第4話 ダンジョン管理者定義
冒険者パーティが「管理者がいる」と気づき始めた。ゴブリンは丁寧に申請を求め、推奨ルートは妙に快適で腹立たしい。直人は現実会議と並行で、ダンジョンの運用に疑問を持つ。
直人はまず、ものすごく当たり前の疑問を口にした。
「……待って。これ、時間配分どうなってるんだ?」
左耳:Zoomの定例。
右目:ダンジョンの監視映像。
指:Slack返信。
心:推しが隣で煽ってくる。
(俺、いま“同時に二世界”を生きてるよな?)
(しかも片方は会議で、片方はスライムが増える)
(時間の帳尻、どこで合わせてるんだ)
ミリアが、涼しい顔で即答する。
「安心してください。直人さまが“困るように”最適化されています」
直人は即座に返す。
「その安心、返品する!」
「ダンジョン時間は、直人さまの集中度に連動します」
直人が眉をひそめる。
「どういうこと?」
「つまり俺が仕事モードに入るほど、そっちが元気になるってこと?」
ミリアは、完璧な笑顔でうなずく。
「はい。ですので、こちらは“会議対応モード”です♡」
「会議対応モードって何だよ」
「直人さまがミュートを押すと、ダンジョン側が加速します♡」
「……俺の沈黙、そっちのターボなんだ?」
「はい♡ 現実で黙るほど、こちらでは雄弁になれます♡」
「やめろ、俺の職業病を燃料にするな」
ミリアはさらに畳みかける。
「あと、現実の会議が長いほど、こっちは夜ばかりになります♡」
「時間の帳尻を、演出で合わせるな」
「暗い方が、雰囲気が出るので♡」
「雰囲気でシステム要件を上書きするな。炎上案件だぞ」
ミリアは指を一本立てる。講師みたいに。
「補足です♡ 直人さまが“定義して下さい”って言うたびに、
こちらの処理速度が上がります」
直人は目を細めた。嫌な気づきがある。
「……つまり俺が会議で“定義して下さい”って言い始めると、
そっちがヌルヌル動くの?」
「はい♡ ダンジョン側が滑らかになります」
「やめろ。俺の口癖でクロックブーストすんな」
「直人さま、ブースト条件が明確で安心です♡」
「安心じゃねえ。俺の“生産性”が異世界に吸われてる」
ミリアはにこにこ。
「直人さまは、こちらの演算資源です♡」
「言い方!」
「俗に言う、サーバです♡」
「俺の脳をサーバ扱いするな!」
ミリアが追撃する。
「直人さまが熱くなるほど発熱します♡」
「やめろ、過負荷で落ちるぞ」
「落ちた場合は、強制イベントが発生します♡」
「最悪のフェイルオーバーやめろ!」
ミリアは申し訳なさそうな顔をして、すぐ笑った。
「でも、安心してください。過負荷になると、ダンジョン側が自動で“休憩”を提案します♡」
「まともじゃん」
「はい。“休憩”という名の強制ボス戦です♡」
「休憩の定義が終わってる!」
直人が現実のZoomをチラ見する。
参加者が増えていく。経営層。法務。営業。
最悪のレイドだ。
ミリアがうっとりした声で言う。
「わあ……現実のボス、増援来ましたね♡」
「嬉しそうに言うな!」
「直人さま、あっちで謝るほど、こっちで魔王マナがたまります♡」
「成長条件が地獄!」
直人は深呼吸して、乾いた声になった。
「……わかった。じゃあ今日は、ミュート押しっぱなしで行く」
ミリアがぱあっと笑う。
「最高♡ 今夜、ダンジョン真っ暗になります♡」
「やめろって!」
「仕事スイッチが入るほど、こちらの体感は快適です♡」
ミリアは指を一本立てて、無駄に丁寧に説明を始めた。
講師口調なのが腹立つ。
「直人さま、追加仕様のご案内です♡」
「やめろ、仕様って言うな」
ミリアはにっこりした。
「まず、直人さまが『すみません』って言うたび、ゴブリンが一匹増えます♡」
直人が即座に机を叩く。
「謝罪で増殖だと!!」
「はい♡ 現実の謝罪文化が、こちらでは“スポーン条件”になります♡」
「文化を異世界に輸出すな! 関税かけろ!」
「関税はゴブリンが払います♡」
「払うな、増えるな!」
直人は天井を仰いだ。
「じゃあ俺、今日だけでダンジョンを満員電車にするぞ!」
ミリアが嬉しそうに頷く。
「はい♡ 増えたゴブリンが担当します♡」
「担当させるな!」
「満員ゴブリン♡」
「可愛く言うな! それ朝の山手線だろ!」
それともう一つ。
「まだあるのか!」
直人さまが指示を出すと、魔王の声がダンジョンに響き渡ります。
「闇の御言葉」になり、モンスターが無条件で従います。
「それじゃあ、初めから魔王だろ!」
「はい♡、魔王さまです」
「やめろー!」
直人が現実のZoomをちらっと見る。
経営層が入室してくる。法務が入室してくる。
直人の口がもう「すみません」を準備し始めている。
「やばい……俺、反射で謝る」
ミリアがうっとりした声で言う。
「わあ♡ じゃあ今日、ゴブリン隊が増強されますね」
「望んでない増強だ!」
ミリアはさらに追い打ち。
「次に、現実で『持ち帰ります』って言うと、ダンジョンに“持ち帰り箱”が増設されます♡」
「だから“持ち帰り”を物理化するな!」
「直人さま、よく言いますよね。『いったん持ち帰ります』って」
「言う! だってその場で決めると燃えるから!」
「こちらでは燃えません♡」
「燃えろよ! いや燃えるな!」
ミリアが手を叩く。
パチン。
監視映像の端に、新しいオブジェクトが出現する。
《持ち帰り箱(NEW)》
※未処理タスクを入れてください
※中身は後で増えます
直人は顔を覆った。
「最悪だ……“後で増えます”ってなんだよ」
「持ち帰った問題は、熟成します♡」
「熟成させるな! 期限を付けろ!」
ミリアは悪びれず、極上の笑顔で言った。
「安心してください♡ “持ち帰り箱”が増えるほど、
ダンジョンが管理者向けに最適化されます」
直人は即座に切り返す。
「俺向けに最適化されるな。俺はユーザーじゃない、被害者だ」
「直人さまが快適なら、世界も快適です♡」
「その理屈、ブラック企業が使うやつだろ!」
「“直人さまを快適にするため”です♡」
「目的が間違ってる!」
「目的は正しいです♡ “管理者ファースト”」
「やめろ! 世界のKPIを俺に寄せるな!」
その瞬間、現実のZoomで誰かが言った。
「佐倉さん、これ一旦持ち帰ります?」
直人の喉が反射で動く。
「すみません、それ、いったん持ち帰りま――」
ミリアが幸せそうに目を細める。
「はい♡ ゴブリン追加、持ち帰り箱増設、確定です♡」
直人が叫ぶ。
「確定するなァ!!」
( 第4話に続く )
ダンジョン管理者の「仕様」を押し付けられた直人。現実Zoomの地獄も始まろうとしている。画面の向こうには推しキャラのミリア。現実で黙るほど異界が進む、最悪に便利な仕様が起動する。




