魔王
長いから遅くなるんや……。
「お、おい、イース! イース!?」
「ん……ラギナ? どうしたの」
「お前、一晩中勉強してたのか!?」
昨日の夜、俺とシュヴァリィは、疲れて早く寝た。
イースが凄い集中力を発揮していたので、夕飯だけ置いて寝たのだが――その夕飯に、一切手が付けられてなかった。
彼女は、一晩中勉強していたのだ。時間を忘れて、休憩も挟まずに。
机の縁に、一晩で読み終えた本がタワーのように立っている。
イースは「またやってしまった」という風に頭をおさえ、本を閉じた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ちょっと眠いかな」
バタン
急に力尽きたのか、生気が無くなったかのように、机に突っ伏して眠ってしまった。
これはもう、障害のレベルなのでは?
仕方ないので、持ち上げてベッドに運ぶ。
「えーっと、俺が最後に見たのは十七時だったから……それくらいからぶっ続けで十二時間か」
イースの寝顔をみながら、呟いた。
「っていうか、このまま寝ていいのかなぁ」
せめて、首のチョーカーくらい外さないと、苦しくて眠りにくいのではないか。
あれ、そういえば、イースって寝る時も――あまり思い出したくないけど、風呂の時も、チョーカーを外してなかった気がする。
「……ま、いっか」
面倒になって、丁寧にチョーカーを外した。
適当にその辺に置いて、起きた時のために、自分のベッドに座って本を読む。
「あ゛ー。う゛ーん」
「うなされてる?」
チョーカーを外してから、急に喘ぎ声を発し始めた。
何か、悪い夢でも見ているのだろうか。
「鋳得腑碁笥舖国津輪腑時美扉ギリシャ」
「何て?」
意味不明な寝言を発す、彼女の顔は、真っ白になっていた。
もしかして、何かに憑りつかれているんじゃ――
「……救急車呼んだ方がいいか?」
「い、らなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「呼ぶぞ! 呼ぶからな!」
寮の管理室から、救急車を呼ぼうと走り出した瞬間、
ガン
「え?」
背後から金属の音がして、振り返ると――魔王がいた。
イースの胸から、鋼の巨人が飛び出している。
「出たあああああああああああああああ!」
「ギリアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ガシャン!
凄まじい音と、衝撃波。
鋼の巨人が暴れて、部屋の至る所を破壊し始める。
「待って! 暴れないで!」
「ギィ!」
「待てっつってんだろ! ドリーム、オブ――じゃねえ、Firester Dragavolc!」
「で、Demetrular」
とりあえず、部屋を破壊させないために、イースごと鋼の巨人を芯界に取り込む。
しかし、それと同時にイースも眠ったまま芯界を使い、火山の世界と、鉄の世界が衝突する。
「これが、イースの芯界」
鉄板、鉄筋、鉄箱。
鉄くずが積み上がった、灰色の――寂れた、悲しい世界。
そして、その中央にそびえ立つ、魔王。
その見た目は、下半身を鉄くずに埋めた鉄の巨人。
部屋で見た時より、ずっと大きく、概算で……五十メートルはある。
「ギリアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「物騒だとは言ってたけど、物騒すぎるだろ!」
咆哮のような金属が擦れる音が、二つの世界に鳴り響き、思わず俺は耳を閉じた。
何が何だか分からないが……とりあえず、アイツを倒すしかない。
幸い、昨日戻し忘れていたお陰で、今の芯界はシュヴァリィの火山世界。
火は鉄を溶かすまで行かなくとも、耐久力を下げれるし、大軍はボス系と相性がいい。
つまりは、ガチアンチレベルの相性差だ。
「直ぐに正気に戻してやるからな、イース!」
シュヴァリィに言われた通り、陣形を組んで……直ぐに崩す。
「相手は巨大な単体。部隊を五つに分けて、遊撃で行こう」
「ヴヴ」
アドリブでドラゴンを二十ずつの五チームに分け、全てのチームで動き回って、遊撃する。
「ギリアアアアアアアアア!」
「じゃあ、散開!」
「ヴァウ!」
ガァン!
振り下ろされた巨大な腕を散らばって避け、五つの部隊が稼働する。
一つは右から、もう一つは左から円を描くように空を駆け、三つ目は走って鉄だらけの悪路を走り回り、四つ目は頂上空に飛び上がり、五つ目はフリーに動き回る。
巨人は、どれを狙えばいいか分からないのか、キョロキョロと自分の周りを見回し、我武者羅に腕を振り回した。
二つの世界全てを射程内に収めた、細長い(細いとは言ってない)腕を、空を自由に駆け回るドラゴンが自在に回避する。
基本は火のブレスの引き撃ち。
狙われているドラゴンは回避に専念し、それ以外はブレスを放って、ゆっくりと削っていく。
「腹を狙え!」
「ヴィ!」
収束したブレスが、鉄の巨人の腹を穿ち、着弾部分が高温で赤く染め上がる。
「脚!」
「ヴヴッ!」
ガァン!
そこに、足が強いドラゴンを数匹突っ込ませ、柔らかくなった部分を蹴りつけ、衝撃を与えた。
「ギャリアアアアアアアアアアア!」
効いてる。
やはり、熱と打撃のダブルコンボは厳しいらしい。
こちらも少し犠牲は出てるが、このペースなら削りきる方が先だろう。
「もう、完全にゲームのボス戦の構図だな」
「ヴー」
「何?」
シュヴァリィは何となく分かるらしいが、俺にドラゴン語は分からない。
騎乗していたドラゴンが、呆れたように指さした先は、巨人の頭。
よく見ると……頭のテッペンに、気を失ったイースがいた。
「……とりあえず、頭への攻撃はやめよう」
イースを起こせば、芯界を解除してもらうことはできるか?
いや、コイツがイースの言うことを聞くとは限らないし、さっさとこの魔王を殴り伏せてやった方が早――
「ギギアアアアアアアアアアアァ!」
鉄の魔王が、地面の鉄くずを拾い上げて、暗雲立ち込める上空に向かって、次々と投げていく。
当然、投げられた鉄くずは重力によって加速し、世界全体に鉄の雨が降り注いだ。
「回避! 回避!」
無数の散弾。
上空に意識を向け、鉄の雨をなんとか避けるよう指示し――急に、騎乗していたドラゴンが、俺を振り落とした。
「ヴヴ!」
「どうしッ!?」
瞬間、そのドラゴンが巨大な腕に呑まれた。
鉄の魔王、本体の攻撃。
空中に投げ出された俺は、その風圧で吹き飛ばされたが、地上を走っていたドラゴンが受け止めてくれた。
「テッ、ありがとう!」
「ヴッ!」
新しいドラゴンにしがみつき、鉄の雨と魔王の攻撃を避ける。
(そう簡単に魔王討伐とはいかないか)
ここから戦況を逆転させる方法があるとすれば――イースを起こすしかない。
「……俺がイースを起こす。みんなで陽動してくれ!」
「ヴィ!」
もう持久戦は考えず、ドラゴン達を二匹ペアにして、縦に並べ、上の個体を傘にする。
これなら、下のドラゴンは鉄の雨を気にせず動ける。
稼働数は半分になるが、このまま全滅するよりはマシだ。
「ギアアア!」
「ッ!」
囮のドラゴンが次々と堕ちていくが、俺が乗っているドラゴンは、魔王の身体にたどり着いた。
「登れ!」
「ヴゥ!」
翼を広げてバランスを取りながら、一匹のドラゴンがデコボコの魔王の身体を駆け上がる。
襲い掛かる腕を躱し、腹、胸、肩、首、頭!
「ギィ!」
その時、魔王が右手を自分の頭頂に乗せ、イースを隠した。
分厚く屈強な手が、行く手を阻む。
が、問題無し。
「全軍、ファイア!」
「ヴアア!」
一条の炎のレーザーが、魔王の腕を熱し、溶解させた。
見なくても分かる、後から来たシュヴァリィだ。
「行きなさい!」
「オオ!」
力無く落ちていく腕を見送り、もう片方の手が追いつく前に、ドラゴンの上にイースを拾い上げた。
主を取り戻そうとする魔王から逃げながら、イースの頬をペシペシと叩いて、起床を促す。
「おい、起きろ」
「うーん、ラギナ?」
まだ眠そうに、イースが目を擦り――周りを見渡して、状況を理解した。
急いで首元に手を回し、チョーカーが無くなっていることを理解する。
「もしかして、ボク、やっちゃった?」
「とりあえず、これ引っ込めてもらっていい?」
「分かった」
シュヴァリィが、ブレスで鋼の魔王の気を引いている間に、イースが芯界に干渉し――世界が崩壊していく。
鋼の魔王も、すっかり力を失い、崩壊する世界を眺めていた。
「ふう。……まだ眠いから、ちょっと寝るね」
「ごめんな、俺が余計なことしたみたいだ」
「いいよ、説明してなかったボクも悪いし。起きたら話すから、チョーカーだけ付けておいてくれない?」
「オーケー」
それだけ言って、魔王の主は再び眠りについた。
俺とシュヴァリィも芯界を解除し、元の寝室に戻る。
そして、寝台に置いていたチョーカーを手に取って、イースの首に付けなおした。
「……遅いぞシュヴァリィ。何してたんだ?」
「タイミングを探ってたの。最適だったでしょう?」
「まあ、確かに」
「それより、この子のことよ」
二人の視線が、スヤスヤと眠るイースに向いた。
「これって、もしかして、伝説の――」
「でしょうね。けど、邪推は良くないわ。彼女が起きるのを待ちましょう」
「そうだな」
鉄の魔王は、遊〇王のゴッドスライムを思い浮かべておいて下さい。
重大発表!
タイトル変わります!
よく考えたら、全然無双してなかったし。普通の魔法ファンタジーだと思って、見に来る人の方が多そうだし。
多分、変更先は『芯界』になります。
見たら分かると思いますが、タイトルとか考えるセンスは全然無いので、面白い案があったら、教えてくれるとありがたいです。
変わるのは、三章が終るくらいのタイミングにします。