第四章 第12話 アンカー
ミカゲから告げられた、アンカーを置く話
早速家に帰り、アンカー候補を探す二人。
直人は急いで現世に戻った。
今回、魔界では1日程度の滞在なので、
現世では、出かけた時からほとんど時間は経っていない。
美沙が驚く。
「忘れ物?」
しかし、直人の様子がただならない事をすぐに理解する。
「対戦は終わった。勝てなかったけど、負けもしなかった」
「でも、急いでどうしたの?」
「ひなのアンカーになる物を探して持って行く」
「アンカー?」
直人はそわそわしながら、ひなの寝ているベッドに行く。
美沙も共に移動する。
直人は汗をかいている姿のまま、拭おうともせず、
「ひなの大事な物って何だろう」
「大事な物?」
直人はここで一拍置き、
「ひなのマナを引き受けてくれるよう、向こうで仕込んでくれる」
美沙も驚く。
「本当にできるの」
「ああ、全部じゃない。根本解決でもない。
でも、熱を少し抑えられる可能性はある」
美沙の目に光が灯る。
二人で部屋の中を見まわし、同じものに目線が行く。
まおうぬいぐるみ。
言葉を交わさず、二人の目が合う。
「これだ!」
美沙も頷く。
直人は、枕元にあるそのぬいぐるみを持ち、
急いでPCに向かう。
「行ってくる」
美沙は黙って頷く。
玉座の間に戻り、
ミリアに、
「すぐ協会に行けるか」
「はい♡」
ミリアはにこやかに答える。
「少しだけお待ちください♡」
何やら物陰に隠れたと思ったら、
ニコニコしながら戻って来る。
「では行きましょう♡」
転移陣に移り、また身体が浮くような感覚が走る。
魔王協会に着く。
何度目かなので、ヴァルダス達の所へは案内無しでも行ける。
応接に待っていた
ヴァルダスとミカゲ。
まずヴァルダスが口を開く。
「お早いお帰りですね」
「これでも遅いと思っている」
ミカゲが
「お持ちになりましたね」
「急いでお願いしたい」
ミカゲが
「承知いたしました。では、暫くお待ちください」
「待っていればいいのか?」
「はい、半時ほど、おっとこれは私の時代の言葉でしたね」
と言い、部屋を出て行く。
ミカゲが出て行ったあと、またアリアドネが”ドリンク”を持ってくる。
今回は珍しく言葉が出る。
「お味は如何ですか」
直人は、初めての会話で妙に緊張する。
「良い仕事ぶりだ……と思う」
と、すこしズレた返答になる。
アリアドネは、笑みを浮かべ、礼をして退出する。
ミリアが
「うちのペットよりカワイイ♡」
(何言ってるんだ、こいつは)
ヴァルダスが口を開く。
「先日の対戦では、あなたは勝てたと思いますが?」
直人は
「そうかもしれない。だけど、負けなかった事が重要だ」
ヴァルダスは
「魔界では、その優しさは時として身の破滅を呼びますよ」
「ああ、こちらの世界では異質な考えなのは理解している。
しかし、俺は現世の父親だ。一線を引く部分がある」
ヴァルダスはふっと横を向く。
「今回のぬいぐるみの件など、見ていれば、あなたの優先すべきものは
わかります」
ヴァルダスは一拍置き、
「しかし」
と言い直人に向き直る。
「この先はもっと厳しい世界が待ち構えていますよ」
「それはどういう事だ」
「今はひなちゃんの事で頭が一杯かもしれませんが、
それが一時的に落ち着いた頃が、恐らく一番危ない」
「意味がわからないが」
ヴァルダスが一息入れる
「Lvが上がると、対戦だけでない、次のハードルがあります」
「次?」
「はい。B70が転機となります。その対戦で勝利しますと、
ダンジョンの段階を上げて頂く事となります」
「どういう事だ?」
「現在のあなたのダンジョンは、ネブラ大陸にございます」
「知っている」
「そこはアビス将軍が治める大陸です。
ネブラ大陸は火山が非常に多い大地で、自然は厳しいです。
しかし、ネブラ大陸は実は、非常に平和な大陸です」
「平和?どういうことだ」
「つまり、冒険者、勇者、破りなど、敵対する者たちのレベルが低いということです」
「何だと!?」
直人は今までの冒険者、勇者、そして破りを思い出した。
冒険者はともかく、勇者、破りは決して弱くは無かった…と思う。
(俺たちの戦いがチュートリアル扱いか?)
ここで、ミカゲが戻ってきた。
ヴァルダスは、ミカゲを見て軽く頷き、
「このあたりの話は、またにしましょう」
ミカゲはチラとヴァルダスを見ながら、直人に言う
「こちらがアンカーの役目をするよう仕込みました」
「早速申し訳ない」
「いくつか説明が必要です。よろしいですか」
「頼む」
ミカゲはソファに座り一拍置く。
「まず、このぬいぐるみは、マナを吸収します。
但し、あくまでひなちゃんからこぼれてくる分だけです。
しかし、そのこぼれてくる分がひなちゃんに悪さをしますので、
そこを吸収させれば、ひなちゃんは少し安定します」
「助かる」
「残念ながら、これは、Lv99のマナそのものを吸うものではありません。
マナは成長しますから、ひなちゃんが耐えられる限界までこれが
持てば良いのですが……」
直人はミカゲを真剣に見ている。
「ひなちゃんの精神状態も重要です。
心が乱れた時にマナが暴れます。
努めて平静、普段通りがよろしいです」
「それと、先日お話したように、いずれ長く安定というのは難しいお話です。
早くLv99を目指して頂いたほうがよろしいと思います」
「……わかった」
「それと、ミリアが幼稚園に結界を張ってくれてます。
これは、門を視認させない効果と、もう一つ、
魔界のマナを遮断する効果もあります」
「そして、Lv99のマナは出口、つまり魔界のマナとの結合を望みますので、
結界の張ってある幼稚園は”安全地帯”という事です」
「安全地帯……」
「はい。ただし、これも、結界を破るほどマナが成長するまでですが」
直人は口の中が渇いた。自分の息遣いが聞こえるようだ。
ミリアを見る。
ミリアはニコニコ笑っている。
「先生ですから♡」
直人は、何か一瞬、(化かされてるのか)
などという考えが浮かぶが、急いで打ち消す。
「対応と説明感謝する。急ぎ戻りたいので
これで失礼する」
ミカゲとヴァルダスが見送りに来る。
ミリアと転移陣に入り、本拠に戻ってくる。
そして、急いで現世に戻る。
美沙に報告し、早速ひなにまおうぬいぐるみを持たせる。
ひなは、意識は戻っていたので、まおうぬいぐるみを嬉しそうに抱く。
寝室から出て、
美沙にミカゲから聞いた話を伝える。
根本解決ではないことも。
美沙は、頷きながら聞いていたが、
幼稚園の結界の話の時に、聞いてきた。
「ミリア先生っているの?」
「いや、今はもういないはずだ」
「そう……」
(美沙は、結界張ってくれてるミリアを敵認定してるのか?)
「だから、幼稚園はむしろ安全地帯のようだ」
「そのようね」
その晩は、直人も美沙も心配で、
熟睡は出来なかった。
夜中に何度も起きて、ひなの熱を気にした。
朝、目覚めると、声が聞こえる。
「ママ、パパ」
そこにはひなの笑顔があった。
美沙がおでこに手を当てる。
「だいぶ熱下がったね、良かったね……」
少し涙声だ。
「おなかすいた」
小さな声で呟いたその言葉に、
直人は思わず口、顔を手で覆い、
後ろ向きになった。
そして、努めて冷静に振り返り。
「ようし、あさごはんたべようね」
と、ひなの頭を愛おしそうに撫でる。
アンカーが効いてくれたのか……
ひなの容態が安定してきたのは有難い。
ミカゲに感謝の気持ちが湧いてきた。
しかし、朝ごはんが終わり、
少し落ち着いたことで、
余裕が無かった時に、ヴァルダスから聞いた話がフラッシュバックする。
ネブラ大陸が平和?
敵が弱い?
その先?
改めて考えると、気味の悪い話だらけだ。
ここまで来て、まだ知りえぬ「この先」が重く圧し掛かってくる。
ひなの熱は下がった。
それだけは、確かな救いだった。
だが、その救いの向こうに、まだ知らない魔界の深さが見える。
「一難去って、また一難か」
直人は、ひなの幸せそうな顔の向こうの、遠くの闇を見ていた。
ひなの緊急性は落ち着いたが、
直人の本分はこれからが本番。
奥深い闇に向かう日が始まる。




