第21話
最近、鬼面さんからのスキンシップが多い。今だって、彼に抱き締められながら本を読んでいる。膝の上に座らされて、髪に触られていた。正直、緊張しすぎて本の内容が頭に入らない。
あの告白された日から、明らかに鬼面さんの態度が変わった。髪を撫でていた手が首元に移動する。顎のラインを指先が滑っていく。
「んっ……」
感触を確かめるように、人差し指で唇をなぞられた。逃げようとした腰を、しっかりと片手で押さえられてしまう。恥ずかしいを通り越して、なんだか腹が立つ。私ばかり振り回されて、ドキドキさせられてズルい。
意趣返しのつもりで、私は鬼面さんの指を甘噛みした。彼の指を、唇で軽くついばむ。
「っ……」
背後で息を飲む音が聞こえてきた。勝利を確信した私は、振り返って鬼面さんに抱きつく。
「んふふ、びっくりしましたか?」
ピクリとも動かない鬼面さんに首を傾げる。少しやり過ぎてしまっただろうか。
「鬼面さん……?」
「ふぅ……」
彼はゆっくりと息を吐き出して、私をそっと抱き締めてくれた。本を抱えながら、鬼面さんに体を預ける。
不意に、鬼面さんの肩がピクリと跳ねた。
彼は私の体を押して、立ち上がる。すぐ側にあった刀を手に持って、障子を開けて廊下に出た。
「何だろう……」
何だか、とても嫌な予感がした。私は迷わず、鬼面さんの後を着いて行く。
廊下を歩いた先には、倒れた見知らぬ半妖さんと腕を振る彼岸さんがいた。
「彼岸さん!?」
「迷者、褒めてくれ。刺客を倒したぞ!」
二本の角が額から生えた半妖さんは白目を向いて倒れている。彼岸さんは誇らしげに私の方へ這いずってきた。
「どうやって倒したんですか?」
「それは秘密だ」
にこにこと笑う彼岸さんは、一瞬だけ怪しく瞳を光らせる。鬼面さんの方を見ると、彼は半妖さんの頭を掴んで引きずっていた。
「彼岸、迷者の傍で守れ」
「ふんっ、貴様に言われずとも守る」
鬼面さんはそう言って、角の生えた半妖さんを引きずりながら、どこかへ向かっていった。
「眼帯も必死だな。あの程度の雑魚を送り込んでくるとは滑稽だ」
「さっきの半妖さんは、私を狙っていたんですか?」
「そうだ。あのドブ医者め。俺の迷者を狙うとは許せぬ」
彼岸さんは私の足元で、暴言を吐き捨てる。私は一気に顔が青ざめていくのを感じた。思わず、首元を手で擦る。首筋を這う、眼帯さんの舌の感触を思い出してしまった。
そのとき、鈴の音が聞こえてきた。
懐かしい鈴の音。親友とお揃いで買った鈴の音だ。私は目を見開く。
リィン――
今度はハッキリと聞こえた。私は鈴の音の方へ無我夢中で走り出す。
「迷者っ!!」
彼岸さんに呼び止められたけれど、私の足は止まらない。ただ必死に走り続ける。涙を拭いながら、もつれる足を動かした。
玄関を開けた先に――
彼女はいた。
焦げ茶色の長い髪。澄んだ青色と灰色がかった白色のオッドアイ。高校の制服を着て、懐かしい微笑みを浮かべている。
「真理ちゃん……」
頬を一筋の涙が伝う。縋るように手を伸ばせば、彼女はくるりと背を向けて門の向こうへ行ってしまった。
「待って! 真理ちゃん!」
私は慌てて、彼女の背中を追いかける。頭の中は真っ白で、ただ真理ちゃんのことしか考えられない。だから、門を通り抜けてしまった。
「捕まえた」
眼帯さんの声が聞こえて、口を塞がれた。真理ちゃんは、目の前でドロリと黒い泥になっていく。
リィン――
お揃いの鈴の音を聞きながら、私は意識を失った。
◇
初めて会った中学校の頃から、ずっと大好きなあの子。少し恥ずかしがり屋で、可愛らしくて優しい真理ちゃん。
「お揃いだね……」
照れくさそうに渡されたハートの形の鈴。私の大切な宝物。私の鈴は真理ちゃんの鈴よりも低い音を奏でる。
リィン――
この音を聞く度に、心が落ち着いていく。学校に行く時も、制服の胸ポケットに入れて持ち歩いていた。
「大好きだよ……」
頬を染めて笑う真理ちゃん。私も大好き。
「ずっと一緒にいようね」
約束と言いながら、お互いの小指を絡ませた。彼女は高校に入っても、違うクラスになっても、ずっとそばに居てくれた。
「〇〇ちゃん……」
私の名前を呼ぶ、真理ちゃんの綺麗な声。高めの女の子らしい声。懐かしくて、泣きそうだった。
私の名前……
あれ、私の本当の名前は……何だっけ……




