第27話
少し肌寒い。手足は涼しくて、首筋だけが異様に熱を持っている。
「んぅ……」
息を漏らせば、鎖骨の辺りに湿ったものが這う。少しずつ覚醒していくと、私は瞬きを繰り返した。
「起きたか……」
「鬼面さん……?」
お面を外した鬼面さんが私の顔を覗き込んでいる。私は布団の上で鬼面さんに押し倒されていた。私は、まじまじと彼の顔を見つめる。やっぱりかっこいいなぁ。
「迷者、俺のものになれ」
「え……」
鬼面さんに言われた言葉を飲み込んでいく。今のは告白なのだろうか。
「好きだ。お前が欲しい」
「ま、待ってください!」
近づいてくる唇を手で塞ぐ。彼はその手を容赦なく引き剥がして、私の唇を奪いにきた。
「んっ!」
強引で荒々しいキスに戸惑ってしまう。困惑する私を置き去りにして、鬼面さんは私の太ももを撫でた。
「ぃや……っ……」
必死に押し返そうとしても、彼の体は動かない。私は逞しくて硬い胸板を必死に押し続けた。
足の付け根を触られて体が跳ねる。ふわりと香る花の匂いで、眼帯さんを思い出して体が震え始めた。
唇が離れて、鬼面さんの冷たい眼差しが降り注ぐ。
「今……誰を思い出した……」
「ひっ……」
地の底を這うような低い声に、恐怖が煽られて涙が滲む。鬼面さんは私の涙を見て、目を見開いた。
「っ……悪かった……泣くな」
「う、ひっく……ぐす……」
溢れ出る涙を、鬼面さんはやさしく拭っていく。額にキスを落とされて、大きな手のひらで頭を撫でられる。
「俺のものになると言え。生涯、大切にしてやる」
「鬼面さん……私、真理ちゃんに……」
最後まで言う前に、キスで口を塞がれてしまった。息継ぎの暇も与えないほどに、情熱的なキスが繰り返される。
「俺のものだ……どこにも行かせん」
眼帯さんに付けられたキスの痕を執拗に吸われていく。上書きするみたいに強く吸い付かれて、その度に甘い吐息がもれた。
「ひゃ……うぁ……」
「迷者、今からお前を抱く。俺を拒絶するな」
鬼面さんの唇が私の体中に痕を残していく。すっかりはだけてしまった着物はもはや体を隠してはいない。
「いや、待って、鬼面さん!」
「待たぬ。他の男に奪われる前に、俺がこの手で穢す」
鬼面さんの声は本気だった。鬼面さんは本気で私を犯す気だ。かつてないほどの恐怖と絶望に襲われる。今までずっと私を守ってくれていた手が、私の体を汚そうとしている。その事実に、呼吸の仕方を忘れてしまった。
「あ、ひゅ、ひゅ、は……」
「っ……」
息を荒らげていると、鬼面さんが飛び起きた。私の頬を両手で包み込むと、青ざめた顔で口を開く。
「迷者っ……落ち着け」
「ヒュー、ヒュー、」
今にも死にそうな気分だった。誰よりも信頼していたのに。大好きだったのに。私は心も体もボロボロだった。
私よりも苦しげな顔で鬼面さんは謝る。
「すまない……もうしない」
「けほっ、けほっ……」
ゆっくりと呼吸を整えていく。鬼面さんに抱きしめられて、そっと背中に手を伸ばした。
呼吸を荒らげたせいで喉が痛い。でも、それ以上に私の心はズタズタに引き裂かれていた。
「っ……真理ちゃん……」
あの子に会いたい。もう、半妖さんたちに身勝手に振り回されたくないよ。
真理ちゃんの名前を呼べば、鬼面さんの手に力が加わる。
「離してください……」
「分かった……」
鬼面さんはゆっくりと体を起こす。私は彼の下から出て、着物を整えた。
「しばらく、私に近づかないでください」
「迷者っ」
背を向ければ、強引に引き寄せられる。私は無我夢中で、身を捩って逃げようとした。
「いやっ……離して!」
「迷者、愛している」
もがけばもがくほどに、鬼面さんの腕の力は強くなっていく。涙で滲む視界に、彼につけられた腕の痣が見えた。
「はなして……」
怖くて震えながら、弱々しく言い放つ。それでも、鬼面さんは離してくれない。
「愛している……」
鬼面さんの愛の言葉は、呪いのように私の心に絡みついてきた。ボロボロと涙を流し続けていた。
その瞬間――
障子が勢いよく開かれた。
「何をしてるのかな、鬼面」
救急箱を持った包帯さんが、侮蔑の眼差しを鬼面さんに向けている。私は縋るように、包帯さんに手を伸ばした。
「包帯さんっ」
「大丈夫だよ、迷者ちゃん」
包帯さんは私の手を取って、鬼面さんに冷たく言い放つ。
「迷者ちゃんが怯えているよ。その腕を離してあげなよ」
「…………」
鬼面さんは無言で私を離す。その瞬間、私は包帯さんに抱きついた。先程の襲われかけた恐怖が戻ってくる。包帯さんは私の手を引いて抱き寄せてくれた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
泣きじゃくる私の背中を、彼はあやす様に撫でてくれている。
「ほら、布団の上に座って。腕の痣を見せてごらん」
包帯さんに促されて、その場に座り込む。彼は手早く薬を取り出して、私の腕に塗ってくれた。
「可哀想に。こんなに酷い痣をつけられて……」
包帯を巻きながら、彼は悲しげに呟いた。
「迷者……」
俯いて黙り込む私の隣に鬼面さんが座る。彼に肩を抱き寄せられて、ビクリと体が跳ねた。
「悪かった。しばらくお前とは距離を置く」
そう言って、鬼面さんは私を抱き締める。
「今だけは、抱き締めさせてくれ……」
泣き出しそうな声で、彼はポツリと呟いた。




