贈り物
前半、シェイダ視点
後半、トニー視点
後書、彼女の友達視点
私は鏡に映る自分を何度も見直した。
服はこれで良い。髪も乱れていない。カフスボタンも彼女から貰った物を付けた。
鏡にはウンザリした表情のトニーが映っている。
まあ、振り回しているのは自覚している。頼れるのがあいつだけなんだ。冷静な指摘をくれるのも。
「過度なプレゼントは止めておけよ」
前に週に一度、彼女に花を贈っていたらトニーに怒られた。
彼女は嬉しいことに私から贈られた花をドライフラワーとして全て残していたらしい。だが、毎週届く私からの花。狭い寮の部屋はあっという間に花に占領されてしまった。偶然(?)それをトニーが知り、私に彼女が困っていることを教えてくれた。
私はその話に感動してしまったけれど、寝る場所まで花が占領してしまう状態はさすがに不味い。抱えきれない花束を毎回贈るな。とトニーに盛大なため息と共に言われてしまった。
「ああ、ドレスを贈ったから今回は無しにした」
そう答えたら、また盛大なため息を吐かれた。分かってるぞ、と言いたげに。
な、無しに…、無しにはしていない。綺麗なリボンがあったからポケットに忍ばせてある。それくらいならいいだろう。
「シェイダ、上着、右ポケット」
呆れた視線が刺さってくる。
ポケットを見るとエメラルドグリーンのリボンが飛び出していた。トニーが来たから慌ててポケットに入れたから…。失敗した。
「ったく………、幾らだ?」
さあ? すごく離れた国のものだとは聞いている。めったに取れない貝の染料で染められた貴重な品だと。今回は偶然仕入れることが出来たと言っていた。そんな品物だからリボンにしては高い値段だったが、贈ったドレスよりは安かった。
それに幾ら友人だからといって婚約者への贈り物の値段を聞くのは失礼じゃないかい?
「あんさー、家が買えるほどの値段の物を毎回贈るな、て言ってんだよ」
いや、このリボン一つで家は買えないよ、たぶん…。
それに私は彼女が嬉しそうに頬を染めながら礼を言うのを見るのが好きなんだ。だから、彼女が喜びそうな物、似合いそうな物があるとつい…。
「それに贈り物っていうのは、ここぞ! という時に贈るもんだ。毎回だと感動も有難味も当たり前になって薄れてしまうだろうが」
そういうものなのか? 女性は贈り物はどれだけ贈っても喜ぶものだと思っていた。
「まあな、今回はな、何年かにしかそれも手に入るか入らないかの品物だからな。気持ちは分からんでもない。それでもな、貰い慣れていない相手にバンバン贈ってやるな。相手が気後れするだろうが」
確かに…。彼女は贈り物を見せるといつも戸惑う表情をする。それもすごく可愛いが……、負担になっているようなら考えなければならない。
「で、お前、主役への贈り物は準備してあるのか?」
主役への贈り物?
「彼女と誕生日パーティーへ行くんだろ。誕生日の令嬢に贈り物が必要だろうが!」
そ、そうだね…。何も考えてなかった…。彼女とパーティーに出られるのが嬉しくて…。
「無難な花言葉の花をメインに大きめの花束。温室に花、あるだろ」
「い、いや、彼女に贈る花しか植えてなくて…」
だから、花言葉も愛を囁くものばかりで…。
「はあぁ!」
トニーの呆れた声が部屋に響いた。
俺は浮かれているシェイダを見て何度目かの息を吐いた。
学園では彼女をそんなに気にかけているように見えなかったのに解禁となったら…。会うのを規制がされていたのはシェイダの暴走を少しでも遅らせるためだったと説明されたら大きく首を縦に振る自信があるほどだ。
で、俺は今重要なミッションを遂行中だ。
シェイダに適切な贈り物の贈り方を教えるという。
これは、婚約者や恋人のいる男性陣からは死活問題として嘆願され、彼女の友達に脅されて命じられたからだ。
ほんとに一週間毎に大の男でも抱えきれないほどの花束を贈っていたなんて。
シェイダに確かめたら、『本当は毎日にしたかった』とほざきやがった。毎回、滅多に手に入らない違う花を贈りたかったんだと。花屋にかき集めるから短くても一週間は猶予が欲しいと泣き付かれ、一週間毎に落ち着いたらしい。
一週間で花が悪くなるわけはないし、高価な珍しい花なので彼女も簡単に棄てるに棄てられず、すぐに部屋が占領されていった。
まず匂いが大変だったらしい。いい匂いなのにそれが混ざり合ってなんとも形容しがたい香りになったらしい。
襟首を捕まれ、グワングワンと振られながらそれを訴えられていた俺はもう少しで向こうの世界に旅立ちそうだった。
それから、引っ切り無しに届く贈り物に彼女が要らぬやっかみも買っているとも言われた。これは俺を含めた男性陣の訴えとも重なっている。
恋人や婚約者、商人どもがシェイダ様のようにと期待を込めた目で見てくるのだ。で、どう頑張ってみてもシェイダが贈る頻度は到底真似出来ず、品物もどう足掻いても雲泥の差で…。商人の、恋人や婚約者たちの落胆した目に男性陣の繊細な心はズタズタに傷つき続けた。三日前に別れた恋人の『こんなもの』視線を俺は一生忘れられそうにない。
と、ともかく、シェイダには適切な正しい贈り物の贈り方を早急に覚えさせるために頑張っているのだが…。
はあ。とため息が出てしまう。そのポケットにあるリボン、俺はその値段を知っている。確かに王都に家は買えないが、辺鄙な場所なら庭付き倉庫付き、田舎ではお屋敷と呼ばれるものが買えるんだぞ。確かに数年に一度しか来ない商隊の滅多に手に入らない代物、買いたい気持ちもよく分かる。よく分かるが他にも彼女にと一杯買ってただろうが!
はあぁー! 主役の誕生日プレゼント、用意してないだって!!
おまえ、何しに行くつもりだったんだよ!
いつもは勘違いさせないプレゼント、用意してたよな?
ったく、この前、限定品のジュース、買い占めていたよな。
一ケースくらい回せ。
彼女が味が気に入ってくれた? それは良かったじゃん。
だから、回せない?
十ケースも買ったんだから、回せ!!
「あの拗らせ男が!」
私は壁に向かって枕を投げつけた。
届いた大きな花束。見たこともない花たち。最初は凄いな、さすがと思うだけだった。
図書室で花の本を借りてきて、彼女と何の花か調べるのも楽しかった。
けど、翌週もその次もその次の次も大きな花束は届いて…。
彼女の部屋は窓を開けておくのが当たり前になった。そんな部屋に彼女寝させられるわけがない。
友達と順番に彼女を泊めることにした。それはそれで楽しいけど。
部屋にあった彼女の服は一度洗わないと着れなくなってしまった。
臭い! と直接言ってくる人もいた。彼女を見ると顔をしかめる人も。
彼女は小さくなって謝っている。
誰のせい!!
姉に連絡して彼を呼び出した。
「シェイダ様は、何を考えてるのよ!」
トニー様の襟首を掴み、怒りのまま揺さぶる。辺境の魔物討伐で鍛えているからね。私、それなりの腕力あるからね。
「毎週、毎週、バカでかい花束贈ってきて!
窓、開けなきゃ匂いが凄いのよ!
寝れないほどなのよ!」
頭に浮かぶ言葉を次々と叫んでやる。
「花束以外にも色々届くから嫌みを言う人もいるんだからね。自分が貰えないからとやっかんで!」
「ストップ!」
姉に肩を叩かれ手を離すように言われた。
トニー様が白目向きかけて、ヘナヘナと床に膝をついている。と思ったら咳き込んでいた。
これくらいで? 騎士団の演習はどうなっているの?
「大丈夫ですか?」
姉に声をかけられて、トニー様は片手を上げ咳き込みながら大丈夫と答えていた。
「バカ力なんだから、手加減しなさい」
騎士相手に手加減もないと思うのだけど。
「えっ…と…、ちょ…と…まって…」
咳き込みながらトニー様は立ちあがり呼吸を整えようとしている。
遅い! もっと早く息を整える!
「あ…いつ、また暴走してる?」
そう。暴走、暴走しているの!
ちゃんと手綱握っておいて!
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