304 あたしはヒロインなのだから。
久しぶりのミュリエッタさん視点です。
(あたしは、何かを間違えた。それは、確かだ)
それがなにかが、わからなかったけど。
どこで間違えたのか、それを挽回するにはどうしたら良いのか。
皆目見当がつかなかった。
ゲームと同じ環境、同じ能力。
けれどそれは決して『ゲームと同じではない』という現実。
それらを全部ひっくるめて、上手いことやってきたつもりだったし、今まではそれでやってこれた。
自分が思い描いたとおりのシナリオ……とまではさすがに言わないけれど、それなりに満足いく結果を残せていたはずだった。
お父さんを早いうちからランクの高い冒険者にして、生活水準を向上させたり。
エーレンの闇堕ちを防いだり。
自分自身の能力を磨くことと同時に、お父さんの仲間でもある冒険者たちと人脈を作ったり……朗らかで無邪気なオンナノコを演じてもきて、自分の可愛さを最大限に活かせるよう美容にだって気を付けてきたつもりだ。
(……失敗は、取り戻せる。まだ大丈夫、だって現実だけどゲーム設定は生きている、それならゲーム時間軸に入った今、ヒロインであるあたしにとって有利な時期のはずなんだから)
ゲームがすべてじゃない。
そのくらい、わかってる。わかってる。わかってる。
だからこそあたしは、『みんなを幸せに』できるはずだと思ったんだもの!
上手くやれば良いはずなのに、焦ったのがきっと良くなかった。それが原因だと思う。
アルダールさまは自由を求めている、そうゲームと同じように。
そう考えたのがそもそも間違いだったんだろう。あたしが違う行動をとったように、小さな違いが最終的に大きな変化になるのは予想できた話だ。
なら、方向を変えれば良いんだ。
あたしはモノを知らない小娘だった。貴族教育を受けて反省をした、騎士としての彼を尊重する。
そういうスタンスに切り替えればまだチャンスはあるはずなのだ。
(そのためには)
使いたくなかったけれど、治癒魔法を大々的に宣伝するしかない。
そのために、あたしはタルボット商会にも良い顔をしているんだから。
アルダールさまに実母の件を入れ知恵するのは、タルボットの手の者だと知っている。
そうゲームで出てたもの。
あの【ゲーム】でアルダールさまルートに入ると、親密度が上がる英雄の娘との関係でバウム家がより繁栄する未来を恐れた政敵が、なんとかして陥れようとするのよね。
そこでその政敵と癒着しているタルボット商会が、バウム家を乱すために突っつきやすい要素を持つアルダールさま本人を傷つけるのだ。
でもあたしがそれに寄り添うことによって彼は道を誤らず、バウム家は彼を縛り付けていたとアルダールさまを自由にしてハッピーエンド、なわけだけど……。
(そもそもこのストーリー自体が、今変わっている可能性を考えなくちゃいけなかった)
ゲームと同じように、アルダールさまの弟のディーン君は王女さまと婚約している。
けど相思相愛だっていうし、王女のプリメラは肉まんじゅうなんかじゃなくてすっごく可愛くて、そもそもそこが違っていた。
(……そうよ、そこから気づくべきだったの)
色々失敗してしまったから、あたしの好感度は今、最低なんだろうと思う。
そう考えると胸が痛い。だってあたしは、アルダールさまが大好きだもの。
だけど、この治癒能力を使って聖女が如く振舞えば世間の目があたしに味方する。
タルボットさんの目論見がどこにあるかわからないし、バウム家の政敵と癒着しているストーリーが違っているかもしれないなら、味方の可能性もある。
だからあたしはただ感謝する。
『親切にしてくださってありがとう!』
主人公らしく、純真で人を疑うなんてしない。
ミュリエッタが悪いことなんてするはずない、そう周囲には思ってもらわなければ。
もうなにが正しいのかわからない。
でもこれが、『現実』なんだ。
だから、失敗しない方法を選ぶのだ。
治癒師となって、今までの無知を詫びて真摯な態度をとる。
これが窮屈で面倒だって思うけど、まずはあたしの味方を増やさなければいけないから仕方ない。
あたしみたいな美少女に、心底すまなそうに謝罪されれば誰だって心が揺らぐはずだ。
治癒師にどうしてもならないとあたしの未来が閉ざされる。
国のルールに則って、治癒の仕事をしながら勉強にいそしんで、男爵令嬢としてお茶会とかで交流を広めて、多くの味方を作ったなら。
あたしを素晴らしいと褒めてくれる人が増えたなら。
そうしたら、あたしがアルダールさまに想いを寄せているって知った人が、応援してくれるでしょう?
騎士であるあの方を支える聖女が如き愛らしい治癒師!
うん、なんかこれも悪くないじゃない。
(貴族社会が待っていると思うと、窮屈だけどね……)
それでも、一度足を踏み入れることになった貴族社会からは簡単には逃げられないっていうことをタルボットさんが教えてくれた。
もっと簡単に、そう、お父さんが貴族なだけであたしは違うからもっとなんとかできると思ったけど、そうじゃないって。現実は、なんて辛いんだろう!!
でも逆に考えれば、アルダールさまが今の生活をそのままで過ごしたいならば、あたしがそれに見合った女性になった時、価値があるのはあたしなのだと思ったなら……それは幸せにつながるはずだ。
「治癒師になって、多くの人の役に立ちたいと思って。でも勝手をしてしまったから、叱られてどうして良いのかもわからなくなってしまったんです」
あたしがしょげかえった風に言えば、目の前の人は目を瞬かせる。
でも嘘は言っていない。どうして良いかわからなかった。
治癒師になれば将来が少なくとも、今よりはマシになる。
みんなを幸せにしたいと思っているのも、真実だけど。
あたしだって、幸せになりたい。
あたしが幸せになるために、みんなにも幸せになってほしい。
そんなあたしの考えなんて知らないだろうに、目の前の人は表情を変えずにタルボットさんの話を聞いて、「そのようですね」なんて答えている。でも、なんだか、ちょっとほっとしているっていうか……小さな子を見守る人みたいな、そんな眼差しがある気がして、後ろめたかった。
(あたしが、アルダールさまと結ばれたら……この人は、やっぱりちょっと不幸よね)
変な人にも絡まれていたし、地味な仕事をして過ごしているこの人からあんな華やかな恋人を奪ってしまったら悲嘆に暮れてとんでもないことにならないかしら。
……いつかの未来の、その償い代わりに、王城でユリアさまを見掛けたら親切にしようと決める。
治癒魔法だって、ルールの範囲内で優先してあげたっていい。
(だってあたしは、ヒロインだものね)
魔王とか聖女とかはない世界だけど、だからこそ聖女みたいに優しく振舞うのに責任はそこまで伴わないはず。お仕事でルールを守る中で、笑顔を振りまくだけだもの!
勿論勉強だって頑張るし、アルダールさまにこっちからモーションをかけるのも控えるつもり。
そうしたら、きっと見直してくれるもの。
見直してくれたら後は周りからあたしを推薦してもらえばいいの。
聖女みたいに優しい英雄の娘にして治癒師と、将来を嘱望される近衛騎士の恋物語。ああ、なんて素敵なんだろう!
その為に傷つく人が出るかもしれないのは、不幸な出来事だけど。
でも、誰も悪者にしない方法を選んだとしても、きっと誰かは傷つくもの。
だからそれを必要最低限にする為に、今は……今はまだ、あたしはこれからなんだって。
その気持ちと、ちょっとだけ申し訳なくて頑張って見せるから許してねっていう気持ちを込めて、宣言する。
「わたし、ユリアさまに言われたことを色々考えたんです。独り善がりだったなって今は反省しているので、これからのあたしを見てもらえるように頑張ります! 負けません!!」
逆境になんて負けない。
だって、あたしはヒロインなのだから。




