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「そういえば、義母上との茶会はどうだった?」
「楽しかったですよ、とても」
「それはよかった。……義母上がはしゃぎすぎて王女殿下やユリアを困らせなかったかい?」
「いいえ、そんなことは。本当に、とても楽しかったのよ?」
アルダールにはちゃんとアリッサさまとお茶会をした話はしてありますが、どうも心配なようです。
こちらとしてもあまり突っ込んで聞かれるとポロリとあんなことやこんなことを聞いてしまったことを言ってしまいそうでヒヤヒヤものですが……まあ、子供時代の話とかそのあたりを耳にしたってだけなら問題ないでしょう!
後で拗ねられるとか、その程度なら逆にホラ、可愛いものです。
(……理解はしなくていい、かあ……)
アリッサさまのあの時の言葉が、頭から離れません。
あれはアリッサさま個人の言葉であり、けれどそこには確かに〝バウム家の女主人〟としての言葉でもあったのだと思うと、それが何を示すのか……それについて考えてしまうのです。
プリメラさまは貴族としての立場からの言葉だと解釈なさったようですが、あれには他の意味もあるような気がするのです。
そして、多分……私に、それを目の当たりにした際は理解できなくても知っていてほしいという意味なのかなと感じたのです。
ただ、それがなんなのかわからないことに正直モヤモヤするんですけど!
なんでもわかってる体で話されるとこっちも困るんですよ!!
まあ……あの場の空気ではそんなこと聞けるはずもなかったんですけどね……。
で、ですね。
私とアルダールが歩いているのもデート……というわけじゃあないんです。
今日はとうとう、近衛騎士隊の隊長さんとお会いするんですよ。
以前アルダール経由で会いたいという話はいただいておりましたが、お互い業務がアレコレとある上にあちらの方は特にお忙しいですからね……。
なんせ、国王陛下が視察に赴かれる際や城内における陛下の警護、そして陛下からの指示での行動と近衛は常時忙しいのです。
特に近衛隊隊長は常に陛下の隣に付き従う立場にある方なので、なかなかお時間がね……。
全くプライベートがないってことは勿論ありませんが、逆に言えばそれだけ忙しいんだからプライベートの時間は自由に使いたいのが人間ってものですし、むしろ休んでって感じですよね……。
アルダールに言わせれば一隊員に比べるとやはり忙しいって話ですが、特に最近忙しいそうで、なかなか時間が合わなかったんですよね。
「隊長さまはどのような方なの?」
「うーん。基本的にはとても穏やかな方だよ。ユリアも知っているかと思うけど、侯爵家次男という出自で、功績を立てたことによって陛下から伯爵位を賜ったんだ。領地も与えられているけど、殆ど代官に任せっきりだね。あと、独身」
「最後のそれ、必要な情報?」
思わずツッコんでしまった私にアルダールがおかしそうに笑いました。
えっ、いや至極当然のつっこみだったと思いますけど!?
しかし〝基本的に〟ですか……。
(遠目にしかお目にかかったことはないけれど)
確か……金髪のイケオジでした!
ってまたイケオジかよ!!
本当にこの国の美形率どうなってんだ……びっくりですよ……。
あまりにも美形見過ぎでちょっと麻痺してましたけど、どうしてこんなにもきらびやかなのでしょう。
(むしろきらびやかな人間が選ばれて上層部を占めているのか……?)
アホなことが思わず頭の中をよぎりましたが、そのくらい美形がそこらかしこにいるんだからしょうがないじゃありませんか。
まあ、それはともかくとして。
アルダールが言っていたように、この騎士隊の隊長さまは侯爵家の次男で自立のために近衛隊に入隊し、順調に昇進を遂げていった貴族出身騎士らしい出世の仕方をした人物……というのは私も耳にしたことがあります。
けれどそれは正しくもあり、間違ってもいるのでしょう。
近衛騎士は貴族出身だけで構成されていますが、ただ貴族であればイイというものではなく、国王陛下の剣となり盾となる君主直属の兵なのですから、実力が伴っていることが大前提です。
ですがまあ、どこにでも口さがない人々というのはいるもので……。
あれこれと難癖をつけるというか、要は高位貴族出身だから忖度が働いたのだとか、口先だけで陛下に取り入ったのだろうとか、そういう陰口が叩かれていた……という話も耳にしております。
(まあ、否定するだけ無駄だから、ということなのでしょうけれど……遠目に見た隊長さまは、確かに柔和な雰囲気の方だった)
柔らかく微笑んで部下たちを労う姿を遠目に見ただけですし、陛下のお側におられるときは後ろに控えている姿をお見かけしただけですから余り詳しくはないんですけども。
でも実際にお強いらしいんですよ。
私が聞いた話では、陛下が視察に地方へ赴かれた際に、そこの領民が害獣に頭を悩ませていると聞いて当時まだ隊員であった隊長さまに向かって退治するよう仰ったことがあるそうです。
その際、隊長さまは戦斧を使って身の丈五メートルはあろうかというオオトカゲの首を一刀両断したとか……割と有名な話ですが、その他にも色々あるそうです。
見た目が大変穏やかな紳士なのに、どこにそんな怪力が!? ってくらいの大きな斧を担いで敵をぶった切る姿を目にした憧れと畏怖を一身に集めたって話ですよ。
「さて、この角を曲がったら隊長の執務室だけど……大丈夫かい?」
「大丈夫。ええ、勿論!」
緊張しないわけがないですが、特に問題行動があるわけじゃない私が何か叱責されるわけないし、おそらくただ婚約に関してお祝いの一つや二つ、言葉でいただけるだけに違いありません。
だってそうでしょう、私は遠目にしかお目にかかったことがないのです。
それなのに、会いたいなんて言われる理由はそのくらいしか思いつかないっていうか、アルダールが婚約しますって隊長さまに告げたから私に会いたいってなったんだからそりゃそういうことですよねそういうことであってくれ。
これ以上面倒ごととか持ってこられても困るんですよ、正直!!
(いや、その場合は私を呼ばずにアルダールに言うだけでいいのか。後で私に伝えておけとかそんな感じでいいんだもんね……)
隊長命令とかそんな感じで。
いや、そんな横暴な人ではなさそうだけど……アルダールの様子から察するに。
重厚なドアの前に立つ近衛騎士の方々が私たちの姿を見つけて、アルダールとなにか目配せしたかなと思うと私に軽く礼をしてくださって、いやいやなんかこう、照れくさいな!?
だって明らかに好意的っていうか、そりゃそうですよね同僚が彼女連れて来たんだからそういう雰囲気にもなるかってわかるんですけどそれが当事者からしてみると恥ずかしい。
「隊長、アルダール・サウル・フォン・バウムです。王女宮筆頭殿をお連れいたしました」
「入れ」
ドアの外からアルダールが声をかけると、中から許可の声が聞こえました。
それを受けて両側に控える警護の騎士さんが扉を開けてくれて、中に入るとそこは以前お邪魔したバウム伯爵さまの執務室とどことなく似た、シンプルな部屋がありました。
いえ、こちらの執務室の方が雰囲気的に少しだけ、無骨さが和らいでいるでしょうか?
あちらはガッチガチの軍部トップの執務室って感じでしたからね。
部屋の角に侍女さんがひっそりと佇んでいたことを思い出して、思わず視線を部屋の隅に向けてしまったのは内緒です。
隣にいたアルダールには気がつかれているかもしれませんけど!




