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第28話

縁側に座ってぼんやりと満月を眺める。あの日以来、鬼面さんとは会っていない。その代わりに彼岸さんがベッタリと甘えてくるようになった。


「迷者、何を考えているんだ?」


鱗妖(りんよう)さんは……どんな方なんですか」


考えるのはいつだって真理ちゃんのこと。もし本当に真理ちゃんがいるなら、私はどこへだって行くつもりだ。


「鱗妖……生牢(せいろう)地区の代表だ。この昏迷の国は三つの地区に別れている。あの男はその内の一つ、生牢地区の王だ」


「生牢地区の王様……本当に真理ちゃんは彼の所にいるのかな」


膝の上に座っている彼岸さんを抱き締める。鬼面さんと違って、彼岸さんは無臭だから安心できた。


「会いたいな……」


「やめておけ。あの男は眼帯と繋がっていた。ろくな事にならん」


彼岸さんの言うことは正しいと思う。それでも、一度あの子に会ってしまったら、もう気持ちが抑えられない。あの真理ちゃんは眼帯さんが作った偽物だったけれど、彼女の微笑みが頭から離れなくなっていた。


「会いたい……会いたいよ……」


滲んでくる涙を拭っていると、彼岸さんが慌てて声を上げた。


「待て……泣くな。俺はあんたの涙には弱いんだ」


「彼岸さん……」


彼岸さんは私の膝から降りて、苦々しく告げる。


「あんたがどうしてもと言うなら、鱗妖の所へ連れて行っても良い」


「え……本当に……?」


一筋の光のような彼の言葉。私は縋るように、彼の両肩を掴んだ。何度も彼岸さんに聞き返す。


「本当に連れて行ってくれるんですか」


「ああ、どうしてもと言うならな」


彼岸さんは心底嫌そうに頷く。私は彼を思いっきり抱きしめて感謝を伝えた。


「彼岸さん、ありがとうございます」


「ああ……」


彼は少し嬉しそうに、抱き締め返してくれた。



真っ赤なフードを被って、半妖さんになれる薬を飲む。鬼面さんは今日は屋敷にいない。私は息を吐き出しながら、彼岸さんと手を繋いで屋敷を出ていく。


「鬼面さん、今日は留守なんですね」


「ああ、三地区会議に出席しているはずだ。ここ義罪地区の王は羅黒だが、最近は鬼面が羅黒の代わりに出席している」


鬼面さんの名前を聞くと胸が痛くなる。彼を裏切っているようで辛かった。


不安が押し寄せてくる。もし真理ちゃんが偽物だったら、どうすれば良いんだろう。半妖さんだらけの場所で、私は生きていけるだろうか。


「迷者、今の俺はハッキリ言って弱い。だが、そこら辺の雑魚どもに負けるほど落ちぶれてはいない。いざとなれば、あんたを守るために自分の命だって差し出してやる」


「彼岸さん……」


「だから……安心しろ……」


彼岸さんは私の手を強く握りしめる。その手を握り返せば、心が落ち着いていくのを感じた。



半妖さんになれる薬は一時間しか持たない。道中で何度も薬を飲みながら、生牢地区へと向かう。


やがてたどり着いたのは、巨大な森の奥深くにある街。鱗妖さんが治める生牢地区。十メートルはありそうな巨大な木々に囲まれた街は、静かで落ち着いた雰囲気を漂わせていた。


「大きい木ですね。それに凄く静かです」


「油断するな。何が起きるか分からん」


彼岸さんに手を引かれて歩く。彼は警戒しながら、周囲を睨みつけている。


ふと、前方で手を振っている人影が見えた。あの姿は、白骨くんだ。


「彼岸さん、知り合いの白骨くんです。少し話してもいいですか?」


「分かった。敵か味方か分からん。気をつけろ」


警戒心の強い彼岸さんは、白骨くんを警戒しているようだった。白骨くんは手を振りながら、私に近づいてくる。


「お久しぶりですね、マヨイ様! 鱗妖様に屋敷へ案内するように仰せつかりました。ご案内いたします」


白骨くんはにこにこと笑いながら、背を向けて歩き始めた。私は彼岸さんに目配せをして、彼について行く。


「ねえ、白骨くん。鱗妖さんってどんな半妖さんなの?」


「鱗妖様は父君である前王様を圧倒的な力で殺し、この地区の王になられた方です。もちろん凄いのは、力だけではありません。生牢地区の半妖たちをまとめあげて従わせるほどの王として指導力。あの方ほどの王はおりません」


白骨くんは興奮したように、次々に鱗妖さんへの褒め言葉を並べていく。隣を歩く白骨くんの顔を見ると、瞳をキラキラと輝かせていた。


「鱗妖さんの所に迷者がいるって言うのは本当なの?」


「ええ、本当ですよ。僕も一度だけ見たことがありますが、綺麗な目をした方でした。瞳が片方ずつ色が違うんです」


白骨くんの言葉に息を飲む。やっぱり、真理ちゃんはいるんだ。もう一度、あの子に会える。上がりそうな口角を誤魔化すように、私は口元に手を当てた。


「そうだ! 言い忘れていました。マヨイ様、もうお薬を飲む必要はありません。この地区の者たちは、鱗妖様のご命令でマヨイ様には指一本触れませんので」


「そ、そうなんですね……」


さらりと言われた言葉に、安心よりも恐怖が先に来る。何だか徹底的な支配の香りを感じ取った。

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