20 お勉強しますよ、すればいいんでしょ
武尊の家に着くと、ロベルトさんと、レオナルド君が玄関付近でウロウロしていた。
ロベルトさんが私を見つけ、ホッとした顔をするのがわかった。レオナルド君は遠慮なく抱きついてくる。
「ソラ、ビックリしたよ。ソラが急にいなくなって、武尊が慌てて飛び出していくから、ソラが事故にあったか、悪いやつにつかまったのかと思ったよ」
はい。ちょっと困ったやつにつかまっていました。
出会って間もないのに、血がつながっているという理由だけで、私を心配してくれる。すごいことだと思う。
「白翼種を神様の使いと勘違いしている連中もいるし、迫害しようとするやつもいる。酷いのになると、『天使の羽』を両想いになれるアイテムだと信じこんで、羽を毟りにくる輩までいる。とにかく、いろいろ用心した方がいいよ。そのためにも西ヨーロッパ圏内に移住して、何かあった時は保存委員会に保護してもらうのが一番いいけどね。困ったときは、ええと、 おとーさん にも相談してね」
ロベルトさん、照れ顔で「おとーさん面」していう。
なんだろう。「おとーさん」ちょっと可愛い。
「僕にも相談していいよ」
我が弟、レオナルド君が胸をはっていう。
さらに可愛い。レオナルド君、良い男になりそう。頼りにしてるぞ。
「ありがとう。 それにしても、天使の羽が両想いのアイテムかー。そんなワケないのにねぇ。これだけたくさん羽持っていても彼氏一人できたことないのにさ。好きな男の人と手つないでデートしてみたいなあ」
後半、独り言だったけれど、しっかり聞かれていた。
「え?」
「え?」
「…………」
ロベルトさんとレオナルド君の声がハモり、武尊の気の毒そうな視線が刺さる。
「ちょっと、何よ。何か文句あるわけ?」
「ソラ、僕の子なのに彼氏ができたことがないなんて!!!」
驚愕の表情のロベルトさん、あんまりだよ。
「僕だって彼女……いるよ」
レオナルド君よ、アンタは小学生でしょうが。それは彼女じゃなくて、お友達っていうんだよ!
「空、好きなヤツと手をつないだこともないのか? 初恋もまだとか? それなのに突然、嫁とか見合いとかいわれてびっくりしただろう? なんていうか……本当にいろいろごめん」
武尊よ。概ねその通りだけれど、改めていわれると、いたたまれなくなるよ。
別に彼氏がいたことが無い人なんて、フツーにいるよね? ね?
「ソラ、協力するよ。世界中の白翼種の中からソラにふさわしい男をみつけよう」
「僕も姉上が悪い男に引っかからないよう、見張っていてあげるよ!」
「空は男を見る目がなさそうだし、確かに心配だな。良い伴侶が見つかるよう、微力ながら協力する。」
三人の目には固い決意の色があった。
どうしてそうなるのですか。いや、素敵な彼氏を欲しいとは思いますけどね。
この際だから、お願いするのも手なのか……?
「日本語話せて、日本に住んでくれる人なら……」
いいかも。
「白翼種で日本語が話せる男なんて、ほとんどいないからなあ。保存委員会は白翼種を外に出したがらないんだよ。それに西ヨーロッパ圏内なら、何かあっても保存委員会が保護してくれるけれど、外でちゃうとね」
ロベルトさんはうーん、と唸りながら天井を見る。
「日本に白翼種を連れてくるとなると、保存委員会も煩いし、天狗殿も邪魔するだろうし、他にもいろいろ問題を起しそうな面子がいるしな。」
武尊もうーむ、といいながら地面を見る。
「ソラ! 一緒に英語のお勉強しようよ。英語が嫌いだからって、机の下に隠れるのは恥ずかしいよ?」
痛い所をグサッとレオナルド君はもう。
「うぐ」
「僕が教えてあげるから。ね?」
邪気のない声で、流暢すぎる日本語でレオナルド君が言い、その天使のような慈愛に満ちた笑顔に、頷かざるをえなかった。
そんなわけで、武尊の家にこもって、レオナルド君とロベルトさんを先生に、英語のお勉強中。ロベルトさんはもともと外国語教師をしていただけあって、教えるのも上手だ。
「ソラは空港の中で迷子になった。周りに日本人はいない。乗り換えの飛行機はもうすぐ出るのに、何番ゲートかもわからない。さ、どうやって聞く?」
ひぃぃ、何そのリアルすぎる設定。
「えと、えーと……」
「ホラ、早くしないと飛行機いっちゃうよ。そういうときは……」
ロベルトさんの英語、耳に届いてもなかなか頭に入ってこない。
必死でメモをとりながら、ヒアリング。
「次は、空港で入国審査だよ。入国審査は一人ずつうけるから、まわりに教えてくれる人は誰もいないよ。◆○*+×▽?」
「え? ぱーどん? わつざぱぱすおぶびじっと? はうろんぐすてい? はうう?」
涙目の私に、ロベルトさんは辛抱強く、何度でも教えてくれる。レオナルド君も一緒に発音練習に付き合ってくれる。子供の声の方が聞き取りやすい。
4時間後。
とりあえず、メモを片手に入国審査をパスした私がいた。
このメモさえあれば、入国審査はなんとかなるはず!
……あれ? 私、どうして入国審査なんか受ける気になっているの?
そんな風に、私の外堀はジワジワと埋められていった。
・・・・・・・・・・・
ロベルトさんとレオナルド君は、せっかく日本に来た短い4日間の殆どを私の英語レッスンに費やしてくれた。ソラに会うのが一番の目的だったから、いいんだよ。寺も坊さんもみたし。そういって片目をつぶるロベルトさんは、娘としての贔屓目を差し引いてもかっこいい。最後の日、みんなでちょっとドライブして、ロベルトさんが奥さんに頼まれたという買い物に付き合い、空港までお見送りした。
クリスマス休暇は絶対に一緒にすごす約束をして、2人はイギリスに帰って行った。
不思議だ。
突然家族が増えたというのに、あっという間に馴染んでしまった。
たぶん、あの二人の独特の人懐っこさとか、無邪気さのせいだろうけれど。
武尊と武尊のお父さんは忙しそうだ。
お盆前だし、忙しいのも無理はないかも。
出来る範囲でお家のお手伝いをする。今では、ご飯、お味噌汁だけじゃなくて、おかずも作るのだ。着物や浴衣のたたみ方、しまい方も教えてもらった。
飛ぶ練習もたまにコッソリやるけれど、まわりに天狗殿がいないか、ついキョロキョロしてしまう。羽の出し入れはかなりスムーズに思い通りになるようになった。天狗殿も社会人で忙しいはずだし、そうそう来られないよね。そう思って油断していると、正面突破で現れた。
夜、武尊はまだ仕事から戻らず、武尊のお父さんとお茶を飲んでいたときに、玄関のチャイムが鳴った。
「あいよ、こんな夜に誰かな」
武尊のお父さんがガラッと引き戸を開ける。
「おや、天狗殿のところの子せがれか。空ちゃんに英語を教えに? まあ、入って入って」
ちょっと、まったあ!
その英語教材の訪問販売押し売り、玄関に入れちゃダメだよ!
「わぁぁ、入れちゃダメです」
パタパタ玄関まで走っていき、ブロックしようとするが、時すでに遅し。
玄関で靴を脱ぐ天狗殿がいた。
「空殿、お約束通り、英語を教えにまいりました。これから、週二日、水曜午後7時30分と、土曜午後3時にまいります」
約束通りって、約束してないよ。
でも、英語教えるってことは、私が海外に行っちゃえばいいって思ってるんだよね? 何考えているんだか。
「さ、早速始めましょうか」
さっさと上り込み、さっきまでお茶を飲んでいたちゃぶ台の上に英語教材を広げる天狗殿。
えーと、ソレどこで手に入れたの。
普通向い合せに座るよね。90度の位置には座らないよね。
顔、近いよ。
ちょっと、手取り足取り腰取り教えるつもりかあ!
思わず教材を丸めて、天狗殿の頭を叩いていた。
「ああ、申し訳ありません。教育に熱が入るあまりつい……。しかし空殿の英語力、このままでは海外転勤になったときに困りますよ」
「はあ? 海外転勤?」
「はい。うちの会社は海外でも手広く商っておりまして。海外勤務もよくあります。単身赴任はちょっと寂しいので、空殿にも一緒についてきてもらいたいのです」
ポッと顔を赤らめていう天狗殿に、何をどうつっこめばいいのか、開いた口がふさがらなかった。