第二章 第23話 宝箱の有用性
家族との約束が抜けた。
その衝撃から抜けきらずに、魔界の「仕事」は続く。
直人は椅子の背にもたれかけていた。
冷蔵庫の稼働音が、滝のように響くほど静かだ。
妻もひなも眠っている。音は出したくない。
まおうランドへ行く娘との約束が欠けていた。
俺は他に何を忘れたんだ……
答えなど出て来ない。
早くマナ素材が欲しい。
B5までの運用が回り始めている。
撤退誘導も、配食規律も、ひとまず破綻していない。
しかし、それが「安心」ではなく「次に気になること」を生んだ。
ロジック組んでいる間だけは、自分が何を忘れたのか考えずに済む。
ミュートをし、玉座の間へ。
『宝箱』
侵入者が立ち止まり、目を輝かせるもの。
そして同時に、導線を変え、欲を刺激し、事故を増やすもの。
直人は杖のUIを表示して言う。
「宝箱の管理、どうなっている?」
ミリアが当然の顔で首を傾げる。
「宝箱隊です♡」
直人は一瞬、言葉を選ぶ。
(隊。人員。担当。つまり運用がある)
「……宝箱隊。そんなのがいるのか」
ミリアは指を鳴らした。
小さなUIが出る。
【運用:宝箱】
・配置:稼働
・補充:稼働
・事故:軽微(咬傷3)
直人の視線が「事故」に止まる。
「咬傷? 誰か噛まれたのか」
ミリアは軽く頷く。
「育成担当が♡」
その答えの直後、部屋の隅から規則正しい足音がした。
カタ、カタ、カタ。
まるで事務所の廊下を歩く音だ。
三体が並んでいた。
「お呼びですか?」
まさにあやつり人形かと見まがう風貌。肘や膝に覗く、
滑らかな球体関節、血の通っていない、
透き通るような陶器の肌。
「お初にお目にかかります。私、宝箱隊隊長、マリオネットと申します」
背筋が不自然なほど良い。有能そうだ。胸元に札。
『宝箱隊:隊長』
隣には黒いカラス。小袋を肩に掛け、宝石を咥えている。目が妙に落ち着いている。
『宝箱隊:調達』と名札。
三体目は小柄な羽根を持つ人影。エプロン姿で、革の腕当ては咬傷だらけ。
『宝箱隊:育成(ミミック担当)』
ミリアが代わって紹介する。
「宝箱隊、隊長のマリオネット、調達と探索担当のコレクターカラス、
ミミック育成担当のミミックブリーダーです♡」
直人は「いつからいた」とは聞かなかった。
聞いたところで、ミリアは「ずっとです♡」と言うに決まっている。
必要なのは、現状把握と手当てだ。
直人はマリオネットに視線を向けた。
「業務と状況を」
マリオネットは礼をして、紙を差し出した。
直人の書式に寄せたテンプレ。
『宝箱運用 状況報告』
直人は要点だけ拾う。
・低位箱:自動配置
・低位中身:無限再生枠あり
・中位以上:手動補充
・トラップ:ミミック
「無限再生」
直人の指がそこで止まる。
「無限再生って、具体的には?」
ミリアが横から楽しそうに言う。
「ハズレ枠です♡」
マリオネットが別紙を差し出す。
『無限再生(魔鉱石による生成)』
・無限再生する衣類
・無限再生する剣、盾(レア度:低)
・無限再生する魔石・鉱石(光輝、重量用、レア度:低)
直人は紙を見たまま、短く息を吐いた。
(重量で撤退を誘導できる。持ち帰り地獄を作れる。
冒険者の欲で帰らせる。悪趣味だが、目的には合う)
直人は次を聞く。
「中位以上の手動補充は、どの担当が回す?」
マリオネットが胸を叩く仕草。
『隊長』の札が揺れた。
カラスが小袋を叩き、金属音を鳴らす。
育成担当が腕当てを少し見せる。咬傷が増えている。
ミリアが通訳めいた口調になる。
「隊長が発注と帳簿。調達が仕入れ。育成が……噛まれます♡」
直人は育成担当を見た。
「ミミック、噛まれる?」
育成担当は、気まずそうにほんの少しだけ視線を逸らし、
無意識に咬傷だらけの腕当てを逆の手でさすった。
直人は責める口調にしない。
「咬傷の件、事故処理に上げて」
ミリアが嬉しそうに頷く。
「管理者っぽい♡」
直人はマリオネットに戻る。
「配置の原則は?」
また別紙。
『配置原則』
・曲がり角の先
・安全そうな行き止まり
・誘導ルート上の休憩点
・迷宮路ハズレ扉内
・戦闘直前の誘惑
直人は紙を見ながら、頭の中で地図を重ねる。
導線。UX。離脱率。
やっていることが、現実のサービス運用と同じだ。
直人は小声で呟く。
「……宝箱は報酬じゃなく、誘導装置か」
ミリアが即答する。
「エサ♡」
直人は頷いた。
直人は報告書の端を指で押さえたまま、マリオネットを見る。
「侵入者と、箱の取得数。把握してる?」
マリオネットは即座に頷き、
胸元の札の下からもう一枚、薄い紙を引き抜いた。
『日次:侵入・開錠記録』
数字だけは明瞭だ。
「直近一周期。侵入者、延べ――十二名。パーティ換算で三組」
「宝箱の開錠――低位、十四。中位、二。高位、零」
「未処理――三」
直人は一拍置いて、数字を頭の中で並べ替える。
(低位が多い。狙い通り。中位は最低限。撤退の圧は足りてる)
ミリアが横から、嬉しそうに言う。
「欲に勝てない侵入者♡」
直人は紙を戻しながら、淡々と指示する。
「そのまま維持。中位の補充は最低限堅持」
マリオネットが礼をした。
「了解しました」
ミリアが満足そうに頷く。
「数字で殴る魔王さま♡」
直人は小さく言った。
「……日報みたいだな」
マリオネットが即答する。
「日報です」
言い切られて、直人はほんの少しだけ笑いそうになり、飲み込んだ。
マリオネットが申し訳なさそうな顔をして言う。
「申し上げたき事が一件ございます」
「何だ」
「魔王さま由来の『持ち帰り箱』が管理外の残業でございます」
直人は思わず頭を抱える。
ミリアがニコニコしながら
「スライムポイポイ箱♡」
直人はじっと睨む
「わかった。今後は残業が発生しないよう
持ち帰り箱の自動化を組む」
「ありがとうございます」
気を取り直して言う。
「では、方針を合わせる」
直人は淡々と告げる。
「当たり率は上げすぎない。撤退を促す比率で維持」
マリオネットが即座に頷く。
カラスが一度だけ鳴く。了承の鳴き方だ。
育成担当は、腕当てを押さえたまま静かに礼をした。
ミリアが、横からさらっと言う。
「事故ゼロは無理♡」
直人は視線を上げ、短く頷くだけにした。
「なら、減らす。咬傷の報告は続けて」
最後に、直人は報告書の端の一行に気づく。
『事故処理:爆発(軽微)』
直人の呼吸が一瞬だけ止まる。
「なぜ爆発する」
マリオネット
「開錠にトラップを仕掛けている場合がございます」
ミリアが軽い声で言う。
「軽微です♡」
直人は紙を指で押さえたまま、静かに結論を出す。
「軽微でも、現場ではインシデント。
次回から、爆発系は配置場所を制限。
門に影響させるな」
言い換えた瞬間、自分の中で「現実」が前に出たのが分かった。
それでいい。現実を守るために、ここを運用している。
宝箱隊は三体そろって礼をした。
妙に仕事ができそうな礼だ。
直人は、声を張らずに言った。
「……宝箱の件、今日から監視項目に入れる。日次で上げて」
ミリアが満足そうに微笑む。
「ようこそ、管理の沼へ♡」
直人は守る手順を増やす。
それが今の自分の戦い方だった。
直人はミュート表示を確認する。
現実はまだ静か。
この静けさの裏で、宝箱の運用が回り始める。
ただ、直人は気付いていない。
「手動補充」が、別の意味を持つ事を。
(つづく)
宝箱隊も、直人君の管理業務が伝染していたようです。
いよいよ魔王として、ダンジョンに方針が行きわたっているようです。
直人君の次の目標は、門の強化と自身のLvアップに。




