第3話 バックアップの定義(冒険者パーティ侵入編)
このダンジョン、
——戦闘まだないのに、なぜか心が削れていく。
直人が定義したのは「強さ」じゃない。
ゴブリンの巡回と、段階式対応。
勝つためではなく、「撤退が合理的」になるための運用だ。
そして今日の相手は、勇者じゃない。
ごく普通の冒険者パーティ。
彼らはまだ知らない。
このダンジョンの一番怖い罠は、剣でも魔法でもなく——
定義された「仕様」だということを。
侵入者反応のログが、じわじわ大きくなっていく。
侵入者反応:あり(小)→(中)
種別:冒険者パーティ(標準)
構成:前衛/後衛/回復役/偵察
「……“標準”って書くな。人を」
直人が言うと、ミリアは涼しい顔で微笑んだ。
「標準です。異世界の標準。直人さまの世界で言う“よくあるチーム構成”です」
「やめろ。親近感が湧いて嫌だ」
監視映像が入口に切り替わる。
四人組が、きれいに役割分担して入ってくる。
前衛:剣士(軽口、陽キャ)
後衛:魔法使い(無口、理屈)
回復役:神官(常識人、胃が痛い)
偵察:弓手(目がいい、ツッコミ)
剣士が言う。
「よーし、今日は“普通のダンジョン”らしいぞ。気楽に行こう」
弓手が即ツッコむ。
「普通って言うときほど普通じゃないんだよ」
神官がため息。
「お願いだからフラグ立てないで…」
魔法使いは淡々。
「探索優先。無駄戦闘回避」
直人は、その会話だけで“このパーティ、そこそこ優秀”と判断した。
嫌な仕事の勘は、こういうときだけ当たる。
ミリアが煽る。
「直人さま。初めての“外部顧客”ですよ」
「顧客扱いすな」
「レビューが付きます♡」
「最悪のECサイトだな」
――ピロン。
現実側のZoomで、リーダーが言う。
「佐倉さん、例の障害、暫定対応いけます?」
直人は反射で答える。
「いけます。原因の定義が取れたので、切り分けします」
ミリアが横で囁く。
「現実でも魔王」
「黙って」
直人はミュートを押し、ダンジョン側に集中する。
直人、戦闘バックアップを定義する
「ミリア。ゴブリン隊だけで当たるのは危険」
「えっ、優しくない」
「優しい。ゴブリンの生存率を守る。勝つのが目的じゃない、運用が目的」
ミリアが目を細める。
「“戦闘バックアップ”……定義します?」
「する」
直人はコンソールに新規ドキュメントを作った。
なぜかタイトルが勝手に装飾される。
【標準運用】戦闘バックアップ定義 v1.0(直人さま監修)
直人は淡々と書く。
1) 前提
ゴブリン隊:一次対応(観測・牽制・誘導)
目的:侵入者の情報取得/被害最小/退路確保
戦闘:指示違反注意2回にて
禁止:無理な追撃/単独突撃/感情的反撃
ミリアが嬉しそうに言う。
「感情的反撃、禁止♡」
「現場が燃えるからな」
2) バックアップ種別
スケルトン隊:防衛・壁役・時間稼ぎ(痛覚なし、消耗品運用が可能)
オーク隊:火力・押し返し・威圧(出すと“魔王感”が上がるので最終手段)
「消耗品運用って言い方、冷酷」
ミリアがわざとらしく眉を下げる。
「直人さま、ドライ〜♡」
「スケルトン本人が気にしないから成立する設計だ」
3) 発動条件
T1:偵察段階
侵入者が“標準パーティ” → ゴブリン隊のみ(距離保持・監視)
T2:交戦段階
ゴブリンHP平均が70%未満、または回復役を確認 → スケルトン投入
T3:危険段階
侵入者が撤退せず深追い、または範囲魔法・強装備
→ オーク投入(ただし許可制)
4) 指揮系統
現場指揮:ゴブリン隊長
バックアップ許可:管理者(直人)または代理(ミリア ※ただし煽り禁止)
ミリアがにっこり。
「煽り禁止……? それ、無理です」
「努力目標にしとく」
直人は最後に太字で書いた。
5) 成功の定義
ゴブリン生存率:95%以上
侵入者の情報:構成・癖・撤退判断の閾値を取得
侵入者の進行:予定ルートへ誘導(迷子にしない、ただし“遠回り”は可)
ミリアが拍手した。
「優しいのに怖い。最高です」
現場へ:ゴブリン隊、受付対応を始める
監視映像。
巡回が有能化したゴブリン隊が、既に“迎撃位置”に配置されている。
グブ(隊長)が、低い声で言う。
「手順どおりだ。まず観測。焦るな。――新人、議事録」
ニョが小声で返す。
「はいっ。戦闘議事録、取ります!」
(戦闘に議事録いらんだろ)
直人は思ったが、止めなかった。
止めると増える。会議も雑務も、止めると増える。世の理だ。
冒険者パーティが通路に入る。
そこへ、ゴブリンがスッと出てくる。三体。槍を構え、距離を取る。
剣士がにやっと笑う。
「出た出た。ゴブリン。まあ雑魚だよな」
弓手が目を細める。
「……いや、隊列がきれいすぎる」
魔法使いが小声。
「訓練されてる」
神官が嫌そうに言う。
「やめて、嫌な予感」
グブが一歩前に出て、妙に丁寧に頭を下げた。
「侵入者さま。いらっしゃいませ。こちら、通行申請はお済みでしょうか」
剣士が固まる。
「……いらっしゃいませ?」
ボゴが板を出す。手慣れた動きだ。
『侵入申請書(簡易)』
ニョがペンを差し出し、笑顔(に見える)で言う。
「目的を一点だけ。 “探索”“討伐”“観光”からお選びください」
弓手が眉をひそめる。
「観光って選択肢あるの?」
ニョが即答した。
「ございます♡ 観光の方は“映えスポット”をご案内します」
魔法使いが短く。
「役所か?」
神官が震える。
「いやだぁ…接客ダンジョン!」
直人は椅子からずり落ちかけた。
「受付するな! ダンジョンだぞ!」
「観光って何だ!」
(誰がダンジョンに役所を作れって言った)
ミリアが嬉しそうに言う。
「直人さまが“巡回”を定義したので、現場が“手続き”も定義しました♡」
「勝手に拡張するな!」
剣士が笑う。
「なんだこれ! こわっ! でもおもしれー!」
弓手がささやく。
「触るな、罠かもしれない」
魔法使いは無表情で言う。
「情報収集。目的は“宝箱”と書けばいい」
神官が震え声。
「お願い、普通に戦って…!」
グブは真面目に頷く。
「承りました。宝箱ですね。では、推奨ルートにご案内します」
「案内すんな!!」
直人の叫びは、当然届かない。
ゴブリンたちは、一定の距離で前後左右に散り、道の角では必ず立ち止まり、
手で方向を示した。
まるで駅の誘導員だ。
冒険者パーティが進む。
“推奨ルート”は、なぜか歩きやすい。滑らない。明るすぎない。
ただし、妙に遠回りだ。
剣士が言う。
「なんか快適なんだけど、腹立つな」
弓手が答える。
「快適=誘導されてる」
魔法使いが短く。
「消耗させる気だ」
神官が泣きそう。
「ねえ帰ろうよ…」
曲がり角を三つ、ゆっくり回ったところで、グブがまた丁寧に頭を下げた。
「侵入者さま。ここから先、足元が不安定です。走るのは禁止でございます」
「は?」と剣士。
ボゴが板をめくる。
『安全確保のため、走行禁止(巡回規定 第3条)』
ニョが補足する。
「違反されますと、注意が入ります」
剣士が笑った。
「注意ってなんだよ。お前らゴブリンだろ」
弓手が低く言う。
「……嫌な予感がする」
魔法使いが試すように一歩、わざと速く踏み込んだ。
その瞬間、ゴブリンの一匹が小さな笛を吹いた。
ピッ、と乾いた音。
何も起きない。
ただ、通路の先の松明が一つだけ消えた。
暗くなった分、神官の足が止まる。
「やだ……今のなに……」
グブが丁寧に言った。
「一回目は“注意”でございます」
弓手が眉をひそめる。
「……攻撃しないのか?」
グブは笑顔のまま。
「攻撃は致しません。規定通りに“段階式対応”を致します」
剣士が苛立って剣を抜いた。
「ふざけんな。こっちが攻撃したらどうなる」
グブは丁寧に頭を下げる。
「その場合、自己防衛が発動します」
その言葉を聞いた瞬間、神官が叫んだ。
「やめて! その言い方、絶対やばいやつ!」
剣士は……結局、先に手を出した。
苛立ちに負けて、ゴブリンの頭上をかすめるように剣を振る。
威嚇のつもりだった。
ピッ。
二回目の笛。
今度は、通路脇の壁が少しだけ動いて、
遮蔽物が“ちょうど矢を通しにくい位置”にせり出した。
弓手が舌打ちする。
「……あ、これ。攻撃じゃなくて、環境を変えるタイプのやつだ」
魔法使いが火球を構える――が、撃ちどころがない。
撃っても当たらない。
当てようとすると、こちらが危ない。
剣士が叫ぶ。
「ちょ、こいつら逃げないけど、来ない! うざい!」
グブは礼儀正しく答えた。
「ありがとうございます。想定通りでございます」
直人は頭を抱えた。
(攻撃してないのに、戦闘より腹立つの何だよ)
ミリアが、最高に楽しそうに囁く。
「直人さま“巡回”がちゃんと機能してます♡」
その瞬間、「仕様」に従いゴブリン隊が仕掛ける。
真正面から突っ込まない。横から挟む。距離を保つ。
“牽制”だけして、深追いしない。
ゴブリンたちは戦列を組まない。
武器を構えもしない。
剣士が叫ぶ。
「ちょ、こいつら逃げないけど、来ない! うざい!」
弓手が矢を放つが、ゴブリンは遮蔽物の後ろへ。
魔法使いが火球を構える――が、撃ちどころがない。
神官が呻く。
「これ、疲れるやつ…!」
直人はログを見る。
それでもゴブリンのHPがじわじわ削れていく。平均72%。
交戦:ゴブリンが“固い”、パーティが“嫌がる”
“回復役”が前に出て回復魔法を使った瞬間、直人の目が乾いた。
「T2。スケルトン投入」
ミリアが、わざとらしく恭しく言う。
「許可、いただきました♡」
パチン、と指が鳴る。
「どこかで聞いたことあるセリフだな・・・」
通路の影から、骨が立ち上がる音。
カタ、カタ、カタ。
盾を持ったスケルトンが、無言で前に出る。
剣士が顔を引きつらせる。
「うわ、スケルトン! まあまあ普通――」
弓手が遮る。
「違う。こいつら、壁になる位置取りが“戦術”だ」
その通りだった。
スケルトンは、ゴブリンの前に出て“盾の壁”を作る。
ゴブリンは後ろで、淡々と牽制を続ける。
魔法使いが低く言う。
「回復役、守られてる」
神官が青い顔で言う。
「守られてるって言うな……敵なのに……!」
剣士が苛立つ。
「ええい、突っ込む!」
剣士が前に出た瞬間――スケルトンが一歩だけズレる。
“通す”のではなく“通しやすい場所”に誘導する動き。
弓手が叫ぶ。
「誘導されるな!」
遅い。
剣士が踏み込んだ先に、床の模様。
罠? いや、罠じゃない。
ただ――扉が閉まる。
ガシャン。
「うわっ!」
剣士が通路の小部屋に“隔離”された。
神官が悲鳴。
「ちょっと! 分断!? やめて!!」
魔法使いが歯を食いしばる。
「クラシックな分断…でも、雑魚がやる精度じゃない」
ミリアが直人の耳元で囁く。
「S評価、近いですよ?」
「まだ。成功の定義は“被害最小”。殺すのが目的じゃない」
「優しい魔王♡」
「魔王って言うな」
Zoom側:現実でも分断される
――ピロン。
Zoomでリーダーが言う。
「佐倉さん、顧客が“今日中に直せ”って。どうします?」
直人はアンミュートし、落ち着いた声で言う。
「“今日中”の定義をください。何時までか。影響範囲はどこまでか。
暫定対応で良いか恒久対応か」
一拍置いて、付け足す。
「あと、分断して対応します。原因調査班と暫定対応班」
同僚が苦笑いする。
「分断って…ダンジョンみたいですね」
直人は一瞬固まった。
(バレてる?)
もちろんバレてない。世界はそこまで親切じゃない。
直人は笑ってごまかす。
「例え話です」
ミュート。
即、ダンジョン側。
分断された剣士、ゴブリンに“丁寧に”詰められる
隔離部屋。
剣士が剣を構え直す。
「よし、ここは俺が――」
グブが、静かに入ってくる。
槍を構えたまま、やけに丁寧に言う。
「剣士さま。先ほどの突入、危険行動でした」
「説教!?」
「はい。再発防止のため、振り返りを」
「戦闘中だろ!」
ニョが部屋の外で叫ぶ。
「議事録、取れてます!」
「取るな!」
直人は額を押さえた。
(現場が俺になってる)
(最悪)
しかし、戦術としては正しい。
剣士を孤立させ、他の三人の判断を鈍らせる。
そして“撤退”を選ばせる圧をかける。
魔法使いが外から声を張る。
「撤退を提案する」
神官が泣き声。
「賛成…!」
弓手が悔しそうに言う。
「……でも剣士を置いていけない」
ミリアが、嬉しそうに煽る。
「さあ、T3にします? オーク、出します?」
直人は即答しない。
“オーク”は火力だ。威圧だ。出した瞬間、噂が広がる。
魔王化が加速する。
直人は短く言った。
「T3は保留。まず“撤退の導線”を用意」
「撤退させるんですか?」
「殺さない。学習させる。このダンジョンは面倒って学習」
ミリアがうっとり。
「上司〜♡」
直人はコンソールを叩く。
隔離部屋の壁に、ひとつだけ開く扉。
“逃げられる”が“何かを置いていく”必要がある構造。
弓手が気づく。
「…あれ、出口だ。でも条件がある」
神官が息をのむ。
「捧げ物…?」
魔法使いが淡々。
「金貨で解除できるタイプだ」
剣士が叫ぶ。
「くそ! 俺の財布が!」
弓手が即答。
「お前のせいだろ!」
結果、パーティは撤退を選ぶ。
扉が開き、四人が戻っていく。
ゴブリンも追わない。スケルトンも黙って壁を解く。
ログが出る。
結果:侵入者撤退
ゴブリン生存率:100%
情報取得:構成・火力・撤退閾値(分断+コスト)
評価:A+(※ミリア基準)
ミリアが不満そうに頬を膨らませた。美人がやると腹立つ。
「Sじゃない……」
直人は言う。
「A+で十分。成功の定義、満たした」
ミリアがにやり。
「じゃあ“次の侵入者”でS、取りましょう」
「次が来る前提で言うな」
「来ます♡ だって、レビューが付くので」
画面に、さっそく掲示板みたいなログが流れる。
【冒険者掲示板】
『あそこ、妙に丁寧なゴブリンがいる』
『罠が理不尽じゃなくて“面倒”』
『管理者がいる。絶対いる。』
直人は椅子に深く沈んだ。玉座っぽい背が、やたらと優しい。
「……最悪の評判が立ち始めた」
ミリアが嬉しそうに言う。
「“魔王”の評判ですよ♡」
――ピロン。
現実のSlackが鳴る。
「佐倉さん、顧客が『佐倉さんがいると安心』って」
直人は一瞬、顔が緩みかけた。
承認欲求が、また点火しかける。
ミリアが囁く。
「ほら。褒められた」
直人は低い声で返す。
「……定義して。俺は、どっちの世界の管理者なんだ」
ミリアは笑った。
「両方です♡」
(第4話に続く)
直人君の受難は続く。現実の世界と異世界を脳の半分ずつで動かす地獄の行く末は?




