とある暗殺者の苦悩
主様だろうが何だろうが殺したくなった。私に、私に出来た初めての仲間と年上。
みんなで笑い合うのは照れ臭かった。温かく見守られ頭を撫でられるのは恥ずかしかった。
でも、嫌じゃなかった。何だか心が温かかった。
とても『シアワセ』だった。だから、「殺せ」と言われたときは頭が真っ白になった。あの温かさを、光を、希望を、私は、失いたくなかった。
でも、温かさを、光を、希望を見た時、私の中の俺が暴れだす。
喚き散らしたかった。当たり散らしたかった。泣きわめきたかった。
―――お前らだけ、どうして!?
―――俺は『シアワセ』なんて知らないのに!!!
―――ずるいずるい、殺してやる!!!そのシアワセを奪ってやる!!!
―――知らない、俺は知らない。こんな、こんなくすぐったいもの知らない!!!温かさなんて知らない!!!要らない、要らない、そんなものは不要なんだ!!!
―――笑うなよ。嗤うなよ。俺を嘲るなああああ!!!
―――そんな目で俺を見るんじゃねえ!!!俺は闇だ。光なんざいらねえ!!!
―――もう、ぜんぶぜんぶコワシテ、お前らの顔を絶望に染めてやる!!!笑っていられるのも今のうちだ!!!ぜんぶぜんぶぜんぶコワシテヤル!!!
そんな思いがこみ上げてくる。みんなと一緒にいる時が一番楽しくて鮮やかで、一番苦しくつらい時間だった。
主様はそれを見通していたのかもしれない。私が少しの抗議をした後、主様は「変えない」と言っていたが、挑発的な笑みを浮かべていたから。
揺れる。揺れ動く。今まで釣り合っていた『私』と『俺』が揺れ動く。
『俺』の方へ傾いていく。殺した時のあの感情を思い出せと頭に鳴り響く。早くしろとでもいうように『私』は凄まじい頭痛襲われる。
『俺』の記憶が、感情が、走馬灯のように駆け巡る。
殺した時のあの感情は……、苦痛じゃない。憤怒じゃない。悲哀じゃない。
そう殺しを行った時の気持ちは快楽と喜びと生への実感だ。
この時、完全に『私』は『俺』に呑み込まれた。主人格を奪われ、思考の闇へ堕ちていく。
学園長を殺そうとする『俺』。必死に『私』は抵抗して致命傷にならないところばかりを傷つけた。
『俺』が怒る。なぜ邪魔をするのだと。キモチイイことを止めるなと。『俺』がふざけたことをぬかす。
今までは『俺』が暴れまわっていた。今度は『私』が暴れる番だ。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!!
怒っているのは『私』の方だ!!!やっと、やっとできた、小さな当たり前のような幸せ。それを…よくも!!!
こうしている間にもキクノハを殺そうとしている。『私』には主人格を奪う力を持ち合わせていない。少し、殺さないように抗う力しかないのだ。
『私』は魔法主体の暗器がサブだが、『俺』は暗器主体の魔法サブだ。魔法に至っては『私』が主導権を持つ。だから、『俺』に魔法が使えないようにした。
それでも、暗殺組織No.1は伊達じゃない。
キクノハもきっと昏睡状態だろう。ああ、人を手にかけるというのは、こんなにも苦しいものだったか?
でも、『俺』が快楽を感じていることも、また事実だった。
―――キモチイイ、もっと、もっと!!!
きっと顔は醜く歪んでいるでしょう。ニタリと張り裂けそうな笑みを浮かべて…。
次は刃君だった。カルテに恋をしている若き勇者。『私』は微笑ましいという気持ちを知った。
『俺』はそのニカリと笑う顔が嫌いだった。光を見せてくる笑い顔が大っ嫌いだった。
やはり『私』と『俺』が鬩ぎ合う。『私』には諦めるなんて出来なかった。
イレギュラーが起きたのはその直後だった。抹殺対象ではないカルテが乗り込んできたのだ。
―――何でここに来れた!?
そのとき『私』と『俺』で初めての意見が一致した。
『私』はチャンスだと思った。カルテが来たならば刃君を殺せる確率はほぼ0%だ。
撤退ができる。時間をかければかけるほど、『私』と『俺』はつり合いがとれていく。
でも、意外だったのが……カルテが真っ向勝負で挑んできたこと。逃がしてほしかった…。少しくらい文句を言いたい。
しかも魔法攻めときた。『私』が主人格ではない今、魔法は少し得意というレベルだ。
それでも私は、対抗した氷の魔法ならば負けることはない。と、思ったが、対抗するだけで精一杯だった。
対抗している時に半分でも主人格に移れたことも要因だろう。
だが、次の瞬間…。
何をされたか分からなかった。ただ、胸を貫かれたという事実だけが頭に残っていた。
倒れていく身体。傾いていく視界。その2つが【終わり】だということを裏付けていた。
視界に映ったあなたが何を言っているか分からない。でも、私は言わなければいけないことがあるのだ。
裏切ってしまったことへの謝罪がまだ済んでいないのだから。
「―――――――――すみません。カル……テ…。」
「キルア!!!」
ああ、あなたにそんな顔をさせたいわけじゃいんだ。
「なんで!?どうして…!?答えてよ!!!友達じゃ、友達じゃあなかったの!?」
「………友達です…よ………。でも、………私にも……やらなければならない……ゴプッ、はあはあ、………贖罪があるんです………。」
初めての友達だった。でも私は、まだ主様に恩を返していないんだ。殺した人への贖罪が終わってないんだ。
「……それが、仲間を殺すことでも…?」
「…………私は……あの方に…救われたんです………今度は……私が……救う番………なんです!!!たとえ、禁忌を……犯してでも……私は…………あの方を……救いたい!!!」
私は、救われた。ヴァンパイアになったって救われたことには変わりない。無垢で無邪気でどこか憎めない。そんな主様に戻ってほしいから。主様を救いたかった。こんな方法嫌だった。でも、戻ってほしかった。
「…キル…ア……。ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんね。」
いいえ、貴女が謝る必要などどこにもないんだ。私が全て悪いんだ。
貴女は、私の心をいつも見て見ぬふりをしてくれた。いつも友達だと言ってくれた。いつも仲間だと言ってくれた。たったそれだけのことかもしれない。でも、たったそれだけのことで『私』は、確かに救われたんだ。
「後悔と、懺悔と、罪の意識が、自らを死に追いやるのなら、命を無駄にするのなら、その命を他の者に分け与えよう。贖罪の雫を振りかけよう。許されるまで、気のすむまで、自分自身が許すまで、贖罪の雫はこぼれ落ちていく。『贖罪の雫エクスピアシオン』」
「………ど…して…。」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
貴女が謝る?貴女は悪くない。何もかもを心のずっと奥の奥で諦めていたわたしが悪いんだ。
『俺』が悪いんじゃない。『私』が悪いんじゃない。
わたしが悪いんだよ。
『俺』のことを認めていなかった。
―――過去のことは思い出したくなかったから、他人のことだと思い込んだ。
『私』のことを認めていなかった。
―――幸せばかりで前も後ろも見ないことに、気づかないふりをしていた。
ああ、結局、誰よりも『俺』を『私』を嫌っていたのは自分じゃないか。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
ああ、そんなに謝らないでくれ。わたしが全て悪いんだ。
お願いだから、涙を流さないで。止め方なんて知らないんだ。
お願いだから、泣かないで。わたしの愛しい人……。
やっと、主人公サイドに戻れます。




