第二章 第7話 B1撤退誘導(デーモンロードの支配)
B1への「来場者」が来る。しかし、今回は直人は管理者として見守る立場。しかし、現場が上手く廻るかは胃が痛む原因。管理者の手腕は?
直人たちは玉座の間から出て、B1の奥の影に隠れる。
B1の空気は、汗と油と松明で濁っていた。
曲がり角の向こうから、足音が来る。四つ。侵入者パーティ。
直人は壁際で息を殺し、UIを開く。
【推奨ルート:ON】
【撤退優先:ON】
【安全基準:仮】
「仮」を見た瞬間、胃がまた重くなる。
(……事故ったら現実に刺さる)
ミリアが隣で囁いた。
「直人さま♡ 不安そう♡」
「不安だ。戦えない」
「はい♡」
直人はB1の“監視”を指で弾く。
文字だけのログが流れる。
【侵入者:4名】
進行:推奨ルートに乗る
反応:罠警戒あり/撤退判断保留
直人は低い声で言った。
「……来る」
そのとき、通路の奥の空気が“沈んだ”。
デーモンロードが“いる”という支配だけが、通路全体に行き渡った。
侵入者側の声が一段落ちる。
「……空気が変わった」
「魔王だ。出てくるぞ」
「いや……見えない。こっちを“見てる”」
直人は背筋が伸びた。
(出ない。出ないのに、統治してる)
次の瞬間、合図も号令もないのに、配置が動いた。
スケルトンが二体。
ゴブリン隊が三。
ワーウルフがニ。
メイジが一。
それぞれが“飛び出さない距離”で、侵入者の進行線だけを切る。
剣士が叫ぶ。
「おい! なんでこんな綺麗に出てくんだ!」
弓手が歯を食いしばる。
「……指揮官がいるだろ。」
魔法使いが短く。
「統制が出来てる」
神官が泣きそう。
「“統制”って、また魔王……」
戦いは始まる。
だが、お互いの致命打が一切ない。
スケルトンは張り付かず、盾になり“進路”だけをずらす。
ゴブリンは刺さず、盾で押し、槍で牽制し、一方向だけ空ける。
ワーウルフは噛まず、吠えて、追撃の気配を匂わせる。
メイジが魔法無効化を使う。
どちらがパーティかわからない統制の取り方。
侵入者たちは戦うが、有効攻撃が通らない。
代わりに相手の攻撃もあまりない。
時間ばかりが過ぎる。
そこに追い打ちでリザードマンが現れる。
長期戦で疲弊していたパーティは、混乱する。
残る選択肢は、ひとつ。
「引く」
剣士が苛立って叫ぶ。
「倒せない! いや倒せるけど、倒すとまずい感じがする!」
弓手が呻く。
「……撤退導線を作られてる」
魔法使いが火球を構えるが、撃てない。
撃てば崩落する位置に誘導されている。
神官が半泣き。
「やだぁ……相手の方が“統制”されてる……」
――その時、通路の奥で“声”がした。
低い。遠い。
どこから響いているか分からない。
「撤退を許可する」
一言だけ。
命令でも挑発でもない。
ただの“決裁”。
侵入者パーティが凍る。
「……今の聞いたか?」
「聞いた」
「魔王だ!引くぞ」
撤退の瞬間、魔獣たちは一斉に圧を落とした。
追わない。背中を斬らない。
ただ、逃げ道の安全だけを確保する。
侵入者パーティは走り去っていく。
松明の光が遠ざかり、やがて消えた。
B1に静けさが戻る。
直人は、ようやく息を吐いた。
「……見事に、撤退させた」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「KPI達成♡」
直人が呟く。
「……Sだな」
通路の奥の圧が、少しだけ戻る。
デーモンロードは姿を見せないまま、淡々と言った。
「雑魚に出るほど、暇ではない」
直人は小さく頷いた。
(……信頼できる。“統治”で勝つタイプだ)
直人は低い声で言う。
「……ありがとう。任せられる」
ミリアが小さく拍手しそうになり、直人の視線で止まる。
「信頼♡」
「定義なしだからな」
玉座の間に戻り、直人はすぐに【階層管理】を開いた。
B2は出来たばかり。未配置。
B3は計画段階。
「次。B3増設」
ミリアが甘い声で言う。
「1日1階層縛り♡」
直人は唇を噛む。
「分かってる。現実のミュート5分を、また資材にする」
直人はクリックし――実行は“保留”にした。
現実で黙るタイミングが要る。
その前に、B2を整える。
直人は【配置】を開く。
B1からB2へ、人員(魔物)を回す必要がある。
B1を空にしたら意味がない。
直人は現実の言葉で言った。
「……転勤希望、募るか」
ミリアが目を丸くする。
「魔物に転勤希望♡」
「言葉は通じる。仕組みにすれば動く」
「直人さま、現実を持ち込みすぎ♡」
「現実でしか管理できない」
直人はデーモンロードを見る。
「B1からB2への“転勤希望”を募れ。優先は――適性と士気」
デーモンロードが即答する。
「了解した。志願制にする」
直人は頷く。
「強制はしない。撤退率が落ちる」
直人は続ける。
「新規雇用も必要だ。フロアボスは俺が面接する。だが、それ以外の雑務――」
「私がやる」
デーモンロードが言い切った。
「候補の目利きも、配置も、教育も」
直人は短く言った。
「任せる」
ミリアが、また露骨に拗ねる。
「推しの出番が減る♡」
直人が即答。
「減らす」
「……は~い♡」
シズクが淡々と割り込む。
「異界の魔王さま。増やす前に、食事です」
直人は疲れた顔で言った。
「……増やす前に食うのか」
「倒れたら復活が延びます」
直人の顔が固まる。
「それ、限定説明じゃわからん」
「必要情報です」
シズクは当然のように椀を差し出した。
戦闘後の配食。補給。回復。
魔界は全部これで回っている気がする。
「回復スープです」
直人は椀を覗く。
今日も、鮮度がある。
動いている。見なかったことにする。
ミリアが囁く。
「戦闘後配食♡」
「軍隊みたいだな」
直人は一口飲む。
熱い。うまい。悔しい。
胃の奥の緊張が、少しだけほどけた。
「……うまい」
シズクが淡々と言う。
「当然です。次は増築です」
直人はため息をついた。
「……次はB3だな」
ミリアが、拗ねたまま言う。
「魔物、増えます♡」
直人は即答する。
「増える」
ミリアが肩を落とす。
「管理、増えます♡」
直人は椀を飲み干して、低い声で言った。
「増える。だから任せる」
デーモンロードが静かに笑う。
「ようやく魔王らしくなってきたな」
直人は睨む。
「俺は管理者だ」
スープの湯気が、しばらくだけ現実を忘れさせた。
でも、UIの端には“増築:+1階層”が待っている。
直人は椀を置き、息を吐く。
「……B3増設、やるか」
ミリアが、少しだけ不満そうに、でも笑った。
「はい♡ 魔王さま♡」
直人はUIを開き、B3増築をコマンドした。
ただの「増築」のはずだ。
ただの・・・
(つづく)
デーモンロードは信頼できる。直人は安心して「本業」?の増築に向かう。安心してのはずだが・・・
次回、直人にとって、思わぬ形で大きな分岐点となる。




