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宮本くんの秘密 

 火星を地球化する「テラフォーミング」という計画がある。なぜ、こんな計画があるのかというと、太陽系の中で火星が最も地球に近い環境にあるためだ。火星には海はないが、大きな運河があり、かつては、水が豊富にあったらしい。

「俺もじいさんもひいじいさんも、地球生まれの地球育ちだしあんまり歴史に詳しくはないんだけどさ」

 近所のファミレスでコーヒーを飲みながら、宮本くんはそんなところから切りだした。

「ようするに、かつて火星人が住んでいた火星はどんどん大気が薄れて、氷結して、人の住める土地じゃなくなったから、『地球の火星化』を計画して、移住をしたんだよ。

 それが紀元前三五〇〇年前くらい? ほら。世界史で習う四大文明ってメソポタミアもエジプトも黄河もインダスも、運河の近くで形成されただろう? あれは火星の運河文化を継承しているんだって」

「……。そう」

 これが宮本くんじゃなかったら「頭のおかしい人」と思って相手にしなかっただろうに。

 地球のことはイタリア語で「テラ」。火星のことは「マルテ」という。

 ならば、宮本くんの言っていることは「マルテフォーミング」とでもいうんだろうか。

 いま、地球人が火星への移住を考えているのと、まったく同じ発想で火星人はとっくに地球に移住していた、とそういう話のようだ。

「で、最初は王朝つくってみたり、地球人を支配したり、好き勝手やってたみたいなんだけど、宇宙にもやっぱり国連みたいな、大銀河宇宙憲章に合意した大銀河連盟っていうのがあってさ。

そこから『その星の固有種の自然的繁栄を無視した他星征服は、平和と秩序をつかさどる憲章に違反する』ってことで勧告をうけて、

……まあそれでももう、火星は住めるような状況じゃなかったかから『地球人の尊厳を尊重し、決して支配したり、滅ぼしたり、権力に近づいたり、もろもろ迷惑かけたりしません』って誓約書を書いて、火星人は自分の星を捨てて、地球に住むことを許してもらったんだって――ついてきてる?」

「……お腹減ったから、続きはご飯食べながらでもいいですか」

「どうぞ」

 そんな話を突然信じろと言われても、絶対無理がある。

 ファミレスのテーブルには、わかりやすく説明するためのパンフレットが広げられていた。まるで保険に加入するみたい。分かりやすさを重視したつくり、きっちり既製品だから、このことを説明するために組織的にしっかりとした取り組みがあるんだろうというのは、わかる。

「乾さんは古典が好きなんだっけ?」

「え、うん」

 そんなこと、誰からきいたんだろう。

 満川先輩かしら。

「ほら。かぐや姫。竹取物語のお姫様も火星人だったんだよ」

「……月の住人じゃないんだ」

「うん。その『地球人に迷惑かけません』『権力にちかづきません』っていう誓約に違反したから、宇宙警察に連行されたっていうはなし」

「そ、そうなんだ」

 そうこうしている間に、料理がやってきて、しばらくそれに集中する。パスタを食べてるわたしの眼の前で、ハンバーグセットの大盛りをぺろりと食べた宮本くんは、食べながらでいいから聞いてとまたわけのわからない話をしていた。

 火星人移住のための誓約というのは、かなり厳しくて万が一自分の正体がばれた場合は、三週間以内に正体がばれた相手全員に


「1  宇宙人だという説明をきちんとうけました。

 2  実際には迷惑をかけられていません

 3  地球の混乱をさけるためこの事実は誰にも話しません   」

 という同意書にサインが必要だという。

「宇宙人サポートセンターは、困ったことに相談に乗ってくれたり、種の特性に合わせた就労支援してくれたりするんだ。

 で、俺もこないだ血を見られた、ってことを相談にいったんだよ。したら、『地球人にばれた』ってことを、センターから大宇宙連合に通報されちゃったんだ。で、俺も地球を追放されたくないから、一刻もはやく話をしようと……」

「そうだったんだ」

「石垣さんも満川先輩も、駅員のお兄さんもみんな親戚で」

「へ? そうなの」

 火星人の寿命は、火星の年で八〇年なんだそうだ。火星の一年は六八七日。乱暴にいうと地球人の約二倍生きることになる。寿命が長いと親戚も増えるし、生きづらい社会の中で生きているので、結束も強いらしい。

 つまり、わたしがここ数日ずっと翻弄されていたのは、親戚のこどもを追放から守るという、そういうこと流れだったのか。

 宮本くんは、ハンバーグの食べていた皿をすっとどけて、立ち上がった。そして、体を直角に曲げて、「本当に申し訳ございませんでした!」と謝ってくれた。

 不用意にそんなことをされて、フォークを持ったままのわたしは慌てた。

 顔をあげた宮本くんにたいして、わたしも頭を下げた。

「わたしこそ、ちゃんと話を聞かないでごめんなさい!」

 しばらく「俺が」「いやわたしが」と繰り返していたのだけど、やがて人目を思いだして座り直す。

 少し冷めてしまったパスタをまた食べながら、わたしは宮本くんに聞いてみる。

「わたしが古典が好きだっていうの、知ってたの?」

「ん。それは前から知ってたよ」

 前から。いつからだろう。

 すこしこそばゆい気がした。

 パスタを食べ終わって、店員さんがお皿を下げに来た。

 テーブルの水滴をハンカチで拭いてから、宮本くんやみんなが必死になっていた同意書にサインする。

「約束するよ。宮本くん。絶対に宮本くんのことはしゃべらない」

「ありがとう。乾さん」

 本当にほっとしたように、顔をくしゃっとゆがめて宮本くんは笑った。

 こんな顔をするんだ、とびっくりする。

「もう、乾さんに迷惑をかけること、絶対ないようにします」

「……うん」

 あれ、なんだろう少しさみしいような。

 わたしは自分の気持ちの変化に戸惑っていた。

 たった一枚の書類。

 でも、すごく大事な書類。

 宮本くんは、わたしを誘拐するわけでも、解剖するわけでも、口封じするわけでもなく。

 この書類がほしくてほしくて、仕方なかった。

 それはそれで、いいはずなのに。

(なーんだ、それだけか)

 なんて気分になってしまう。

「……。ねえ、乾さん」

 そんな複雑な想いに駆られたわたしの顔をじっとみていた宮本くんは、ひとつ深呼吸してからわたしに話かけてきた。

「なに?」

 何かに期待しながら、わたしは顔を上げる。

 宮本くんの顔は緊張していて、……わたしと同じように、何かに期待しているような。どきどきしているような、そんな顔だ。

「大宇宙連合は、もし秘密がばれた場合にはさ。そしてその秘密を共有してくれる関係性があるのならさ」

「……うん」

「その人と親戚関係になることを推奨してるんだけど

 ――この話、詳しく聞きたい?」

 親戚だっていろいろある。

 養子縁組だってあるし。そもそも寿命が倍ある火星人が地球の文化に入り込むなんて、戸籍操作だって、必要になるだろう。

 そういう話かもしれないけど。

 もしかして、もしかしたら、

 一番手っ取り早く、親戚になることだって推奨しているかもしれない。

「……うん、聞きたい」

 わたしは、勇気をもってそう答えた。

 宮本くんは「はは!」と楽しそうに笑って。

「じゃあ今度、資料持ってくるよ」

 と言ってくれた。

「うん、よろしく」

 そういって、わたしはファミレスのテーブルごしに腕を伸ばした。宮本君の大きな手と握手をする。

「こちらこそ、よろしく」

 わたしは青い血液が流れている暖かい手を握りながら、これから共有していくだろうたくさんの秘密に胸をときめかせていた。




おわり

最後までお読みいただきありがとうございました!

宮本くんの秘密は、友人から「SF」というテーマをもらい、書いたお話です。

とにかく、「宇宙人がでてくればいっか!」と、気軽に書き始めて。

「どうして追いかけてくるんだろう?」

「書類もらうためだったら面白いかも!」と思いつきました。


第一話冒頭の紀貫之の言葉を偶然発見し、テンションがわーっとあがって、一気に書き上げた記憶があります。


個人的に好きなシーンは、お茶を入れている彼女のところに、宮本君が来たところで。

「血が青いのは、気持ち悪いですか」

 って聞いた時、主人公が「そんなことじゃない」ってさらりと言うのですが。

 

 その直後から、宮本君は彼女にため口を聴くようになります。

 特にそういう風に意図して書いたわけじゃないですが。

 その時から、宮本君は彼女のことを恋愛的な意味で意識し始めたのだと思っています。

 

 なので、なんでもないシーンなのですが。

 ここがすごく好きなんです。


 二人のことは気に入っているので、そのうち続編がかけたらなあなんて思っています。


 それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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