欲望の四片「喫茶に入れば、黒がいる」
「いらっしゃいませ~」
喫茶「クローバー」
私の祖父である四葉乃 十が作り上げた、
欲望と幸福で満たすことをコンセプトにした喫茶店。
「……」
いつも思うけど、欲望って、よくわからない。
言葉の意味はもちろんわかるけど…
「……」
…なんなんだろう…欲望って。
「……」
「しあわせブレンドお願いします」
「かしこまりしました」
おじいちゃんが亡くなった日、私はこの喫茶店を継ぐことを決めた。
…継ぐといっても、今はまだ親に支えられている身。
個人経営していくためには、まだまだ先は遠く、どうしたらいいかすらわかっていない。
今はおじいちゃんの知り合いに管理の一部を手伝ってもらっているけど、
それも長く続けられるわけではないから…
「……」
しあわせブレンドを作りながら、私は、コーヒーのどこまでも落ちていってしまいそうな深淵に顔をのぞかせて、匂いだけを楽しむ。…昔はもつだけで震えていたカップも、今ではお盆の上で静かに待ちながら湯気を靡かせてくれている。
「おまたせしました、こちら、しあわせブレンドになります」
「いつもありがとうね、四葉ちゃん」
「いえいえ、こちらこそ、いつも来てくださってありがとうございます、山辺さん」
この喫茶「クローバー」は今年の4月で開店35周年、
地元のお客さんがよく訪れる…やすらぎの庭のようなもの…らしい。
…口コミでそんな感じのことが書いてあったはず。
「……」
「四葉ちゃんのコーヒー、十さんとはちょっと違うけど…おいしいわ」
やっぱり、ちょっと違うか…
「なぜ、違う感じがするんですかね?」
「そうね…」
常連の山辺さんは、頭を少し悩ませて…
もう一口飲んでから、口を開く。
「人が…違うからかしら。」
「人ですか」
「四葉ちゃんがいれるのと十さんがいれるのでは込める思いが違うし、本人の舌も違うでしょ。さすがに全く同じにはならないとは思うわ。」
「……」
再現はできるけど、やっぱり完璧に模倣するみたいなことはできない…か。
さすがにそれは知ってるけど…
作ったものが…全部、おじいちゃんと一緒だったらな…
「……」
「ご意見ありがとうございます、山辺さん」
「いいのよ、おばさんはおしゃべりするのが趣味だから」
「なら、もう少し話しますか?」
「いいわよ。それより、お仕事頑張りなさい。」
この喫茶店はやっぱり…静かで、あたたかい。
おじちゃんのような誰かの欲望を満たしてあげられる店主になるために、
今日も私は欲張った日々を過ごしていく。
「……」
古びた四葉に黒のペンキが垂れ落ちるのを、笑顔で誰かと笑える日が来ますように。そして、新しいクローバーが咲き誇る季節にまた会いましょう。




