第2話 定義未実施のゴブリンたち(ゴブリン編)
「ダンジョン管理者」になった直人が次にやるのは、剣を振ることじゃない。
仕様の確認と、現場の整理——つまり、仕事だ。
侵入者が来る前に、直人が最初に整えるべきものがある。
ゴブリンそのものじゃない。「ゴブリンの“巡回」だ。
雑魚は雑魚でも、放っておけば“ただの雑魚”。
巡回が曖昧だと、侵入者を見逃す。反応が遅れる。現場がパニックになる。
結果、ダンジョンは理不尽に荒れて——管理者(という名の直人)が胃を壊す。
ミリアは推しの顔で、さらっと言う。
「直人さま、巡回なんて、気分でいいんですよ♡」
直人は静かに首を振った。
気分運用は、炎上する。
だから今日、直人は決める。
このダンジョンに、「当たり前の巡回」を定義する。
直人は“玉座っぽい椅子”の背に、ゆっくり体重を預けた。
妙にフィットする。腹立たしい。
画面右上、ISSUE-002が点滅している。
ISSUE-002:ゴブリン巡回怠慢(定例未実施)
「……巡回怠慢の定義して下さい」
直人が言うと、ミリアは推しの顔で当然のように頷いた。
「定義、承りました♡」
「軽いな」
ミリアが指先を滑らせると、ダンジョン監視映像が切り替わる。
最下層より少し上――“新人研修エリア”みたいな薄暗い通路。
そこに、ゴブリンが三体。槍を壁に立てかけ、床に座って、何かを食べている。
そして――寝ている。
「寝てるね」
「寝てますね」
「巡回は?」
「してませんね」
ミリアが微笑む。煽る目だ。
「直人さま。初日から“現場を動かせない”んですか?」
直人の目が乾く。仕事スイッチが入った。
「現場が動かないのは、動けない理由があるか、動く理由がないかだ」
「かっこいい。S、出そう」
「出さなくていい。まず現状把握」
直人はコンソールの「ゴブリン隊:管理」を開く。
なぜかプロフィールがある。なぜか個体名もある。
ゴブリンA:グブ(勤続3年・現場リーダー)
ゴブリンB:ボゴ(勤続1年・槍担当)
ゴブリンC:ニョ(勤続2ヶ月・新人)
「……勤続年数あるんだ」
「あります♡ 退職もあります♡」
「怖いこと言うな」
直人は、ため息を飲み込んでから言った。
「ミリア。1on1の場を設定」
「はい、魔王さま」
「魔王って言うな」
ミリアが指を鳴らす。
パチン。
すると監視映像のゴブリンたちの頭上に、勝手にUIが浮かぶ。
《1on1 招待:出席必須》
《場所:通路の角(会議室B)》
《議題:巡回の目的と障害》
ゴブリンA――グブが、ぱちっと目を開けた。
やたら“社会人”っぽい反応で、周囲を見回す。
「……おい、通知来たぞ」
「え、また会議? きのうも会議だったじゃん」
「新人、議事録係な」
「えっ、オレ!?」
直人は思わず口を押さえた。
(議事録文化がある……!?)
ミリアが嬉しそうに囁く。
「直人さま、あなたの匂いがします」
「俺じゃない。俺は今日が初日だ」
――ピロン。
現実側のSlackが鳴る。
「佐倉さん、顧客から“また落ちた”って連絡です」
直人は一瞬だけ目を閉じる。
現実もダンジョンも、落ちる。落ちすぎる。
「了解。原因切り分けします」
直人は現実に返信しながら、ダンジョン側の会議を開始する。
二重定例。地獄。
ゴブリン1on1(会議室B:通路の角)
ミリアが会議用の“演出”を足した。
通路の角に、なぜか丸テーブルが出現する。
しかも上に「会議室B」と札が立っている。
「勝手に備品を増やすな」
「雰囲気が大事です♡」
ゴブリンたちが座る。
椅子はないので、床に正座っぽい。
グブが咳払いして言った。
「えー……本日はお忙しい中、お集まりいただき……」
「いや、そっちが忙しくないから集まってるんだよ」
直人が低い声で言うと、グブが背筋を伸ばす。
「はいっ。管理者さま!」
直人は淡々と進める。
「巡回、してない理由を出して」
「えっと……」グブが指を折る。
「疲れる」
「暗い」
「怖い」
「腹減る」
「あと……侵入者、来ないし」
直人は頷いた。正しい情報だ。
そして、容赦なく切る。
「来ないからやらないは、巡回の目的が共有されてない」
ミリアが小声で煽る。
「刺さってますね♡」
直人は続ける。
「巡回の目的を定義する」
ゴブリンBボゴが首を傾げる。
「目的って……歩くことじゃないの?」
「違う。巡回は“異常の早期発見”と“抑止”だ」
ミリアが、わざとらしく感心した声を出す。
「わあ、上司だ♡」
直人は無視して、ホワイトボードを出した。
なぜか通路の壁に“ホワイトボード”が生える。やめてほしい。
直人は書く。
巡回:異常(侵入・罠破損・宝箱盗難・モンスター迷子)の早期発見
抑止:侵入者に“見られている感”を与える
成果指標:異常検知までの時間/未然防止件数/巡回達成率
ゴブリンCニョが手を挙げた。
新人のくせに礼儀だけは良い。
「しつもんです! 抑止って、なにをすれば抑止ですか!」
直人は即答する。
「見えるところを歩く。足音を出す。火を消さない。立ち止まらない」
「なるほど!」
ニョが議事録に必死で書く。
グブが、おそるおそる言った。
「でも、暗いのは本当に暗いです……松明、少ないです」
直人が頷く。
「暗いは“障害”。じゃあ改善する。松明を増やす――ただし」
ミリアが口を挟む。
「侵入者に優しくしすぎると、つまらないですよ?」
「つまらないの定義して」
「……そこ聞いちゃいます?」
「聞く。仕事だから」
ミリアが少しだけ悔しそうに笑った。
推しが悔しがると、直人の承認欲求が危険に揺れる。
直人は冷静を装い、条件を付ける。
「松明は“巡回ルート上だけ”増やす。侵入者の導線全体は照らさない」
「なるほど、怖さは残すんですね♡」
「怖さじゃない。“運用の都合”だ」
グブが感動している。
「管理者さま、すごい……!」
ミリアのUIが勝手に出る。
承認欲求:+12
直人は眉間を押さえた。
「余計な数値を出すな」
ゴブリンが“有能化”しすぎる
直人は次の一手を打つ。
最適化の鉄板――“仕組み化”。
「巡回を“気合”でやるな。仕組みで回す」
ミリアが拍手する。
「そのセリフ、刺さる〜♡」
直人はコンソールに設定を追加する。
巡回ルート:3本(A/B/C)
シフト:2時間ごと交代
チェックポイント:6箇所(通過で自動ログ)
“さぼり検知”:チェックポイント未通過でアラート
インセンティブ:達成で「干し肉」支給
「干し肉……」
ゴブリンたちの目が、露骨に変わった。
動機は大事だ。たいてい腹だ。
グブが立ち上がる。
「よし! やるぞ!」
ボゴも槍を構える。
「干し肉のために!」
ニョが議事録を抱えて叫ぶ。
「巡回、がんばります!」
ミリアが直人に耳打ちする。
「ほら、現場動きました。褒めてあげます?」
「褒めなくていい。結果でいい」
直人は冷たく言ったつもりだった。
だが、ミリアが小さく笑う。
「ドライ〜♡ 最高」
Zoom側の地獄も進行中
――ピコン。
Zoomのチャットが光る。
リーダー:佐倉さん、今週のリリース、巻けます?
営業:顧客が今日中って…
直人:要件を定義して下さい
送ったあと、直人は小さく呻いた。
家でも職場でも異世界でも、同じことを言っている。
ミリアが楽しそうに言う。
「直人さま、三世界同時に“定義”してますね」
「誰が望んだんだ、そんなマルチタスク」
そして“副作用”が出る
仕組みは動き始めた。
ゴブリンたちは巡回し、チェックポイントを通過し、ログが溜まる。
だが――彼らは“学習”した。
グブが言う。
「管理者さま、巡回ログ、週次でまとめました」
「……週次?」
「はい。あと、改善提案もあります」
ボゴが紙束を出す。
なぜか“紙”。
表紙に、達筆で書いてある。
『巡回効率化提案書(第1版)』
直人は嫌な予感を覚えた。
予感は当たる。
ニョが元気に読み上げる。
「提案1! 巡回の成果を見える化するために、毎朝30分の“定例”を実施します!」
「やめろ」
「提案2! 異常対応フローを整備します! 申請→承認→対応→振り返り!」
「やめろ」
「提案3! 罠の設置は安全のため二重チェックにします!」
「……それは、ちょっと良いけど」
ミリアが、口元を押さえて笑っている。
推しが笑う。最悪に可愛い。最悪。
「直人さま。現場が“あなた”になってます」
「俺の悪いところまでコピーするな!」
ゴブリンたちはやる気満々だ。
良いことだ。良いことのはずだ。
だが、直人は思った。
(現場が有能になると、世界は回る)
(でも、会議が増える)
(会議が増えると、世界は遅くなる)
そのとき、ダンジョン側のセンサーが小さく鳴った。
まだ遠い階層。
外周の入口に、微かな反応。
ミリアが指先でログを拡大する。
侵入者反応:あり(小)
種別:不明(※装備が整っている)
**備考:歩き方が“慣れている”】【注意】
ミリアが、嬉しそうに囁いた。
「来ますよ。外の人が」
「……勇者か?」
「まだ“冒険者”です。でも、匂いがします。中ボスの匂い」
直人は一息ついて、ISSUEを切った。
ISSUE-005:侵入者対応フロー(外部・装備良)
目的:被害最小/情報取得/抑止
方針:巡回部隊で観測→段階対応
ミリアが微笑む。煽る目だ。
「直人さま。S、欲しいですよね?」
直人は一瞬だけ黙って、そして言った。
「……まず、Sの定義して」
ミリアが笑った。
それが“開始の合図”みたいに。
(第3話に続く)
ここは変だ。
現実で発した言葉が、なぜかダンジョン側の表示や配置に“影響している気がする”。
ミリアは推しの顔で笑いながら、そんな違和感を平然と「仕様です♡」と言ってくる。
そして、第一陣の侵入者は“勇者”じゃない。
ごく普通の冒険者パーティ。
つまり——運用を試すにはちょうどいい相手だ。
直人は勝つ気も、殺す気もない。
目標はひとつだけ。
「撤退したくなるダンジョン」を、今日から作る。




