第15話 扉の向こうは、昨日の続きだった
遂に門をくぐることになる直人。現実と異界の接続を困惑しながら確かめる。
”ミリア先生”の案内で”門”をくぐる。
通り抜ける瞬間、頭の中に何かが入ってくるような感覚が襲う。
言葉にするなら――違和感。気持ち悪いのに、拒めない。
一歩踏み出すと空気が変わった。湿り気。土と煤の匂い。音が遠い。
そして隣のミリアが、もう“先生”ではなかった。
見慣れた異世界の衣装。青いダイヤのネックレス。
脳が勝手に「いつものミリアだ」と認識を固定しようとしてくる。――気味が悪い。
ここは現代のどこかの地下か? それとも本当に異世界か?
俺はトラックにも轢かれてない。刺されてもいない。
リモート会議して、妻と娘と普通に暮らして、ひなが熱を出しただけだ。
なのに、目の前はゲームや漫画で見慣れた“ダンジョン”だった。
全ては”普通”だったのに、どうして?
考えても答えは出ない。
現実の空気があり、踏みしめる硬い岩の道の感触がある。
「ミリア」と実際に会話をしている。
一瞬、ミリアに触れて確かめようとする。
「推しと握手……」
やめろ。何を考えている。俺は混乱している。
そんな事を考えていたら、
松明だけでは見づらい濡れた地面で滑り、転倒してしまった。
肘から落ちてしまい、痛い、服も汚れたようだ。
痛みがある。現実の感触がある。余計に困惑する。
やはり、ここは「画面の中」などではない。
ゴブリンが、数匹。
煤だらけで、座り込んでいた。
そのうちの一匹が、直人を見るなり立ち上がり、妙に丁寧に頭を下げた。
「管理者さま。お戻りでございますか」
グブだ。
直人は言葉が詰まる。
(戻った、という扱いなんだな)
ミリアが横で言う。
「昨日の夜、たいへんでした♡」
直人は睨む。
「他人事みたいに言うな。お前のせいでもあるだろ」
「直人さまが“放置”したので♡」
「言い方!」
ミリアの案内で、とりあえず最終戦闘が行われた場所、
ミノタウロスの部屋に向かう。
いくつかの曲がり角を過ぎ、
真っ暗な通路をミリアの持つ松明を頼りに進み、大きな部屋に着く。
直人は目の前の壁を見る。
そこには、角の跡が残っていた。
ミノタウロスの角。
何度も突き立てられた痕跡。
昨日ログで見た“惨状”の、実物。
通路の壁は煤け、松明は倒れ、霧がまだ残っている。
床には、戦闘の跡――いや、“作業の跡”がある。
床の先には、赤い印。
血ではない。
“扉の解放”を示す、光の残滓みたいなもの。
そして――扉。
今来た方向に開いている
昨日はログにしかなかったものが、いま目の前で口を開けている。
通路の奥が、暗い。
暗さが、夜の色ではない。
“次の階層”の暗さだ。
直人の喉が鳴る。
「……ここを突破された」
ミリアが嬉しそうに言う。
「はい♡ だから現実に出られました♡」
直人は低い声。
「出るな。戻れ」
ミリアはにっこり。
「戻りません♡ だって直人さま、必要ですから♡」
直人はふと、気づく。
――時間。
現実の通話は、まだ繋がっている。ミュートはON。
何故か通信は繋がっているようだ。
どういう仕組みだ?
考えるのは後だ。
耳の奥で、無音が続く。
ここの時間が進んでも、向こうではほんの数分のはず。
その“差”を使って、片付ける。
直人は唇を噛み、扉へ視線を固定した。
「……まずは現場の復旧。次に侵入経路の塞ぎ。最後に扉の再封印」
ミリアが楽しそうに拍手する。
「直人さま、仕事モードです♡」
「褒めるな。仕事じゃない」
直人はもう一度、ミュート表示を再確認した。
現実で黙る。
異界で動く。
そして、扉の前に立つ。
そのとき、背後のゴブリンが小声で言った。
「管理者さま……外の世界、怖いです」
直人は一瞬だけ息を止めた。
外の世界。
――現実。
直人は答えなかった。
答えられなかった。
ミリアが、耳元で囁く。
「直人さま。昨日より、もっと大事な定義が必要です♡」
直人は低い声で返す。
「……何だ」
ミリアは笑った。
「“現実の安全”の定義です♡」
喉が渇く。
「どうすれば扉を閉じられるんだ?」
「うふっ♡」
「まあいい。今は修復が優先だ」
直人の背中に、冷たい汗が浮かんだ。
扉の向こうから、何かが動く音がした。
昨日の戦いの残り香が、まだ生きている。
直人は、ミュートを解除しないまま言った。
「……行くぞ。取り返す」
ミリア先生――いや、ミリアが、当たり前のように並ぶ。
「はい♡ 魔王さま♡」
現実の幼稚園の朝は、まだ続いている。
その裏で、直人は異界の夜を片付けに入った。
そして、誰にも気づかれないまま、
現実の隅に開いた“入口”は、少しだけ広がっていた。
(第16話に続く)
とにかく門を閉じたい直人。それにはまだ道のりがあるようで。
いきなり異世界に飛び込むのはゲームや漫画の世界。現実に「願望」はあっても、転生している方はいないでしょうねえ・・・




