第二章 第3話 訓練(シズク教官)
魔王になり、わからない事だらけの直人。そして、戦えない魔王の直人に容赦無い訓練命令。シズク先生のスパルタが始まる。
直人はコマンド【訓練部屋】を押した。
切り替わった瞬間、空気が変わる。
広い。天井が高い。床は石。
壁際にはクッションみたいな魔法障壁が張られていて、
衝突しても大丈夫な感じがする。
そして何より――
魔物がいる。
スライムが跳ねている。
小型のゴブリンが木剣でチャンバラしている。
どこからか、甲冑みたいな音がして、角のある何かが走り回っている。
そして、遠くで何やらの魔獣が火を吹いている。
直人は固まった。
「……ここ、訓練部屋だよな」
ミリアが即答する。
「はい♡」
「遊んでるけど」
「遊び場でもあります♡」
「兼用は事故る」
「兼用は効率的♡」
「今だけは効率を憎む」
スライムがぷるん、と直人の靴先に当たって跳ね返った。
痛くはない。
でも、“接触”した感触だけが妙にリアルだ。
直人は目を細める。
(現実じゃない。夢でもない。……最悪に現場だ)
「異界の魔王さま。邪魔です」
声が硬い。
その一言で、空気が締まった。
シズクが、壁際に立っていた。
いつもの黒白メイド。武装。無表情。
そして、こちらを見ているのに“歓迎”がない。
直人は一歩だけ下がる。
「……現世にいないのは助かる」
ミリアが横で囁く。
「シズクは異界のみです♡」
直人は頷く。
「良い。家庭内が終わる」
シズクが淡々と告げる。
「異界の魔王さま。確認です。現世で訓練を始めるつもりでしたか」
「いや、今ここだろ」
「正解です。現世で始めたら、床が終わります」
「終わるのは床なのか」
「まず床です。次に家庭です」
直人は口を閉じた。
容赦ないのに、正しい。
シズクは視線を訓練部屋全体に投げる。
「ここは訓練部屋です。同時に、魔物の遊び場です」
「危なくないのか」
「危ないです」
「即答かよ」
「だから訓練します」
ミリアが小声で言う。
「教育♡」
直人が睨む。
「ここでは趣味を出すな」
ミリアが、また露骨に不満な顔になる。
「……はい♡」
直人は、石床を見下ろす。
自分の手袋。自分の靴。自分の角。
全部“機能”。
でも、使い方は分からない。
直人は低い声で言った。
「……最初にやるのは」
シズクが即答する。
「壊さない訓練です」
「やっぱりそこか」
「はい。異界の魔王さまは“力”を得ましたが、“止め方”がありません」
背後でゴブリンが木剣を振り回し、スライムが飛び、何かが壁に激突して弾んだ。
相変わらず火を吹く魔物……
遊び場は賑やかだ。
そして――訓練環境として最悪にちょうどいい。
シズクが一歩前に出る。
武器には触れない。触れないのに、圧がある。
「異界の魔王さま。第一課題」
「……何だ」
「この部屋の魔物を、一匹も泣かせずに止めてください」
直人は固まった。
「止めるって、遊びを?」
「はい」
「泣かせずに?」
「はい」
「それ、戦闘より難しくないか?」
シズクは即答した。
「難しいです。ですので、訓練になります」
ミリアが横で、嬉しそうに囁きかけ――直人の視線で止まる。
ミリアは拗ねた顔のまま、黙った。
直人は息を吐いた。
Lv1。ミュート5分で1日。
数字は最小。
なのに現場は最大に面倒。
直人は、戦闘メイドと遊び場の魔物たちを見回して、静かに言った。
「……分かった。やる」
シズクが一礼する。
「承知しました。では――開始します」
直人は一歩、スライムの方へ出た。
スライムがぷるん、と跳ねる。
直人が手を伸ばすと、スライムが一瞬止まり――次の瞬間、猛ダッシュで逃げた。
「逃げた」
シズクが即答。
「はい。怖いからです」
「俺、何もしてない」
「“しそう”だからです」
「理不尽だな」
「魔物はだいたい理不尽です」
直人は深呼吸する。
やるなら、現実の仕事と同じだ。
相手を怖がらせずに、行動だけ変える。
「……声かけ」
直人は小さく手を上げた。
「止まって。危なくない。怖くないよ……大丈夫」
スライムは止まらない。
逆に速度が上がった。
ぷるるるる、と波打ちながら逃げる。
ミリアが、思い出したように囁く。
「直人さま♡ それ、現実の部下にも効きません♡」
「わかってる」
冷静に考えても、今のは怪しいおじさんの言動・・・
直人は、靴の機能を思い出す。敏捷。
追いつくのは簡単だ。
問題は――追いついた後。
直人が一歩踏み出した瞬間、身体が軽い。
軽すぎる。
石床を蹴った足が、予想より前に出る。
「うわっ」
直人は止まろうとして、逆に滑った。
絨毯がない。石床だ。
足が踊る。
ゴブリンたちが「おっ」と声を上げて見ている。
シズクが淡々と告げる。
「今のは、追跡ではなく突進です」
「言語化されると落ち込むぞ」
「必要です」
直人はやっと止まり、息を吐いた。
追えば怖がられる。
止めれば逃げる。
詰んでる。
そのとき、シズクが一歩前に出た。
武器には触れない。
触れないのに、空気が変わる。
「模範を示します」
シズクは、魔物の遊び場の中央へ歩いていった。
歩き方が自然。
ぶつからない。影を踏まない。目線が優しい……わけではない。
スライムが跳ねる。
ゴブリンが木剣を振る。
角のある何かが突進して――シズクの足元で止まった。
止まった、というより。
止められた。
シズクは、何もしていない。
手も上げていない。
ただ、呼吸を一つ落としただけだ。
魔物たちが、自然に円を作って座る。
遊びが終わる。
誰も泣かない。
でも、逆らえない。
直人の喉が鳴った。
(……何だ今の)
シズクが振り向いた。
「異界の魔王さま」
「……何」
「今のが“止め方”です」
「説明が足りない」
「足りないのが、訓練です」
ミリアが、悔しそうに小声で言う。
「……かっこいい♡」
直人が睨む。
「それ俺が言う感想だ」
シズクは直人の手袋を見る。
怪力。
そして、壊す力。
「第二課題。異界の魔王さまは、触れずに止めてください」
直人は即答する。
「無理」
「無理です。だから課題です」
「魔界も大概ブラックだな」
(第二章 第4話に続く)
どうにもこうにも直人の受難は続きます。さらに次回以降徐々に明かされる魔王の縛り。ミリアの顔が緩みます。
すみません、作者、最近このシズクがお気に入りになってきまして、今後活躍があるのですが、これが手始めということで。あまり贔屓はいかんのですが・・・




