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あれこれと調整しつつ、毎日を堅実に過ごしていると三週間なんてあっという間にやってきてしまいました。
プリメラさまのご厚意で、夕方からと言わず午後から休んでくれて構わないということで私は朝礼を行ってセバスチャンさんに引き継いで、あとは約束の時間までのんびりと準備をすればいいということになったのです。
まあ、勿論荷物とかはすでに準備済みですから、最後に忘れ物がないかチェックする程度ですけどね!!
(……しかしまあ、なんでか私よりもメイナとスカーレットが張り切っているというかなんというか)
私のこの小旅行中はセバスチャンさんが引き継いでくれるのはメイナとスカーレットにも説明済みで、万が一なにかがあった際のためにバウム領に向かうことだけ知らせてあります。
道中どこでどう足止めを食うかはわかりませんし、万が一なんて何もないと思いますが念のためですね。
バウム領に向かったことさえ分かっていれば、あとはそちらの方に連絡すればなんとかしてどうにかなるという大雑把さで申し訳ないですけども!
(自分たちも役に立ってみせますって張り切っていたけど……別に今は何もないのだから、空回らないといいのだけれど)
その辺りはセバスチャンさんがなんとかしてくれますかね。
あの子たちもすっかり一人前だと思いますが、まだまだ可愛らしいところがたくさんあって心配です。
とはいえ、私が口出しするほどのこともないのでしょうけれどね。
この分でしたら、メイナもスカーレットもいずれは私と同じように責任者側に回る日も遠くないのかもしれません。
筆頭侍女とまでは行かずとも、プリメラさまの降嫁の際に進退を問われた後このまま残るようであれば、これまでの実績を元に統括侍女さまでしたら正当なる対応をしてくださるに違いありません。
私は勿論、プリメラさまに付いていきますけど!!
(今のままなら、プリメラさまのご結婚の方が早そうだものね)
いいんですよ、私とアルダールは私たちなりの歩みがあるんですから。
アルダールがどう思っているか知らないし、私だって結婚したいとかそういうことを彼に話したこともありませんし。
現実問題、私自身結婚がしたいのかと問われるとよくわかりませんしね……。
(お義母さまは昔よく結婚は女の幸せなんだって仰っていたけれど)
今はどうお考えなんでしょうか。
ちょっと聞いてみたい気もします。
そのうち帰省するつもりですし、聞いてみようかしら。
「ユリアさま、少々お時間よろしくて?」
「あらスカーレット、メイナも」
「こちらの備品なのですけれど、先ほど確認しましたら消耗が激しくて……追加をしたいのですが、許可をいただけますか?」
「わたしの方も、花器が古くて危なそうなものを見つけたので、下げて新しいものを発注したいと思いまして……あっ、セバスチャンさんにも見ていただいてます! まだ壊れてはいないんですが、小さなヒビがあるんです」
「まあ、そうでしたか。ありがとう、では書類を預かりますね」
午前中だけとはいえ、こうして仕事をするのは本当にやりがいがあります。
特にこの子たちの成長っぷりが、とても嬉しいのですから!
そのうち私の指導なんて必要なくなっちゃうのかなあと思うと寂しくもありますが、頼もしい同僚がいるというのはやはり嬉しいものなのです。
「そういえばユリアさま、今夜からしばらくは、夜になるととても冷えるそうですので外套は少し厚めのものをお勧めいたしますわ」
「あら、そうなのですか?」
「そうなんですよ! スカーレットったらわざわざ気象博士のところにまで聞きに……」
「ちょ、ちょっとメイナは黙ってらっしゃい! そもそも貴女だってバウム領までの道のりにあるカップル向けスポットをメモしてお渡しするんじゃなかったのかしら!?」
「スカーレット! まだ完成してないんだから、それ秘密だってば!!」
書類にサインをして返したところで二人がそんなことを言い出すから思わず目を丸くしてしまいましたよ!
私のことを思っての行動なのでしょうが、全くこの子たちは……成長したなあなんて感動したばかりなんですが、これは一応注意しておくべきでしょうね。
「こら、二人とも。今は勤務時間中です、王女宮の侍女としてもう少しお淑やかに振る舞うように。貴女たちの振るまいがそのまま王女宮の評価に繋がると自覚してもらわないと困ります」
「……申し訳ございませんでした。では、書類を出して参ります。……外套の件、お忘れなきよう!」
「あっ、スカーレット待ってよ! ユリアさま、後でメモを清書したらお渡ししますね!!」
パタパタと出て行く二人と入れ違いにセバスチャンさんが現れて、彼女たちの姿に小さく笑っておられます。
「相変わらずあの子たちは元気ですなあ」
「もう少し落ち着いてもらいたいものなんですけどねえ……」
「それでも、十二分に侍女としての務めは果たしておりますからな」
「ええ、それは勿論」
セバスチャンさんとしても指導しているあの二人の成長を好ましく思っているのでしょう、あの子たちのことを話す時はとても優しい表情をしておられます。
かつて〝影〟であったということもあり、その表情だってもしかしたら作り物かもしれない……という可能性は否めませんが、私はセバスチャンさんを信じているので無問題なのです。
「ところで、セバスチャンさんは何か用事が?」
「ええ、まあ。二点ほど」
「まあ、なんでしょうか」
私の言葉にセバスチャンさんはにっこりと笑いました。
そして胸元から取り出した、封筒が一つ。
「まずはこちらを。先ほど公爵夫人より届きましてな、王女殿下の誕生会前に一度ご相談なさりたいとのことで……お返事はこの休日の小旅行から戻ってからで良いとのことでした」
「まあ。ありがとうございます」
ビアンカさまからのお手紙!
そうかあ、もう春ですものね。
今年もプリメラさまの生誕祭は盛大に行われるのでしょうが、ビアンカさまは毎年盛大に祝ってくださいますからね……今年も趣向を凝らしたいのでしょう。
もしかして今度も秘密のお出かけ計画を練っておられるのかもしれません。
私も勿論協力を惜しみませんよ!!
「それと、もう一つ」
セバスチャンさんは穏やかな笑みを絶やすことなく、私をじっと見つめています。
なんだか先ほどまでと何か違うのかと小首を傾げたところで、セバスチャンさんは口を開きました。
「先ほど、使いの者が参りまして」
「あら、どちらから?」
今日は面会の予定はなかったはずですし、出入りの業者はセバスチャンさんにお任せとなっているので何事かあったのでしょうか。
思わず身構えた私に、セバスチャンさんは変わらぬ様子で言葉を続けます。
「大将軍、バウム伯爵さまが王女宮筆頭さまにお話があるそうで、お時間をいただきたいと」
「……え?」
「できれば、今日の夕方までに時間をいただきたいとのことでした。職務上抜けることが出来ないため、軍部棟にある執務室にてお待ちしているそうですぞ」
「ええ……!?」
これははっきり言って予想外のお呼び出しではありませんか!
バウム伯爵さま、アルダールのお父さまがなんだって私を呼び出すのでしょうか。
驚く私に、セバスチャンさんは小さくため息を吐きました。
どうやらこの呼び出しについて、セバスチャンさんも思うところがあるのかもしれません。
「もしなんでしたら、私の方から断りを入れておきましょうかな? なに、文句など言わせませんぞ」
「え、いえ、なにをなさるおつもりですか。大丈夫ですよ」
なにも交際を反対されているわけじゃないし、旅行について文句を言ってくるとかそんな狭量な伯爵さまでもないでしょう。
私はセバスチャンさんに安心してもらえるよう笑顔を浮かべてみせました。
「……これより伺いますと、人をやっていただけますか」
正直!
めっちゃビビってますけどね!!




