第16話 管理者の杖
異界の門を通り、現実と違う世界の「現実」を突き付けられた直人。困惑しながらも、仕事脳が覚醒する。
扉の前で、直人は一度だけ深呼吸した。
現実では幼稚園の朝。スマホは通話中、ミュートはON。
こちらは昨夜の続き――煤、霧、折れた松明、
そして「復旧しろ」と言わんばかりの惨状。
直人は小声で呟く。
「……よし。今日は“修復”だ。現場を戻す」
ミリアが、いつもの極上スマイルで言った。
「修復♡ 直人さま、最高に管理者です♡」
「褒めるな。燃料にするな」
ゴブリン隊が、妙に丁寧に整列して待っていた。
グブが一歩前に出て、頭を下げる。
「管理者さま。昨夜の損耗、報告いたします」
ボゴが板を掲げる。
『損耗一覧(簡易)』
ニョがペンを差し出す。
「確認サインを……」
直人は額を押さえた。
「……まず火消し。サインは後。後だ」
ミリアが囁く。
「“後で”って言うと、持ち帰り箱が増えます♡」
「黙れ!」
直人が足元を見た瞬間――
――ピロン。
空中に、見慣れた通知が出た。
仕事のツールみたいな角丸のウィンドウ。
【システム通知】
新規アイテムが付与されました:『管理者の杖』
付与理由:管理者が“修復”を宣言したため(自動)
備考:直人さま向け最適化
直人は固まる。
「……杖?」
ミリアは嬉しそうに拍手した。
「わあ♡ 管理者権限が、形になりました♡」
直人の手元に、黒い棒が“当然のように”現れた。
装飾過多でもなく、禍々しくもなく――むしろ業務用。
持った感触が、工具に近い。
直人は眉をひそめる。
「これ、武器じゃないな」
ミリアが頷く。
「はい♡ これは“変更権限”です♡」
杖の先端に、淡い光のUIが浮かぶ。
【管理者の杖:LV1機能一覧】
修繕(壁/床/松明/扉)
形状変更(通路/部屋/段差)
ルート定義(推奨ルート更新)
例外:生体(※申請が必要)
直人は低い声で言った。
「最後の“例外”が怖い」
ミリアはにっこり。
「生体はコンプラです♡」
「どこから急にコンプラ持ってきた」
1 現場修繕(ただし“迷宮化”)
直人は杖を床に軽く当てた。
すると、煤けた床が“巻き戻る”ように元の石畳へ戻る。
折れた松明が立ち上がり、火が点く。
ゴブリンたちが、感動したようにざわめく。
「おお……」
「魔王さま……」
「管理者さま……」
直人は言う。
「感動しなくていい。現場は“標準状態”が維持されるのが正しい」
ミリアが囁く。
「その言い方、最高に現場責任者です♡」
「褒めるな」
直人は、次に“扉の前の直線通路”を見た。
昨夜の突破の理由は明確だ。
最終扉までの経路が素直すぎた
直人は杖のUIを開き、短く言う。
「迷宮化する」
ミリアが目を輝かせる。
「迷宮♡ ダンジョンっぽい♡」
直人は、現場の言葉で言い直した。
「……経路冗長化。視線遮断。誤誘導。撤退導線は維持」
杖を振る。
通路が、ゆっくりと折れ曲がった。
壁がせり出し、角が増え、分岐が生まれる。
しかし完全にランダムではない。
“推奨ルート”は残しつつ、侵入者の「最短」を奪う構造。
グブが恐る恐る言う。
「管理者さま……道が、増えました」
「増やした」
ボゴが板に書く。
『道が増えた(管理者が増やした)。迷子が増える可能性(要注意)』
直人は即答した。
「迷子は増やす。ただし死なせない。撤退できる迷子にする」
ミリアが拍手する。
「撤退できる迷子♡ 素敵♡」
「素敵じゃない。合理的だ」
迷宮化の最後に、直人は“扉の見え方”を変えた。
扉そのものは消せない。
なら“見つけにくく”する。
扉の前に、四つの同型の扉を作る。
三つは行き止まり。
一つだけが本物。
ただし、行き止まりにも「持ち帰り箱」や「休憩所」を置き、
侵入者が怒りで暴れないようにする。
ミリアが感心したように言う。
「怒らせない迷宮ですね♡」
直人は低い声で返す。
「怒りは事故る。事故は面倒。面倒は増殖する」
言った直後、直人は自分で嫌になった。
(面倒が増殖ってなんだよ)
2 人手不足(だから“新規雇用”)
修繕と迷宮化は、手段にすぎない。
問題の本体は、現場の戦力と、ボスの設計だ。
ミノタウロスは倒された。
次のフロアボスは空席。
空席は運用上、最悪だ。
直人は杖のUIをもう一度開いた。
そこに新しい項目が増えている。
【管理者の杖:LV2管理者機能】
新規雇用
面接(一次)
オファー提示(待遇)
試用期間(※地獄)
直人は嫌な予感しかしない。
「……面接?」
ミリアがにっこり。
「はい♡ 手が足りないなら採用です♡」
「世界観が急に求人サイトなんだよ」
仕方なく、直人は一次面接を起動した。
空間に“会議室”が出現する。
石の机、石の椅子、石のホワイトボード。
妙に清潔で、妙に圧がある。
UIに「候補」が表示されている。
Sランクが複数出てる。
直人はとにかくSを何体か選択する。
どうやらこれで「本人」に連絡が行くらしい。
ホワイトボードに文字が浮かぶ。
【フロアボス採用面接(一次)】
募集職種:フロアボス(常駐)
勤務地:第X層
勤務形態:シフト制(夜多め)
給与:名誉、昇進ポイント、時々肉
福利厚生:迷宮休憩室、配下あり
直人は言った。
「給与欄ふざけるな。昇進ポイントってなんだ」
ミリアが即答する。
「次フロアーボス昇進ポイント制です♡」
「会員制クラブか」
次回、「面接」が始まる。
(第17話に続く)
フロアボスの面接に挑むことになった直人。どのような「候補」が来るのか?門を閉じる為の管理者としての大仕事が始まる。




