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語り部はバッドエンドを繰り返す  作者: 浅白深也
二章 犠牲の物語
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ちっこい魔女

《二日目》

 頬に何かが当たる感触がして、眠っていた脳が意識を取り戻す。


「……ツグ……キヨツグ……きて……おきて……」


 霧に包まれた思考が覚醒していくとともに声も認識できるようになる。


 まだ光に慣れない目を少しずつ開けると、眼前には銀髪の少女の顔があった。


「あ。やーっと起きた。おはよう、寝坊助さん」


 俺の頬を指でツンツンしながら顔色を窺うように見下ろしている。


 そして慈愛の溢れる笑みを浮かべた。


「ふふ、ぼんやりした顔。まだ夢の中かな」

「…………いや、もう目覚めてるよ。おはよう、ユミル」


 上半身を起こして座り、周りに視線を巡らせる。


 窓から入る朝日が照らし出した光景は寝る前と同じで、ユミルの様子も昨日と変わらない。


 何の変哲もなく、次の日がやってきた。つまり夢は覚めてくれなかったようだ。


 現状がもう何が何だか訳が分からなくなり、どっと疲れた気持ちになる。


「んー? なんか顔色が優れないようだけど大丈夫? ()な夢でも見た?」

「見たというか見ているというか」

「どゆこと?」

「いや、未知の出来事すぎてちょっと混乱してるというか」

「……よく分からないけど、まずはしっかりと起きて朝の作業をこなそっ。顔を洗って朝食をとれば頭もスッキリするよ」

「……そうだな」


 慌てて考えたところで答えは出そうにない。もう少し様子を見るか。


「朝から悪いことを考えると、一日中テンションが下がっちゃうからね。元気よく行こー!」


 その場で立ち上がり、冗談めかしく腕を振り上げる。


 その快活さに感化されたように、少しだけ気持ちが安らいだ。




     ***




 街から少し離れた森の中に、ぽつんとその家は佇んでいた。


 洋瓦の赤い三角屋根に、ベージュ色をしたレンガの外壁。集落にある家屋とは素材がまるっきり異なっていて、自然溢れるこの場所では浮いて見える。


「ここに魔女が住んでるのか……」


 想像していた不気味な住処でなかったものの、緊張感は拭えない。


 道中でユミルに聞いた話だと、今日は森の環境保全の仕事をするということで、それにはラナフィナという女性の同行が義務づけられているらしい。


 そしてユミル曰く、彼女は〝魔女〟だという。年齢を感じさせないほど美しい容姿などのような比喩表現ではなく、実際に様々な魔術を扱えるだとか。


 まさかここにきてお伽噺のような存在と相対することになろうとは。俺の中では童話に出てくる怪しい老婆のイメージだが、はたしてどんなやつが出てくるのか。


 家の玄関の前まで行ったところで、ユミルが俺の顔を覗くように見てくる。


「キヨツグ、もしかして緊張してる?」

「そりゃあ、魔女なんて会うのは初めてだからな」

「そんなに(かしこ)まらなくても大丈夫だって。ちょっぴり変わったところもあるけど、基本的に良い人だから」


 ユミルに気後れした様子がないから言葉どおりなのだろう。取って食われることはないか。


 俺が頷くと、ユミルは玄関を二度ノックし、「ラナフィナー。ユミルだよー、仕事で来たよー」と声をかける。


 返事はなく、しばらくしてから微かな物音がしてやっとドアが開き、現れたのは。


「──子供?」


 ミディアムボブにした赤毛の女の子。あどけない顔立ちや背丈的にカイたちよりも下の年齢か。黒のローブに身を包んでいる姿は、ハロウィンのコスプレみたいで可愛い。


 魔女の娘、もしくは服装からしてお弟子さんだろうか。


 赤髪の子はユミルの「おはよー」という挨拶に返答せず、怪しむような目で俺を見上げる。


「そっちの人間は?」

「彼はキヨツグ。昨日、森で迷ってたところをわたしが保護したの。本当は森の外に帰してあげたいんだけど、道案内できる肝心の兄さんが超だらしなくて……数日はわたしと一緒にいようってなったの」

「そうか。森の迷い人……」


 無垢な見た目に似合わず、どこか尊大な口調だ。まぁそれが逆に子供らしくもあるけど。


(われ)の家に連れて来たということは、こいつも今日の調査に同行させるつもりか?」

「うん。慣れない集落に一人きりにさせるのは心配だし、かといってお(うち)で留守番してても退屈だろうしね。それに昨日のお仕事も手伝ってもらって大助かりしたんだよ。ダメ?」

「お前がよければ(われ)は構わんが……」


 どうやら警戒されているっぽいな。無害な人間であることを証明しなければ。


「もう紹介があったけど、俺はキヨツグ。よろしくな。君の名前も教えてくれると嬉しい」


 今の俺ができる最上級の物柔らかな態度で接したところ、それを見たユミルがなぜかプッと吹き出し、「そうだよね。初対面だと分かんないよね」と笑いを堪えながら言う。


「キヨツグ。このキュートな子が魔女のラナフィナだよ」

「え?」

「頭を撫で撫でするな。(われ)はお前達よりも遥かに長生きなのだぞ」


 鬱陶しそうにユミルの手を払い除ける。


 まさかこんな小さな子が魔女だなんて、予想の遥か斜め上だ。ユミルがこんな下手な嘘をつく理由もないから本当のことなのだろうが、(にわ)かには信じがたい。


「やっぱり最初は疑っちゃうよね。でも実際にいろんな魔法が使える凄い人なんだよ」

「じゃあ、このちっこい姿も何かの魔法なのか?」

「ちっこい言うな。(われ)の本当の姿はあまりにも見麗しすぎて畏怖の念を与えてしまうから、変化の魔法で偽っているのだ。この幼子の姿であれば威圧しないで済むだろう」

「わたしも物心つく時からこの姿しか知らないから、改めて言われると気になってくるなぁ」

「やめておけ。一度でも目にすれば我らの関係が歪んでしまう」

「どんな容姿なんだよ……」


 やっぱりどこから見ても子供の魔女ごっこにしか思えず、微笑ましさしか湧いてこない。


 ラナフィナが目を細めてくる。


「キヨツグと言ったか。その顔はまだ(われ)のことを疑っているな?」

「生まれてこの方、魔法を使う生物に出会ったことがないからな」

「はぁ、しかたない。物分りの悪いやつには見せたほうが早いか」


 面倒そうに言って少しだけ黙考したあと、俺とユミルから離れ、聞き慣れない言語を囁き始めた。これまたコテコテな詠唱だな。


 粛々と十五秒ほどで終えると、ラナフィナは俺に向かって指を突きつけ、


「しかとその目に焼きつけろ!」


 意気揚々と拳を振り上げたポーズを決めた、その瞬間────。


 ラナフィナの体が淡く光り、ノイズの走った3Dホログラムのように姿が激しく乱れた。元が人かどうかも認識できないほど不明瞭になった……かと思えば、すぐに収束していく。


 そして最終的に形成されたものは──俺だった。


「…………」


 まさかのドッペルゲンガー出現に戸惑って声も出ない俺に、()が笑みを浮かべる。


「どうだ? これで(われ)が崇高なる魔女だと理解したか?」


 声質も全く同じだ。まるで姿見の前に立っているような、だけど鏡の中の自分は勝手に動いて喋っているという奇妙さが半端ない。


 ユミルも俺たちを見比べて感心したように驚く。


「へぇー。ラナフィナってあまり人前で魔法を使うことがないから知らなかったけど、変化の魔法ってここまで同じになれるんだ。少しでも目を離したら分かんなくなっちゃうね」

「当たり前だ。(われ)の魔法は完璧にして至高。ほら、体の細かな部分まで同じ……」

「おい、上着を脱ぐな! あとユミルもまじまじと見るなよ……」

「み、見てないし!」

「つまりはそういうことだ。(われ)を軽んじれば相応の代償を払うことになる。さて、(われ)に言うことがあるんじゃないか?」

「……疑った俺が悪かった」


 どうやら魔女というのは本当のようだ。高慢な態度からの子供っぽさは拭えないけど。


 そこで魔女ラナフィナとの初顔合わせは終わり、ようやく仕事の話に移行したのだった。

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