末で何処かと会話をしながら、テキパキと倒れ伏している全員を、何処から調達したのかカートに乗せていく。
その中にはアレックスも居た。
「さて、来たばかりだけど、一度私達も部屋に戻りましょう」
お姫様抱っこで私を運んでくれるマリさん。
待って、それ、私には刺激が強すぎる。
あぁ、本当に今日は死んでもいいのかもしれない。
「では、お嬢様、後ほど部屋に参ります故」
「あ、少し待って。やっぱり私が持っていくわ」
と、カートの最上段に積まれたアレックスの首根っこを掴むとそのままズルズル引きずっていく。
片手で持たれているため、私を抱っこする力と密着度が強くなる。
良いよね? もう、匂いとかありったけ嗅いで良いよね?
自然と呼吸が荒くなっているから、不可抗力だしね?
「―――ブレイブ、“打て”」
急に冷たい声で、カートに向かって詠唱を放つ。
小さなピンポン玉大の光球がアサシンたちへ打ち込まれた。
「お嬢様?」
「呼吸からみて、意識をすぐに取り戻しそうだったからね。念のためよ」
「かしこまりました」
ウソだ。
絶対、自分の力を振るえないから欲求不満なだけで八つ当たりをしたんだ。
でも、どうしよう、こういう振る舞いも、可愛いよなぁ。
なんて、マリさんの腕の中で静かに思うのであった。




