303
「疑問を持たれるのももっともですな、もしよろしければやつがれめから説明をさせていただきますが……」
ミュリエッタさんに窺うようにしながら、その実、彼の視線は私を捉えていました。
要するに『彼女の手綱を握っているのは、自分である』そう示している……とは言い過ぎかもしれませんがそれに似た何かを感じさせます。
実際、何かを言いかけているミュリエッタさんを黙らせてしまいましたからね。
彼女に喋られては困る……とかそういう感じではありませんが、余計なことを言わないようにしている、そういう風に見受けられました。
(ミュリエッタさん、その人かなり危険そうだけど大丈夫なの!?)
まあ、以前あのような騒ぎを起こした人物であるのでこれ以上なにかあって目をつけられては商会としても困るでしょうから、ミュリエッタさんを巻き込んでとんでもない騒動を起こすとかは考えられません。
その辺りは安心しても……いや、安心できませんね!!
これは後程、王弟殿下にご報告すべき案件な気がしてきました。
ちらりと視線を向ければ、レジーナさんが小さく頷いてくれたのできっと伝わっていると信じています。
「ミュリエッタさまは幼い頃から魔力が多く、しかも治癒魔法を自然と覚えておられたそうでしてね。ただこの国では治癒魔法の使い手は貴重でしたからウィナー男爵さまは幼いミュリエッタさまをかどわかそうとする不埒な輩が現れても困ると定住をせず、能力を隠すよう言い聞かせて放浪の旅をなさっていたのです」
「……」
いやいや、脚色入ってますよね。
私の社交界デビューの話並みに脚色されている気がします。
憶測ですが、ミュリエッタさんが前世の記憶持ちであることから自身の能力をどう上げて行けば良いのか、それを知っていたはずです。
だからこそあの巨大モンスター襲来の時に、本来その時はただの無力な『英雄の娘』であったはずの彼女が冒険者になっていたのですから!
そしてウィナー男爵も、冒険者として定住していなかっただけでそんな思惑が……いやでも娘が可愛いならばそのように思うのも仕方ない?
でも普通に考えたら、治癒魔法の使い手としての彼女を大事にしたいならどこかに定住して勉強させたり保護してもらえる環境に持っていくような気がします。
そういう点で、ウィナー男爵がどこかで定職に就くよりも冒険者でいてもらわなければストーリーが始まらなかったのだから、冒険者として放浪の旅をしていたというのはミュリエッタさんが絡んでいるような気がして……っていうのは考えすぎですかね?
(でも、まあ)
彼女が自分から、治癒魔法をきちんと法の下で使ってくれるというならば。
それは、とても良いことのように思います。
だってゲーム設定でのヒロインの治癒魔法は最強クラスとも呼べるものだってなってましたからね! 魔力量も豊富ならば、きっと多くの人の助けになってくれるでしょうし……今までの破天荒な振る舞いも目を瞑ってもらえるかもしれません。
(やっぱり、ね。見知った子が、あんまりよくない方向に進むのは、気が引けるしね……)
アルダールとの関係に口を挟んできたり、アプローチをされたり、彼が自分の意志で騎士をしていることを否定したりとかそういう部分はやっぱりちょっと受け入れがたいタイプの人間ではなかろうかと思うんですが。
同時に私としては、まだミュリエッタさんが未熟な子供に見えることがしばしばあるのです。
そういう点で、どうしても嫌いになれないっていうか、放っておけないっていうか……積極的に関わるべきではないと頭で理解していても、彼女が悪い方向に進んだらっていう良心の呵責的ななにかっていうか。
でも彼女が治癒師を目指してちゃんとするっていうなら、そういう勝手な罪悪感を感じなくて済むようになるんじゃないかなって!
私もずるい大人ですね……!!
「しかし心優しいミュリエッタさまは、常々それを疑問に思われておられたそうで……先日街中での事故の際、怪我人を放っておけずに咄嗟に治癒魔法を使用なされたのです」
「その件は耳にしております」
「さようでしたか。……その治癒していただいた者は、我が商会の人間でして。それを縁としてこうしてウィナー男爵家と懇意にさせていただいておるのです」
「……そうだったのですね」
なんだろう、話の筋道は繋がっているけれど。
それを胡散臭いって思ってしまうのはどうしてでしょうかね……私がタルボットさんに良い印象を持っていないせいでしょうか。
「ご自身の力を人々のために使いたい、それを自由にしてはならないことがミュリエッタさまにはどうにも納得できておられなかったようですが……」
タルボットさんがミュリエッタさんの方へと視線を向ける。
そうすると彼女はやる気に満ちた顔で大きく頷いて私に向けて輝くような笑顔を見せました。
「今やウィナー男爵家は人気も地位も得ておられますし、必要以上に不安を覚える必要もないだろうと男爵さまも治癒師として登録する傍ら学園で学び、躍進できたらご息女のためになるとお考えになったのです」
「あたし、今まで治癒魔法を大っぴらに使うんじゃないって言われていて……それがどういう理由で、どうしてそうなのか……っていうのがお父さん、じゃなかったお父さまの説明じゃよくわからなかったんです。でもタルボットさんのおかげで、どれだけそれが大事なのか理解できたんです!!」
「そ、そうですか」
いやいや、すべての責任をウィナー男爵に押し付けるのもどうかと思うよ?
ミュリエッタさんももう良い年齢なのだし……ってもしかして一般の人たちは治癒師のルールに関してあんまり知らないとか?
私たち貴族は統治側の人間として、保護するべき対象とその理由について学ぶけれど……いやでも知らなかったらもっと問題になっているはずだし。
これも後で少し確認した方が良いような気がします、その辺すべて王弟殿下に伝えればきっと良いように取り計らってくださることでしょう。
「治癒師になって、多くの人の役に立ちたいと思って。でも勝手をしてしまったから、叱られてどうして良いのかもわからなくなってしまったんです。そうしたらタルボットさんが知り合いの治癒師の方に相談してくださるって仰ってくださって!」
「いやはや、うちの従業員を助けてくださったお礼をしたかっただけなのですが」
にこにこ笑うミュリエッタさんの横で、あくまで表面上困ったように笑みを浮かべたタルボットさんが私を見て笑みを深めました。
その笑顔はただ嬉しそうな笑みにしか見えないのにどこか気持ち悪くて、背筋がぞっとしましたが……勿論顔になんて出しません。私も微笑み返しましたとも!
「お礼のつもりでこうしてここにやってきて、王女宮筆頭さまにお会いできたのですからこれはやつがれの方におつりが出る程の僥倖でございましたな」
「あたしもここから頑張ります! 今までご迷惑をお掛けした分、認めてもらえるよう努力しなくっちゃ」
そう笑うミュリエッタさんが、私に歩み寄って手を伸ばしました。
咄嗟にレジーナさんがそれを咎めようとしましたが、私がそれを視線で止めました。
そんな私たちのやり取りに気が付いているのかいないのか、無邪気な笑顔のままのミュリエッタさんが私の手を取ってぎゅっと握ってきたのです。
「あたし、ユリアさまに言われたことを色々考えたんです。独り善がりだったなって今は反省しているので、これからのあたしを見てもらえるように頑張ります! 負けません!!」
「……そうですか」
ひく、と顔が引き攣りそうになりましたがここもぐっと堪えました。
ええ、主語がなかったので無邪気に彼女が『頑張ります』と私に言っているように聞こえますがその実はアルダールのことをあきらめず、治癒師として頑張って騎士である彼の横に立ってみせますよ……という宣戦布告ですね、これ!
でも、まあ。
予知能力が、未来はそうなるべきだ、そういったことを言うよりは、ずっとましなのでしょう。
だからって、横恋慕されたいわけじゃないけどね。
でも、それならそれで負けませんから!




