12 あそぼお化け
小姑・武尊と頑張って同居している。
武尊はアメとムチの使い分けが上手いというか、つい、お手伝い頑張っちゃうんだよね。
今日は、ご飯と汁物の準備が私の仕事。
空さん、あなたどういう躾を受けてこられたのかしら?
なあに、このお味噌汁。
こんな辛い味噌汁を作って私を殺す気?
ごめんなさい、ごめんなさい、お義母さま。
独り芝居『鬼姑・武尊VS可憐な嫁・空』をやりながら味噌汁を作っていると、後ろから武尊が覗き込んできた。
「お前、嫁に来たいのか? ウチはオフクロもう成仏してるから嫁姑ごっこはできないぞ」
そっか、お母さん亡くなっていたんだ……。
だから武尊は何でもできるのかな。
って、急にそんな話を。
それに武尊が姑の役なんだよ!
武尊はひょいと私からおたまを取り上げると、すいと味噌汁をすくって味見する。
「ん、旨いぞ。よしよし」
満足げに頷いて、私の頭をわしゃわしゃと撫でる武尊。
へへっ、そうでしょ?
お料理上手のステキ女子になっちゃうのも時間の問題だよね。
「そうそう、今日は護符を作ってみたが……。家からあまり離れるなよ。護符といっても、陰陽師が作る呪詛や悪霊退散用のとはわけが違う。私はこの寺の関係者です、という身分証明程度のものだ。この付近の河童や天狗や妖狐達はわかってくれるはずだ。身に着けておいてくれ。今は結界は家の中だけかけてある」
そういってお守りのようなものをくれる。香が焚き染めてあるのか、良い香りがした。
そか、これが名札がわりになるのかな。大切にポケットにしまう。
美味しいご飯を食べた後(味噌汁とご飯以外は武尊が作った)、境内のお掃除に向かった。
境内にはお堂があり、そこを雑巾がけしようとバケツに水をくんで靴を脱いであがる。
よっこらしょ、とバケツを置いて、雑巾を水に浸し、ふと何か動く気配を感じた。
あれ、何かいる?
すごいスピードで何か動いている。
何かが動いているのはわかるが、その姿は見えない。
雑巾を持ったまま、目をこらす。
あれ? 何もいない?
そう思った瞬間、足首に痛みが走り、何かがぶつかる衝撃があった。
続いてバシャン、とバケツの水が跳ねた。
バシャ、バシャと水の中で何かが動いている。
む?
バケツから細長いイタチのようなものが出てきて、雑巾をしぼるように自分の体をよじり、水をジャーっとしぼった。
それからまたお堂の床を目も止まらぬ速さで移動している。
まさか……自分の体でお堂の雑巾がけをしてる?
じいっと凝視していると、相手も気が付いたのか、ピタリと止まった。
白いイタチ? 赤い目?
なんか、可愛いぞ。
ジリジリと近寄ると、相手もこちらに興味があるのかジリジリ近づいてくる。
四つんばいになって、覗き込むと、イタチ?は伸び上がった。
鼻に鼻をくっつける。
「あそぼ」
声が脳みそに聞こえてきた。
こいつか!
あそぼお化けは。なんだ、可愛いじゃないか。
「よいよ。何して遊ぶ?」
「競争」
床に体をこすりつけるしぐさをする。
お堂の雑巾がけのことか?
「よっしゃ」
腕まくりをして、雑巾がけを始めた。
しかし、あそぼお化けは早い早い。
とてもじゃないけれど、追いつかない。
お腹、熱くないのだろうか。
あっという間に拭き掃除は終わった。ほとんどあそぼお化けがやってしまった。
「うー負けた」
私も、あそぼお化けも、お腹を上にしてゴロリと寝転がる。
「あれ、あそぼお化けのお腹汚れてる。洗ってあげるよ」
自分のお腹で雑巾がけしていたせいだろう。
真っ白な毛並みは逆立ち、お腹のあたりは灰色になっていた。
お堂の裏側にある水道でジャバジャバあそぼお化けを洗う。
あそぼお化けは気持ちよさそうに水を浴びている。
お堂の階段に座り、タオルであそぼお化けを拭いていると、武尊がやってきた。
「空っ、噛まれるから触るな。そいつが管狐だ」
焦った声でいってる。
「そんなことないよ。仲良しだもんね」
あそぼお化けは鼻を私の鼻にくっつけて、フン、と小さく答える。
「……もう仲良くなったのか。鼻と鼻をくっつけちゃって。長年付き合いのある俺にだってそんな事しないのに」
ちょっと拗ねた感じで武尊がいう。
「鼻と鼻くっつけたいの?」
「それ、親愛の印なんだよ」
武尊の声がちょっと悔しそうに聞こえる。
「ふーん。うらやましいんだ?」
「いや、別に」
ふい、と顔を背けて、お堂の階段にどっかり座る武尊。
またまた無理しちゃって。
あそぼお化けを抱っこして、武尊の顔の前に持っていく。
「ホラ」
あそぼお化けは私をふり返り、それから恐る恐る武尊の鼻に自分の鼻をくっつけた。
武尊がちょっと照れくさそうな顔をするのがわかった。
そうか、嬉しいのか。意外に単純なんだな。
「じゃあ、私もやってあげる」
武尊の鼻に自分の鼻をちょっとくっつけて離した。
ガタッ
音がして。
見れば武尊が後ろにのけ反って、顔を手のひらで覆っていた。
なんなのよ? あそぼお化けは嬉しくて、私はダメなわけ? 全く失礼しちゃう。
ぷりぷりしながら、家に戻ろうとして氷壁にぶつかった。
と思ったら、目から氷ビームを出す営業マン風の男、天狗殿だ。今日も高そうなスーツをキッチリ着こなし、私を睨んでいる。やっぱりこの男は苦手だ。背筋が寒くなる。
「……何やってるんですか」
斜め上から見下ろすかんじで言ってくる。
「何って……お堂の掃除を」
あなたこそ何やってるんですか、社会人じゃないんですか。
昼間っからこんな所いていいのですか。怖いからどっか消えてください。
「神野殿をたらしこんで、居座るつもりですか?」
冷ややかだけれど、私を観察しているような目でみながら、天狗殿はいう。
たらしこむ?
いつ、私が武尊をたらしこんだのよ?
なんかコチンとくる言い方だ。
でも、待てよ。本当に武尊をたらしこんだら日本にずっといられるかもしれない。あの小姑武尊をたらしこむのは至難の業のような気がするけど。
「まあ、良い考えね。武尊をたらしこんでみようかしら」
仁王立ちし、腕組みをして天狗殿を睨みつけて、精一杯強がってみる。人間、強いフリを続けていれば何時かは本当に強くなる、かもしれない。
「なに馬鹿な事をいってる。天狗殿も何しにきたんです? 仕事は?」
武尊がペシッと私の頭をはたき、私と天狗殿の間に立った。
「仕事はキッチリやっていますよ。いえね、いつまで経っても神野殿が動かないので、迷子の渡り鳥に情が移ったのかと思いまして」
「…………」
「神野殿が手を下さないなら、その子、私にくれませんか」
天狗殿の言葉に、思わず武尊の服をつかみ、背中に隠れた。
「嫌っていたんじゃないのか?」
「ええ。羽を毟って焼き鳥にするんですよ」
にっこり笑って、天狗殿は恐ろしい事をいう。
そういえば、ケン○ッキーのカー○ルおじさんもニッコリ笑って両手を前につきだしていた。武尊の服をつかむ手に力が入った。
空気が変わった。
武尊が怒っている。
背中で、それがわかった。
「……天狗殿、この子は私の客人だといったはずだ。私の仕事に口出しするな。手も出すな。空、行くぞ」
武尊はそういうと、私を担ぎ上げた。慌てて武尊にしがみつく。
「焼き鳥はウソです。あまりに久しぶりに、羽のある仲間に会えたので、興味がわいただけですよ」
後ろで天狗殿が何かいっていたが、武尊は振り返らなかった。




