第10章 白い道(4)
朝食は重湯だった。
きれいに、おいしくたいらげた。
婦長が見廻りにきて、
「星野さん、どう?」
にこやかに笑う。
「ありがとうございます。もう身体はだいじょうぶです」
ヒロは答える。
「がんばれ、なんて言わないからね。あなたはもうじゅうぶんがんばりつづけたのだから」
婦長はずっと微笑んでいる。
「しばらく、休むこと。それがだいじ。1週間は入院することをすすめたいけれど、どう?」
「1週間……」
長いような、短いような、ヒロはその時間の感覚がうまくつかめない。なにげなく病室の壁のカレンダーを見て、
「婦長さん、きょうは何日ですか」
と聞いた。
「12月29日よ。あとみっつ寝るとお正月」
婦長はふしをつけて歌うように答える。
「あ」
「どうしたの星野さん」
「約束したんです、両親を連れてロスへ行くって」
「ロスへ? いつ?」
「12月30日」
「明日じゃないの」
そうだったのだ、もうチケットの手配もすべて済んでいた。両親はキャンセルしてしまっただろうか。
父親が病気から復帰して以来、ヒロは毎年欠かさず両親を旅行に連れていった。とりわけ今度の正月は初の海外旅行だった。
「あたし、約束破りたくない。婦長さん、退院させてください」
「おやまあ、すごいこと」
婦長は即答をせずに去っていった。
そして、無謀な申し出のように見えたヒロの退院だったが、結果として数時間後に決定したのだ。
婦長が医師と相談し、そしてヒロの両親に告げたのはこんな内容だった。
若いから体力の著しい衰弱はない。海外旅行ができない状態ではない。問題は精神の状態だ。
自殺未遂で生還した患者に多く見られる傾向は、生還して情緒不安定なまま、すぐにまた決行するというもの。
それを防ぐに、気分転換、気晴らしは有益な方法だ。一人旅は厳禁だが、両親がいっしょならだいじょうぶだろう。どうか、くれぐれも目を離さないようになさってください。
予定どおり、ロス行きが決行されることになったのだ。
暮れのどんづまりに、数日前、睡眠薬の多飲で生死の境をさまよった娘とその両親は機上の人となる。
両親は娘の精神状態を推し測れずにいて、緊張した面持ちだったが、三途の川から帰ってきた娘のほうは、じつにさわやかだった。
家族の絆。
――ことばにしてしまうと、とても月並みだけれど……
ヒロは、ベッドの上でずっと考えていたことをあらためて機上で考えていた。
その絆こそ、人が生きていく上での、根であり幹なのだ、それは。
成田から離陸して、1時間もたたないのに、もう大地は雲の下に隠れて見えなかった。




