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王宮から抜けて、軍部棟へと続く廊下。
当然、こちらに用がある人間は軍部の関係者か、そちらに書類を運ぶ文官たち。
王宮側の侍女である私がそこを歩いていることに、不思議そうな顔をして見てくる人もいます。
私がこれから向かうのは大将軍専用の執務室。
軍部棟と呼ばれるこの建物ですが、正確には『軍務省内部』の部署の一つという形ですね。
前線を想定して、大将軍の執務室はこちらにあるのです。
大雑把に言うと〝軍務省〟の中で、軍の会計や人事、計画を練る文官系の部署と現場を担当する騎士や兵士で構成される部署があるわけです。
更に詳しく言うとその中で更に部局という形で細分化されているんですが……まあその辺は私も名称くらいしか知りません。
王弟殿下が軍務省の長官というかたちなので、王城内と軍部棟と二つに執務室をお持ちです。
そして副長官という形で、大将軍であるバウム伯爵さまがいらっしゃる、と。
(……改めて呼び出されるとか、本当になんの話なのかしら……)
厳格で厳しい方という話は伺っておりますが、同時に家族に対しては愛情深い方だということも理解しています。
ただ、相当不器用な方でその対応がちょっと人とずれているようだな……とも思いますが。
だからといって私が呼び出される理由なんて……一つしかないですよね!
ええ、わかっておりますとも。
アルダールとの今回の小旅行についてですよね!!
(いやうん、今更だけどお付き合いしてご挨拶らしいご挨拶なんてしてなくて、でも反対はされていないっぽいけどさすがに婚約者でもないのに二人きりの小旅行って色々こう、思い返してみたらつっこみどころ満載って感じですもんね!)
私もごくごく自然に受け入れちゃってましたし、周囲も『いってらっしゃい!』くらいのフランクな雰囲気だったしで失念しておりましたが、一般的じゃないね……?
いやいや、周囲の場合は私たちがきっと将来的に夫婦になるんだろうみたいな目もあるからかとは思いますが、それでも……ねえ?
バウム伯爵さまからしたら、可愛い息子が婚約もしていない女と実家に寄るっていうので色々思うところがあるんじゃないかなって思うわけですよ。
……となると、気まずいのは呼び出された私ってわけで……。
(あああああああ、どうしよう!!)
表面上はなんとか取り繕って落ち着いて見せていますが、内心では今すぐ逃げ出したい。
スカート持ち上げて脱兎の如くここから逃げ出したい。
まあ、無理なんですけど。
とはいえ。
そう、とはいえですよ。
バウム伯爵さまだってアルダールと私の交際については反対していないわけです。
少なくともバウム伯爵夫人は私との関係を喜んでくださっておりましたし、愛妻家のバウム伯爵さまでしたら奥さまの考えを尊重して、快く思わなくても表立って反対はなさらないはず。
(……まさかと思うけど、今回の小旅行に仮病を使えとかそんなこと言わないよね……?)
表立って反対出来ないから、裏工作とか……。
いやいや、伯爵さまはそのようなお人ではないと私は信じておりますよ!
そんな風に私が考えを巡らせている間にも、執務室に辿り着いてしまいました……。
私が部屋の前で足を止めたので、扉前で警護についている騎士が声をかけてきます。
「失礼、侍女殿。こちらは大将軍閣下の執務室ですが、何かご用ですか」
「はい。私はユリア・フォン・ファンディッド。王女宮の筆頭侍女でございます。先ほど、バウム伯爵さまにお話があるということで招かれました」
「それは失礼いたしました。ただいま、閣下は来客中でして……すぐに確認をとって参りますので、こちらで少々お待ちください」
「はい」
おや、セバスチャンさんを通じて行くという話はしてあったんだけどな……そう思いましたが、警備の方々もこれが仕事。
きちんと確認をしただけなのでしょうから私としてはお疲れさまですと思うだけですね。
「お待たせいたしました。どうぞ、中へお入りください」
「ありがとうございます」
ほんの少しだけ待たされたかと思うと、私はすぐに通されました。
あれ、お客さまは……と思いましたが、中に入るとバウム伯爵らしき人物の人影と、私に背を向けた状態のお客さまであろう方がいらっしゃいました。
とりあえずまずは淑女の礼をとってご挨拶。これは欠かしてはなりません!
「失礼いたします、ユリア・フォン・ファンディッド、参りました。お呼びと伺いましたが……来客中とのことであれば、また出直しましょうか」
「いや、こちらの御仁はすぐに退出なさるのでお気になさらず。むしろわざわざ足を運んでいただき、申し訳ない次第だ。……その客人だが、貴女にご挨拶をしたいと言ってな」
「え? ……まあ、先生!」
「ほほ、お嬢さんお久しぶりじゃのう」
そうです、そこにおられたのは秋の園遊会の折、私の火傷した頬の治療に携わってくださった老医師だったのです!
「はい、お久しぶりでございます。あの時は、ありがとうございました」
「ほっほっ、仕事ですからのう。元気そうで何よりです。こちらにおいでになるということでしたので、つい我が儘を申し上げてしまいましてな」
「……先生、もうよろしいでしょう。彼女と話があるので、退出願いたい」
「やれやれ、大将軍ともあろう方が忙しない。そのようなことでは先が思いやられますな。……さてお嬢さん、わしはこの軍部棟で医師を務めておりますからな、何かありましたらいつでもご相談に乗りましょうぞ」
「ありがとうございます……?」
えっ、軍部所属のお医者さまにご相談するようなことってあるのかしら……。
通常の医務局じゃだめな内容とかないし、普段はそちらで診ていただいているのだけれど。
(まあ、社交辞令よね)
「それでは失礼いたします」
思いがけぬところで懐かしい顔に会えて、ほっこりいたしました!
退出する老医師が気さくに私に向かって手を振って退出する姿に思わず私も手を振り返してしまいました。
なんでしょう、お針子のおばあちゃんと同じように私をこう……ほっこりさせてくださる方だなあ!
「さて」
「はい!」
そんな思いも束の間、見送ってドアの方を向いていた私の背に、低い声が聞こえて思わず肩を跳ねさせてしまいました。
そうでした、ほっこりしている場合ではありません。
これからが、本題なのです。
「……改めて、こちらから足を運ばねばならぬところを申し訳なかった」
「い、いえ! 大将軍というお役目は大事なものですから、当然のことです」
「感謝する。……そちらのソファに座るといい。今、茶を運ばせよう」
ふっと目を和らげて笑うところは……なんとなく、アルダールに似ているような気がします。
私が改めてそちらに向き直ると、立ち上がったバウム伯爵さまは私にソファに座るよう指示されて少しだけ躊躇ってから座りました。
身分が下である私の方が先に着席するのは失礼なのですが、今回は客として遇していただけるようなので断る方が逆に失礼だと判断したからです。
ただ、私ね! 侍女服のままなんですけどね!!
来客用のお茶を運んできた軍部棟の侍女さん、驚かないかしら。大丈夫かしら。
いやいや、あちらもプロなのだから内心はともかくとしてきっと表面上はなんでもないようにしてくださることでしょう。
「今日ここに来てもらったのは他でもない」
「はい」
「直接、貴女に謝りたいと思っていたからだ」
向かいに腰を下ろしたバウム伯爵さまは、そう言うと私を真っ直ぐに見たのでした。




