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上目づかいで小悪魔的に笑みを浮かべたミュリエッタさんは大層可愛らしくありますが、グッとくるとかそんなこともありませんし。
そうですかとしか私の中では答えようもありません。今更見た目で張り合うって言ったって無理があるのはわかってますしね!
この国での美女の基準、それに私が外れていることはもうどうしようもない事実。
それに対してミュリエッタさんは髪色こそ美女の基準である金色ではありませんが、色白で華奢であるという条件を満たしている彼女はほとんどの人が美少女だと認めるわけです。
だけど、私には私にしかない魅力ってものがあるはずなのです。ええ、あるはずですとも! 見た目では負けてますが、中身では負けてませんよ!!
(……年齢差も考えず張り合ってどうする、私)
表面上なんでもないように受け止めてみましたが、内心荒れずにいられるでしょうか。いえ、私が未熟なだけですね。
大人げないって自覚はありますので、後程反省したいと思います。
でもそれはまだ、できそうにありません。
なぜって?
「ミュリエッタさま」
にこやかなタルボットさんが、いるからですよ!
彼女は名前を呼ばれたその瞬間、ちょっとだけ嫌そうに眉を顰めましたがすぐに私の方へと視線を戻してにこりと微笑んで、くるりと背を向けました。
そしてミュリエッタさんと入れ替わるように、タルボットさんが私の前に歩み寄り深々とお辞儀をしました。
ゆっくりとした動作で頭を上げた彼は私に笑顔を向けていますが、目が全く笑ってませんからね!
「やつがれめらはそろそろお暇いたしませんと、王女宮筆頭さまのご迷惑となりましょうな。また後程、改めてご挨拶と御礼を申し上げるためにお時間をいただくやもしれませんがその際はどうぞよしなに」
「……お礼を言われるようなことは、記憶にございませんが」
「これはこれは、以前の行き違いが原因でありましょうが……なに、本当にこちらとしては感謝しているのです」
「……」
タルボット商会は、前回お父さまの借金問題で金融系から撤退を余儀なくされたはずなので、そんなつもりはなかったけど原因となった私に対して良い感情は抱いていないと思っています。実際この笑っていない目は私を探るようで決して良い気分ではありません。
まあ、私も相手の真意を探ろうと表面上は静かにしているんですから同じようなものか……? いやいや私はこんなタヌキじゃないし!?
「取引先の都合でこちらが被害を受けた分、色々と便宜を図っていただけたこともありましてな。結果として良いことも多かったのでございますよ」
にっこりと言葉を濁しながら私に対してお礼を述べるタルボットさんを見て、ミュリエッタさんが少し驚いたような顔をしました。なんででしょうか?
その辺りはちょっとわかりませんが、なるほどなるほど。
シャグランの宝石に対する利権を求めていた分、タルボット商会はあちらからの要求にある程度応えないわけにはいかず、その力関係は決して彼が望むものではなかったと。
そこにあの問題で余計な被害を食らったとして、宝石関係での発言権か何かを勝ち取ったのでしょうね。
さすが商人、転んでもただでは起きない!
でもそれを私のおかげみたいな発言をしないでいただきたいです!!
「……さようですか」
私としてはそんな風に言いたいところですが、勿論そんなわけにもいきませんし知らぬ存ぜぬもおかしな話。言葉を濁す相手に対し、ただ受け流すような返答に留めました。
そんな態度の理由まで理解しているのでしょうに、タルボットさんは私を見たまま言葉を続けます。誰かに聞かれても困らないどころか、王女宮筆頭である私を顧客にしていると見せつけるつもりなのか……或いは他に理由があるのか。
ちょっとまだわかりませんね。
決して警戒を緩めてはいけない相手ということで心にばっちりメモをいたしました。
けれども私が警戒していることなんて、相手だって百も承知なのでしょう。
「それ故本日こうしてお目にかかれたことは誠にこちらにとって喜ばしいことでございましてな。改めてご挨拶に伺わねばと思っておりましたが行き違い故にお会いいただけないのではと案じておったのです」
「それはそれは、ご丁寧に」
「今後は是非、宝飾品などをお求めの際は当商会をご利用いただければと思います。王女宮筆頭さまであればいつなりと歓迎させていただきますので」
「ありがとうございます」
いやいや、利用なんかしたら宝飾品を安く買えてもほかのものが高くつきそうですからね。行くことはないと思います。
恐らくタルボットさんも一応誘いの口上を述べただけで、私が顧客になるなんて思っちゃいないのでしょう。
「それでは、またいずれ」
私が会話を切り上げる言葉を発すれば、タルボットさんがまた深々と頭を下げました。
周囲には『王女宮筆頭に対してタルボット商会はお近づきになりたがっている』とかなんとかまた言われるんでしょうね……まあ言わせておけばよいでしょう。
私は疑われる前にきちんと報告するだけですから。
「ミュリエッタさんも、これから大変なことも多いでしょうが行く先が多くの幸いでありますように」
「ありがとうございます!」
「それでは失礼いたします」
無邪気に笑うミュリエッタさんと、不敵に笑うタルボットさん。
どっちもどっちで厄介な感じがプンプンしましたが、一体全体どうなることやら……でも、ミュリエッタさんの夢見がちなところも治癒師として働き始めれば現実を感じざるを得ないかもしれませんよね。
冒険者としてはなんだかんだやはり保護者が一緒だったこともあって、守られていた面もあるでしょうが、これからはそうはいかないのですから。
「……ユリアさま、お疲れさまでした」
「ありがとう、レジーナさん。予定よりも随分と時間を食ってしまいましたね、急いで王女宮に戻るといたしましょう」
労わりの言葉をくれるレジーナさんに、心の底からお礼を言って私は歩き始めました。セバスチャンさんは怒ってはいないでしょうが、心配していることでしょう。
メイナもきっとやきもきしているんじゃないでしょうか?
それでもってメイナから話を聞いたスカーレットも一緒になってやきもきしているに違いありません。
そう考えると、今さっきまでのやりとりでずぅんと重くなって痛み始めていた胃がちょっと楽になった気がします!
(……でも、この後に王弟殿下のところに報告をと思うとやっぱり気が滅入る……!)
他にもエイリップ・カリアンさま関連でちょっと注目を浴びてしまった件を釈明を兼ねて統括侍女さまにも報告が必要でしょうし、あちらの警備隊長さんもまた改めてご挨拶って言われてましたしね。
やることは山積みなのか、そうなのか……。
できたらそういうんじゃない、プリメラさまのドレスを選ぶとか旅行日程を考えるとかそういう仕事が山積みっていう方がいいんだけどなあ!
王女宮に戻る道は、今度は誰にも止められずに静かで平和なものでした。
人がいなくなってようやくほっと息を吐き出した私を、レジーナさんが心配そうに見ていましたが、これは安堵のため息なので安心していただきたい。
執務室前でレジーナさんとは別れた所で一度緊急の書類がないか机の上を確認していると、ノックの音がして私が返事をするよりも前にドアが開きました。
そしてそこから顔を覗かせた人物の顔を見て、私の眉間に皺が寄った気がします。
「やだなあ、そんな険しい顔をなさらないでくださいよ」
にっこり。
そんな音が付いていそうな笑みを顔に張り付けたニコラスさんだったんですから、それこそ仕方ないとしか言いようがないと思うんですよね!




