第四世界へようこそ
第四世界の第三階層。
グレイスが住むグリュンデール王国のローゼンシュタイン辺境伯領。
そして、ここはグレイスの屋敷。
しゅわん!
突然、食堂の一角で光が広がり、光の扉が現れた。
「もぐもぐもぐ」
食事をしているグレイスは、それを見て、何が起こったのかはわかっているが、口の中のものを咀嚼することを止めたりしない。
止めるほどの大事ではないのだ。
そして、グレイスの想像通りのことが起こる。
光の扉から、陽がまるで親友の部屋に遊びに来たかのように、グレイスに声をかけた。
右手を上げて。
「やあ、りょーちゃん」
「ごっくん」
グレイスが、果実酒を一口飲み、口を拭く。
実際には、このように侵入者があった状況であれば、グレイスの妻達は警戒態勢をとるはずだが、妻達もやってきた者が無害な、いや、どうとでもなる相手とだんまりを決め込んだ。
そもそも、この屋敷の食堂まで侵入者が入ることなどない。
侵入できるのは神や天使だけだ。
「えっと、よーちゃん、なに? このタイミング。食事中なんだけど」
「申しあけありません、グレイス様。お食事中に」
陽の後ろから出てきたあずさが頭を下げた。
「あずあず、どうせよーちゃんが時間も気にせず転移したんでしょ、思い付きと言うか、考えなしに」
「はい、そのとおりです」
グレイスの二十人の妻から冷たい視線を浴びせられ、いたたまれないあずさ。
この状況で彼女らを相手にどうのこうのできるわけもない。
グレイスの妻達は皆、自分と同じ天使なのだ。
特に、シャルロッテはこの世界の首席天使長。
つまり自分と同格。
一対多でかなうわけもない。
「あずにゃん、僕を売るのかい?」
陽はあずさに抗議する。
少しは言い返してくれたっていいだろうに、と。
「えっと、事実です。何も考えずに転移しましたよね?」
「あずにゃんだって、扉を開いたじゃないか」
グレイス達を放置して罪をなすり付け合う陽とあずさ。
邪魔者は早くかたづけたいグレイスが二人に声をかけた。
「……えっと、痴話げんかはその辺にして」
「「痴話げんか……」」
陽もあずさも言い争いをやめグレイスに視線を向けた。
特にあずさは顔を赤くして。
「一体何の用? まあ、後ろにいる、いる? 二つの魂を見れば、なんとなくわかるけど」
「そうだった。りょーちゃんにお願いがあって来たんだ」
「だろうね。そうじゃなきゃ来ないよね」
「そんなつれないこと言わないでよ。僕ら友達じゃないか……」
「いや、先を」
つれなく否定するグレイス。
「ちぇっ。でね。この二人なんだけど、りょーちゃんの世界でアイドルにして欲しい」
「アイドル?」
グレイスはシャルロッテとリーゼロッテに視線を送る。
二人は、肩をすぼめるだけだ。
ちなみに、美鈴はアイドルになりたいとは言っていない。
「うん。条件付きのアイドル。だからこの世界なんだけど」
「……言ってみなよ、その条件」
「それはね、う〇こをしない」
「「「「「ブフー!」」」」」
食事中である。
「「……」」
グレイスとその妻達が噴き出した。
そして、ナプキンを使って口を拭く。
特にれーちゃんは口に日本酒を含んでいた。
レーナと美鈴は、第四番世界の言葉を理解できていないので、何が起こったかわかっていない。
言葉を理解していても魂なので表情はわからないが、内容を理解した時には確実にほほを染めているであろう。
「よーちゃん、気持ちはわからなくもない。アイドルはう〇こをしないとか、よごれないとか、飲んだくれないとか、いろいろイメージがあるだろうさ。だけど、それってどうなの? 人間やめてるよ?」
「りょーちゃん、よく考えてみなよ。りょーちゃんの周りにはう〇こをしない人が、いや人じゃないけど、そんなアイドルがいるでしょ?」
グレイスは妻達に視線を送る。
ちなみに、妻達は全員が天使だが、一部を除いて生物的体を持っており、う〇こをする。
「しゃ、シャル?」
バチン!
シャルロッテがグレイスのほほを思いっきりはたいた。
「旦那様、なんてことを言うんですか! なんで私に振るんですか!」
「まだ何も言ってないけど」
「そんな内容の会話の時に、私に振らないでください。私にだって、イメージというものがあります!」
シャルロッテが赤くしたほほを膨らませた。
「ご、ごめん」
グレイスはひとまずシャルロッテに謝って、再び見回す。
三人を除いて妻達は顔をそむけた。
グレイスは気づいた。
「精霊かー」
「そうそう。よかった。気づいてくれて。君の奥さんのれーちゃんとドライアちゃんとディーネちゃんは、ロッテロッテのバックダンサーもしてるよね。ほら。う〇こをしないアイドルじゃないか」
「おい、そこのピンク、さっきからう〇こ、う〇ことうるさい。食事中だ!」
れーちゃんが陽に対してクレームを入れる。
せっかく口に含んだ日本酒を吹き出してしまったのだ。
文句の一つも言ってやりたい。
それに、あまりの出来事に、すべての妻がすでにカトラリーを置いており、メイド達が皿を下げつつある。
すでに食事を続ける雰囲気ではない。
「ご、ごめん、れーちゃん。僕らはもう行くからさ、それじゃね」
しゅわん!
陽とあずさは光の扉に飛び込んで転移し、第二百七十四番世界へと帰って行った。




