第1話 (Part 2) 定義して下さい(スライム湧き編)
いきなりPC画面に現れたミリア。直人の都合関係なくダンジョン改善を求めてくる。直人の承認欲求がうずく。
画面の端に、勝手にログが表示される。
《Spawn Rate:上昇中》
《原因:管理者ログインに伴う負荷試験》
直人が問う。
「……負荷試験か。つまり、俺がログインすると処理が走る」
「はい♡」
「スライムが何体までなら許容? “かわいい”の上限、定義して下さい」
ミリアが一瞬だけ黙って、にやっと笑う。
「……言いますね。推しの前で♡」
「推しとか言うな!」
「でも、かっこいいです。S評価、あげたい♡」
その一言で、直人の胸の奥の“承認欲求”が、嫌な音を立てて点火する。
「……よし。やるか」
直人はキーボードを叩いた。
ダンジョンに向けて、“業務改善”を実行する。
――そうだ。Zoom。
右耳のイヤホンから「佐倉さん、聞こえてます?」が近づいてくる。
直人は咳払いして、現実側に戻る。
「大丈夫です。続けます」
声だけは落ち着いている。顔は落ち着いていない。
直人はキーボードに手を置く。
目が乾く。声が低くなる。仕事スイッチだ。
「湧き条件は“管理者ログイン”。つまり俺がいる間、試験が走る」
「はい♡」
直人が聞く
「じゃあ試験の目的は何?」
ミリアが小首を傾けながら
「……かわいさ?♡」
ミリアがクスクス笑う。
その笑い方が、推しキャラすぎて腹が立つ。
直人は淡々と手を動かす。
「スライムが湧き続けると、何が困る?」
ミリアが答える
「廊下がぬるぬるします♡」
直人は自分に言う
「転倒リスク。モンスターも侵入者も滑る」
直人は、画面に“チケット”を切った。
なぜか管理コンソールに、見慣れたUIがある。Jiraに似ている。
ISSUE-001:スライム過剰湧きによる廊下滑走事故
優先度:High
対応:湧きポイント制御/再発防止
ミリアが目を細める。
「その手つき……好きです♡」
「好きとか言うな。作業に集中できなくなる」
Zoom側で、別の同僚が言う。
「佐倉さん、いま“好きとか言うな”って……」
直人はノータイムで返す。
「すみません、誤字が多くて。文章に言いました」
(文章じゃない。推しだ)
直人はスライム映像を拡大する。
湧きポイントは、廊下の隅のひび割れ――そこから“ぴち”と生まれている。
「湧きポイントは固定。よし、封鎖できる」
「封鎖しちゃうんですか? かわいいのに♡」
「かわいいは目的じゃない。安全が目的」
「安全の定義して下さい♡」
「……転倒ゼロ、スライムの死亡率は低め」
ミリアが嬉しそうに拍手した。
「優しい! さすが直人さま!♡」
その瞬間、直人の背筋に電気が走る。
(ほら来た。褒められた)
(やめろ、俺、止まれなくなる)
直人は自分で自分を制御しようとするが、すでに遅い。
指が勝手に“改善”を始める。
「湧きを止めるだけじゃダメだ。湧くなら活用する」
「活用?」
「スライムは粘液。清掃に使える。ダンジョンの廊下は汚れる」
「汚れますね♡」
「じゃあ、スライムを“清掃部隊”にする」
ミリアが口元を手で隠し、笑う。
笑いながら煽る。
「魔王みたい♡」
「魔王はやめろ」
直人はコンソールに命令を打つ。
湧き上限設定:一定数で停止
スライムAI:巡回清掃ルートを学習。余剰スライムは“回収箱”へ
画面に、スライムが列を作り始めた。
ぴち、ぴち、ぴち。
壁際を一定間隔で進み、廊下をぬるぬるではなく“つやつや”に磨いていく。
ミリアがうっとりした声で言う。
「綺麗……そして、かわいい……♡」
「よし、転倒リスクは下がった。清掃工数はゼロ。
スライムも生きてる。三方良し」
その瞬間、派手なファンファーレ。
評価:A
管理者直人さま:ダンジョン改善レベル 1 → 3
報酬:魔王演出(軽)解放
「演出って何だよ」
直人が言い終える前に、部屋の照明が一瞬だけ暗くなる。
どこからともなく低音のSE。
椅子の背もたれが勝手に“玉座っぽい形”にせり上がる。
直人は真顔で叫んだ。
「やめろ! 家に玉座は要らない!」
Zoom側で、全員が固まっている気配がする。
画面越しに、同僚たちの目が、明らかに“家に玉座?”になっていた。
直人はミュートを押し忘れていた。
(最悪)
「佐倉さん……家に玉座って、どういう……」
リーダーが恐る恐る聞く。
直人は、社会人として最適解を選ぶ。
つまり、正面突破。
「すみません。椅子のヘッドレストの話です」
「ヘッドレストが玉座?」
「……そういう商品、あります」
(ない)
ミリアが囁く。
「直人さま、現実でも支配してるんですね♡」
「支配してない! ただ改善してるだけ!」
直人はようやくZoomをミュートした。
そして深呼吸。
(落ち着け)
(いまは会議とスライム、両方のSLAを守れ)
Zoomの画面では、同僚が議題を進めている。
直人はチャットで淡々と補足だけ投げる。
直人:仕様変更の影響範囲は本日中に整理します
直人:目的の定義が曖昧なので、要件整理お願いします
一方、ダンジョン側ではスライムが整列し、清掃を終え、
余剰が回収箱に吸い込まれていく。
“回収箱”のラベルが勝手に可愛くなっていた。
すらいむポイポイ箱♡
「誰がラベル付けた」
ミリアが微笑む。犯人の顔だ。
「可愛い方が、みんな従うんです♡」
「魔物にもカワイイ文化があると?」
ミリアはさらに追い打ちをかける。
「直人さま。いまの改善、侵入者が来たらどうなります?♡」
「……滑らない。清潔。視界良好。安全」
「侵入者に優しいですね♡」
「“事故”があると無駄が増える」
「なるほど。じゃあ、侵入者が“絶望”するポイントは?♡」
「……」
ミリアがにっこり。
「直人さま、ほら。承認欲求が顔を出してます♡」
「出してない」
「出してます。S評価、欲しいですよね?♡」
「……欲しくない」
「じゃあAにします?♡」
「……っ」
直人の声が乾く。
「次の課題を定義して」
ミリアが楽しそうに宣言した。
「次は“巡回部隊”です。ゴブリンたちがサボってます♡」
直人はミリアを見ないようにして、Zoomをアンミュートする。
会議は終盤。リーダーが言う。
「じゃあ最後、佐倉さんから一言」
直人は、完璧な社会人の声で言った。
「はい。次回までに各自アクションお願いします。
定義が曖昧な部分は持ち帰って整理します」
一拍置いて、付け足す。
「……以上です」
ミュートを押した瞬間、
ダンジョンで持ち帰り箱が出現する。
ミリアが拍手した。
「持ち帰り箱頂きました♡」
「…っ」
ミリアがにこにこしながら、
「現実でも魔王みたい♡」
「だからやめろ!」
画面の端に、新しい通知が出る。
ISSUE-002:ゴブリン巡回怠慢(定例未実施)
直人は額を押さえた。
(俺は……在宅勤務のサラリーマンだぞ)
(なんでダンジョンの運用まで……)
ミリアが、推しキャラの完璧な笑顔で囁く。
「直人さま。お仕事です♡」
「……仕事、増やすな」
「増やしてません。見える化しただけです♡」
直人の胸の奥で、また小さな火が灯る。
Aではない、S評価の快感。褒められる中毒。
そして何より――推しに見られているという、最悪に強い圧。
直人は椅子に深く座り直した。
玉座っぽい背もたれが、妙にフィットするのが腹立たしい。
「……まず、ゴブリンを定義して下さい」
ミリアが、嬉しそうに笑った。
「はい。直人さま」
(第2話に続く)
ダンジョン管理者のやる事は山ほどあるはず。直人の受難は続く。
ここ数話は、直人が「何に巻き込まれたのか」を把握していく段階です。
この先で少しずつ、ただの巻き込まれでは済まなくなっていきます。




