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未だ夢の途中

 陽が目を見開いた。

 見に行った。

 フェアリー・キスのコンサートはすべて見に行った。

 広い会場のS席だったこともあれば、二階のA席だったこともある。

 なのに、この子は僕のことを見てくれていたのか、覚えていてくれたのか!


「ピンクの髪で、私のイラストの法被を着てくれて、ピンクのペンライトを持って……いつも応援してくれてありがとう。ごめん。私、死んじゃったみたいだけど」


 感動に打ち震える陽。

 レーナに対してまくしたてるように話かける。


「レーナちゃん、僕を見てくれていたの? 見つけてくれていたの? 覚えていてくれたの?」


 その様子に、あずさはジト目だ。

 だが、陽は必死だ。

 推しているアイドルが自分を見てくれて、認識してくれていたのだ。

 こんなに嬉しいことは無い。


「はい。もちろんです。私、全員と目を合わせるようにいつも会場全体を見てましたから」

「あ、ありがとう、ありがとうレーナちゃん」


 涙目になる陽。

 だが、このままでは話が進まなくなる。

 一人冷静にその感動的なやり取りを見ていたあずさが、一歩前に出て言う。

 まるで、かけていない眼鏡をくいっとするしぐさを幻視させるかのように。


「話の腰を折って申し訳ありません。先に今後の話をさせてください」


 あずさは二人に視線を送る。


「お二人は、この後、魂のクリーニングを受けていただき、輪廻の輪に入ってもらいます」

「どういうことです?」


 間髪入れない美鈴の質問に答えるあずさ。


「普通に何かに生まれ変わるだけです。もちろん、記憶はなくなります。普通の赤子と同じです。人に生まれ変わるとは限りませんけど」

「「……」」


 固まる二人。

 それはそうだ。

 記憶もないうえ、人に生まれ変わるわけでもないと言われれば、不安にもなる。

 しかし、声を上げる男がいる。


「あずにゃん、なんてことを言うんだ。僕は、レーナちゃんの希望を叶える。レーナちゃんの夢の手伝いをする。レーナちゃんのためならできることは何でもする!」


 あずさが口を開けたまま固まる。

 何を言っているんだこの男は、と。

 あずさたち天使の仕事は魂の管理、輪廻させることであって、神のわがままを聞くことではない。


「では、レーナを生き返らせてください!」


 美鈴も急くように言う。

 だが、現実は非情だ。

 陽は美鈴の要望を否定する。

 死体に魂を戻すことは、さすがの陽でもできない。


「それはできない。あずにゃんがさっき言った通りだ。申し訳ないけど」


 陽が頭を下げた。

 陽もあずさに文句を言ったが、全面的にあずさが正しい。


「私、アイドルになりたい。世界一のアイドルになるのが夢だったの。それを叶える途中だったの。だから、アイドルになれるように生まれ変わらせてほしい」


 その話の流れであっても、レーナは自分の望みを告げる。


「よし、叶えられるように、転生させよう。僕の名に誓って」


 レーナに直接希望を言われ、陽はあっさりと転生させると言い切った。


「……」


 あずさは再びジト目を陽に送る。

 それでいいのか? と。

 陽はレーナに確認する。


「ただし、アイドルになるための努力はしてもらう」

「もちろんです。私、そのための努力は惜しみません」

「生まれ変われる場所も選べない」

「はい。どこであろうと頑張ります」


 そう、レーナは才能があった。

 歌もダンスの表現も。

 だが、アイドルにまでなったのは、ひとえにレーナの努力のたまものである。

 美鈴はそれを知っている。

 だから、どこに生まれ変わろうとも、レーナはきっとトップアイドルになれる。


「お願いします。レーナが夢を叶えられるように、お願いします」


 美鈴も陽に懇願した。


「わかった。他にはあるかい」


 レーナが転生することが決まった。

 あずさもやれやれと、陽のやることと、あきらめた。

 それ以上に希望があるかどうかわからないが、一応陽はレーナに聞いてみる。


「あの、希望がかなうならお願いがあります」


 陽が身構える。

 美鈴も、あずさも。

 レーナがなんて言いうのか。

 転生以上に何を要望するのか。


「アイドルは、う〇こしません。だから、トイレに行かなくていい、そんな体にしてください!」

「「「……」」」


 三人が固まる。

 レーナが言った。

 『う〇こ』と。

 アイドルのレーナが。

 その三文字の単語は、決してアイドルが発していいものではない。

 沈黙が流れる。

 最初に我に返った美鈴が言う。


「レーナ、それ、人間じゃないから。動物でもないから。一体何になるつもり? 植物?」


 次いで我に返ったあずさが陽の脇腹をつつく。


「はっ! えっと、なんだっけ。トイレに行く必要がない体?」


 陽は要領を得ないように確認を取る。

 えっと、憧れのレーナがなんて言った? と。

 脳内パニックを起こしている陽に、あずさが言う。


「こ、の、世界に、そんな人間はいません。そんなアイドルはいません」


『この世界に』を強調して。

 陽は、あずさの言わんとしていることに気づき、あずさの目を見る。

 陽の視線に気づいたあずさが頷きを返す。

 面倒くさいことは押し付けようと。

 陽はレーナがアイドルになれるのであれば、どこであろうと見に行くし、そうなるまで見守るつもりだ。

 たとえ、自分の管理外であっても。


「わかった。レーナちゃん。君の望みをかなえよう」


 陽は、レーナに向かってもう一度、そう言い切った。


「ところで、美鈴。君はどうする?」


 そういえば、レーナを転生させるという話はしたが、美鈴の話はしていない。

 美鈴の要求もレーナを生き返らせることだったのだ。


「え? 私?」


 戸惑う美鈴にレーナが懇願する。


「美鈴さん、一緒にいてほしい。美鈴さんがいてくれたから私やってこられた。だから、これからも美鈴さんがいてくれたら、どんなに心強いか。ね、美鈴さん。お願い、一緒に来て!」


 そのレーナのお願いに、美鈴は決める。

 レーナ夢がまだ道半ばなら、美鈴の夢もまだ道半ばなのだ。

 自分の夢を叶えられる可能性があるのなら!


「私のお願いを聞いてくださるのであれば、レーナと一緒にいさせてください。私は、レーナが世界一のアイドルになるその時を、真横で見ていたい」


 陽は頷く。


「わかった。二人の願いを叶えよう」


 陽は、立ちあがった。


「二人とも、ついて来て」


 陽は、カウンセリングルームの奥側のドアを開く。


「あずにゃん、お願い」

「わかりました」


 あずさは、ドアのむこう側に、光の扉を顕現させる。


「二人とも、行くよ」


 陽とあずさはその光の扉の中へと歩いて行った。


「「……」」


 レーナと美鈴は一瞬戸惑う。

 しかし、おいて行かれるわけにはいかない。

 先に行った二人は、私達の願いをかなえてくれると言った。


「美鈴さん、行こう!」

「うん。レーナ!」


 二人は、光の扉に飛び込んだ。



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