第二章 第4話 死んだらどーなる
シズクの厳しい訓練の最中、直人はまた衝撃の事実を知ることに。魔王は忙しい。
訓練の合間。
シズクは当然のように「休憩」を宣言した。
宣言だけは、優しい。
「補給します」
そう言って、銀のトレーを出す。
湯気。椀。
そして、また“鮮度”。
直人は椀を覗き込んで、無表情で言った。
「……これ、動いてる」
シズクは即答。
「鮮度です」
「鮮度って言葉の概念よ」
ミリアが横から囁く。
「直人さま♡ 魔界は“食べる=制圧”です♡」
直人が眉をひそめ。
「制圧ってそういう概念?」
直人は椀を持ち上げた。
湯気が頬に当たる。
匂いはうまそうだ。悔しい。
一口飲む。
うまい。さらに悔しい。
「……味は普通に良いんだよな」
シズクが淡々と返す。
「当然です。死にたくないので」
直人は止まった。
「ん?」
直人は椀を見つめて、喉の奥で嫌な想像を転がした。
ここは異界。魔王。魔物。
回復スープ(鮮度)。
危険要素しかない。
直人は真顔で聞いた。
「もしこれ食べて死んだら?」
「死にません」
シズクは瞬き一つせずに首を振った。
ミリアがニヤッとする。
「良い質問♡」
直人が睨む。
「良い質問なのか?」
シズクが、事務的に答える。
「異界の魔王さまは、異界の魔王さまです」
「それ答えになってない」
「なります」
直人は椀を置いて、低い声で言う。
「俺が死んだらどうなる」
空気が少しだけ締まる。
ミリアの煽り笑顔が、ほんの少し真面目に寄る。
シズクが淡々と告げた。
「復活します」
直人は眉を寄せる。
「復活?」
「魔界仕様です」
「いつ?」
「いまは短いです」
「短いってどれくらい」
シズクは一拍置いて言った。
「一年」
直人は固まった。
「一年」
「はい。異界の魔王さまはLv1なので」
「一年もいねぇのに“短い”って」
「魔界基準です」
ミリアが小声で付け足す。
「現実の一年じゃないかも♡」
直人が即座に顔を向ける。
「ミュートすれば短い…か」
ミリアは肩をすくめる。
「条件次第♡」
「どういうこと?」
シズクが言い直す。
「異界の魔王さまが“死ぬ”ほどの損害を出すと、現場が一年無人になります」
直人は息を止めた。
ここを1年空ける。
その間に扉が無防備になる。
そしてすぐに計算した。
仮に「ミュート中」に死んだとして、
こちらの1年は、現実では約30時間にしかならないが、
それは――現実の家庭で30時間も居ない。
完全に「行方不明」じゃないか。
仕事もあるが、何より妻と娘が残る。
そして扉の残留。
それらが“無人”になる。
さらに、ミュートが切れると、丸々1年……
「……死ねないな」
シズクは即答。
「はい。死なないでください」
直人は苦笑しそうになって失敗した。
笑えない。
「それは、俺が異界人だからか?」
「いいえ、魔界規定です」
ミリアが、珍しく煽りを抑えた声で言う。
「直人さま♡ だから訓練です♡」
直人は小さく頷いた。
「……分かった」
直人は椀を持ち上げ、飲み干した。
鮮度は最後まで鮮度だった。
目を逸らした。
直人は訓練部屋の魔物たちを見る。
止め方が分からない。
でも、止めないと壊す。
壊してばかりで装備使えなければ、戦えない。
「討伐」され死ぬかもしれない。
死んだら一年いない。
一年いないのは、絶対にダメだ。
直人は唇を噛み、シズクを見る。
「あんた、強すぎる。俺が魔王なのに、俺より強い」
シズクは平然と返す。
「当然です。異界の魔王さまはLv1です」
「そこを殴るな」
「殴っていません。評価です」
直人は息を吐いた。
そして、最も現実的な問いを口にする。
「……どうやったら、レベル上げられる?」
ミリアが、待ってましたとばかりに笑った。
「聞いちゃいましたね♡」
シズクは、武器に手を添えずに答える。
「まず、異界の魔王さまは――」
そこで、訓練部屋の奥で何かが大きく跳ねた。
魔物の炎が他の魔物を焼いたようだ。
遊び場の音が戻る。
会話が寸断される。
直人は拳を握った。
答えが欲しい。
答えがないと、次も事故る。
「続きを」
直人が言うと、シズクは一歩だけ近づいて、淡々と告げた。
「その前に訓練です」
「容赦ないな」
「……少しだけな」
シズクが厳しい眼のまま
「はい。少しだけです。壊すので」
「壊さない」
「確定的未来です」
シズクが淡々と告げる。
「課題。泣かせず止める。三十秒」
「短っ」
「異界の魔王さまの集中が三十秒しか持たないので」
「俺弱」
「評価です」
直人は“触れずに止める”を思い出し、角に意識を向けた。
魔術。出力制御。
やり方は分からない。
でも――“圧”なら分かる。
直人は小さく息を吸って、吐いた。
「……落ち着け」
声じゃない。感覚で。
魔物たちの動きが、ほんの少しだけ鈍る。
スライムの跳ねが低くなる。
ゴブリンの木剣が止まる。
「お」
直人が手応えを感じた、その瞬間。
床の石が、ミシ、と鳴った。
直人は慌てて出力を引っ込めた。
「やばっ」
シズクが即答。
「はい。やばいです」
「床が?」
「床もですし、異界の魔王さまもです」
「俺が危ない?」
ミリアが横で、まだ少し不満げに口を尖らせている。
「夜の雰囲気がないから、乱れるんです♡」
直人は即切る。
「廃止」
ミリアが露骨に拗ねた。
「……は~い♡」
「次回です。異界の魔王さまは、今日はもう壊しそうなので」
「くっ」
ミリアが、ぬるく笑う。
「壊すの得意♡」
「うるさい」
直人はつぶやく
「訓練部屋の賑やかさは救いだな…」
(つづく)
段々紐解かれる呪縛。魔王の仕事はまだ端緒についたばかり。次々と「仕事」が続く。
相変わらずシズクにディスられる直人。よく胃がご丈夫で(笑)




