第19話 封印に向けて
デーモンロードとの勝負に勝ち、条件をクリアした直人。しかし、門の封印はまだできない。デーモンロードを信頼した直人は、まず、雇用で今までと違う意識を持つ。
必要なのは、“任せる”という判断だけだ。
デーモンロードに対して、畏敬の念を抱いた。
今回はホームアドバンテージで勝利した。
だが、俺は“戦った”わけじゃない。杖に勝たせてもらっただけだ。
俺は戦えない。勇者と決戦にでもなれば、ミリアの影に隠れる自信がある。
それに、魔獣たちは「強い者」が好きだ。
「管理」で従うのは本能に反している。
だから――強い者に、任せる。
直人は低い声で言った。
「……お前、フロアボスをやれ」
ミリアがぱっと顔を輝かせる。
「採用♡」
直人が睨む。
「まだ言ってない」
デーモンロードは首を傾げた。
「条件は?」
直人は一拍、迷う。
条件を詰めれば詰めるほど、隙が増える。
定義すればするほど、世界が加速する。
そして何より――直人はもう、条件交渉に時間を使いたくなかった。
だから直人は、最悪に社会人らしい結論を出す。
「定義なしで雇う」
ミリアが息を呑む。
「直人さま……それ、現実でも禁じ手です♡」
「知ってる。だからこそ、効く」
「“職務と禁止”だけは最低限固定し、運用の中身は全部、裁量に投げる
――それが“定義なし”だ」
デーモンロードが微かに笑う。
「面白い。責任だけ押しつける気か」
直人は首を振る。
「責任は俺が持つ。支配はお前が持て」
「……分担か」
「分担だ。現場に必要なのは、それだ」
直人は杖のUIを開いた。
そこに新しい項目が点灯している。
【雇用契約:フロアボス】
職務:第X層 統治(侵入者の抑止/秩序維持)
禁止:現実側干渉/園児への接触
例外:管理者承認(緊急時)
契約形態:定義なし(裁量最大)
直人は“定義なし”を選択した。
画面が一瞬だけ揺れ、契約が固定される。
デーモンロードが言った。
「報酬は?」
直人は即答しなかった。
“名誉とポイントと肉”で済ませるわけにはいかない。
こいつは理解している。支配の価値も、数字の価値も。
直人は現実の言葉を持ち込む。
「インセンティブをつける」
ミリアが嬉しそうに拍手する。
「ボーナス♡」
「黙れ」
直人は淡々と条件を打ち込む。
【インセンティブ(成果報酬)】
KPI①:扉(現実側)への接続確度を“低”に維持
KPI②:侵入者の撤退率を上げる(撃破より撤退推奨)
KPI③:重大インシデント(火災/崩落/園への漏れ)ゼロ
達成報酬:
S:支配権限の拡大
A:配下増員枠増
B:食事改善(※努力賞)
C:反省文、研修
「食事改善」「反省文」それぞれを入力した時、ミリアが吹き出した。
「ドラゴン対策♡」
「直人様、悪魔♡」
直人は無表情で言う。
「悪魔はお前たちだろ。俺は人事だ」
デーモンロードは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと頷く。
「……良い。
貴様は支配を嫌うが、支配の必要性は理解している」
直人は低い声で返す。
「嫌いだから、任せる。俺は管理する」
デーモンロードは笑った。
「ならば私は、ここを“統治”しよう」
笑みが薄いのに、部屋の空気が従った。
杖のUIに、最終確認が出る。
【確認】デーモンロードをフロアボスとして雇用しますか?
直人は一瞬だけ迷って、迷いを捨てた。
定義している暇はない。
現実を守るのが先だ。
「……雇う」
決定。
画面が静かに落ち着く。
迷宮の空気が、ひとつ深く息をした。
ミリアが囁く。
「直人さま、“定義なし”で決めましたね♡」
直人は答える代わりに、ミュート表示を確認した。
現実の時間はまだ動いていない。
動かしてはいけない。
直人は小さく呟く。
「分からないことは、あとでいい」
そして、デーモンロードにだけ言った。
「現実は守れ。幼稚園には触れるな」
デーモンロードは、誓うように頷いた。
「承知した。管理者」
その呼び方が、初めて“信用できる”音に聞こえた。
直人は一度現実へ出る。
門から幼稚園に出てみる。
世界が止まっているように見える。
現実のひなを探す。
砂場で遊んでいる。
熱から回復して、いつもの顔に戻りつつあった。
幼稚園で遊ぶ背中は小さくて、軽い。
直人はそれを見送りながら、ひとつだけ決めていた。
――現実に繋がる門を、閉じる。
これが最後の大仕事だ。
ミュートはON。
通話は繋がったまま。
現実の時間を止めたまま、異界で片を付ける。
直人は再び物置裏の揺らぎへ向かい、結界の格子をくぐった。
迷宮の空気が肺に入る。湿り気と煤の匂い。
ここは現実じゃない。
でも、現実に触ってしまった。
だから、終わらせなければならない。
管理者の杖を開く。
UIはいつも通り、業務ツールみたいな無慈悲さで整っていた。
【管理者の杖:LV3管理者機能】
修繕
形状変更
雇用
監査ログ
……
封印(NEW)
直人の指が止まる。
「……来た」
クリックする。
画面が一段深くなる。
【封印コマンド】
対象:外部接続門(現実側)
効果:接続遮断/結界強化/位置情報消去
発動条件:[封印]
(※条件は封印されています)
直人は目を細めた。
「……ふざけてる?」
ミリアが横で、にやにや笑っている。
「直人さま、条件が“封印”されてますね♡」
「笑うな。最悪のUIだ」
「でも可愛いです♡」
「可愛くない」
直人は、仕事脳で試す。
条件が読めないなら、入力を当てにいく。
申請書を出す
署名する
儀式っぽく杖を振る
『封印』と声に出す
ミュートをON/OFF
“すみません”を言わないよう努力
“持ち帰り”を言わないよう努力(努力目標)
結果:全部ダメ。
【封印】実行不可:条件未達
詳細:条件が封印されています
直人は椅子が欲しくなった。玉座っぽい椅子
この世界は椅子さえ仕事っぽいから困る。
「ミリア。条件は何だ」
ミリアはにっこり。
「直人さま、定義して下さい♡」
「今それを言うな」
「ふふ♡」
ミリアは答えない。
答えず、にやにやしている。
答えないで世界を動かすのが、この女の得意技だ。
直人は杖を握りしめた。
(このままじゃ閉じない)
(閉じないと幼稚園に穴が残る)
(穴が残ると――次は“誰か”が出る)
胃がきしんだ。
(第20話に続く)
門を閉じる鍵が何か?直人は封印に向けて最後の挑戦をする。次回第一章最終回。




