第22話 『赤キ暴麗』
「インテリ極悪……?」
「なかなかイカしたセンスだろ? アナーキアじゃ、自分だけの“ナニカ”を持てるのは強者の特権だからな! 他のヤツらと差別化するために作ってみたんだ! かっこいいだろ?」
チマキと名乗った女は、それはそれは得体の知れない存在感を放つ女だった。
ボタンが全開に着崩した真っ赤なスーツ。それによく似合う真紅の短髪。
何より一番目立つのは、ちょこんと頭についた子分達のカチューシャとは違う本物の“牛耳”。
ミノッペのような牛人間とも違う、言うなればケモミミ生やしたお姉さんって感じだ。
今更だけどアナーキアって、世界観はSFなのに住人はファンタジー寄りが多いなと思う。
「閑話休題! それでパシー、なにがあった! オマエが私の言いつけを破るなんてらしくない! 優しく愛でてやれと言ったじゃないか!」
「そうだママ、聞いてくれよ! コイツら、ワタシ達のことを見下してきたんだ!」
「なるほどたしかにムカつくな! じゃあ、ここは私に免じて許してやれ!」
「わかった! ママが言うなら許す!」
「いい子だ! では、代わりにインテリ極悪たる私が対応しよう! 聞きたいことはあるか?」
「えぇ…………」
二人の目の前にいたストラの口から困惑がこぼれる。無理もない。
誰にもとめられない暴走寸前だった人間が、あまりに短い鶴の一声で矛を収めたのだ。
一触即発の雰囲気が一転、どこに着地するか誰にも予想できない空間が形成された。
否――握られたのだ。物語の主導権とも呼べる会話劇の行く末を。
「……赤キ暴麗」
そこに差し込まれた小さな呟き。発したのは、アスリだった。
「ん? なんだ、私のこと知ってるヤツがいるのか……って!」
揺らめく声に顔を導かれたチマキがこちらを、正確にはアスリの姿を捉えた。
チマキはアスリの全身を舐めるように、特に服装に視線を注視させてから、なにかに納得した様子でポンと手を叩いた。
「………アスリ姫じゃないか! こんなところで会うなんて奇遇だな! アンタが人混みの中に紛れてるなんて珍しいこともあったもんだ!」
特に服装に視線を辿らせてから、なにかに納得したような顔を作った。
「………おん、そうやな。ぼちぼちやっとるんか?」
「おかげさまでな! オマエらミノリカワに負けないように絶賛奮闘中だ! 褒めていいぜ!」
「アンタは相変わらず、掴みどころがないなぁ……」
旧知の友にあったかのような声と押し殺したような複雑な心境を表した声。
二人の間には、紡ぐ言葉を選びとるかけひきを行っているようにも思えた。
「……アスリさん、この人誰ですか?」
「いってぇ………」
ストラは地べたで痛みを訴えるネレを守るように立ち、人混みから前に出てきたアスリに問いかける。
「タウルス……ひいてはアナーキアの裏社会『無街』でブイブイ言わせとる有名人や。ギュウギュウ会最高幹部『A5』の一人兼、無街に架かる『虹』が一矢――『赤キ暴麗』鉢巻チマキ」
「はっはっは! 肩書が多くて申し訳ないな! だが私も、好きじゃねえんだ! だって、他にもそれを名乗れるヤツらがいるからな! だから、私のことはインテリ極悪と呼んでくれ! 私のためだけに用意された肩書だからな!」
「いよっ! さすがママ! かっけえインテリ極悪です!」
ファルの合いの手に、チマキは気分よさげに鼻を鳴らした。
「じゃあ、あなたが――あなたがこんなことをしでかしたんですか?」
「こんなこと? キミはストラ君だったね? こんなこととは一体なんのことかな?」
「とぼけんじゃねえ!! お前等がバリア装置を壊したんだろうがっ!!」
「よくもケンツとネレをやりやがったな!!」
チマキのとぼけたような返事に漁師達が抗議の声を叫ぶ。
それを見たチマキはなにか物思いにふけた顔をしながら難色を示した。
「ふむ……バリア装置というと、あそこで煙を漂わせてるだいぶ昔に初期型としてアルミア主導でエレクトニオと共同発表した“屁理屈”装置――通称、『飾壁』のことかな?」
「そうだ! どうしてくれんだ! タウルスのクソ野郎!」
「あれがなくなったいま、いつエマヌエルにここが潰されるかわからないんですよ!?」
「だから、さっきから知らねぇつってんだろうが! またイライラさせる気か!!」
再び始まる怒声の応酬に、場の空気は振り出しへと戻される。
ガヤガヤと騒ぎ立てる民衆の声を聴き、思考にふけていたチマキの重々しい口が開かれた。
「ふむ――――意味が分からないな? さっきから何がしたいんだオマエらは?」
それはただ純粋な疑問の言葉。怒りを始めとする赤色の感情もない無色の感情。
「誰が壊しただのエマヌエルだの論点がずれているぞ? ――甘ったれるな、馬鹿共が」
「なっ――――」
声のトーンが落ち、チマキの冷ややかな目線が怒りに満ちた群衆に刺さる。
冷酷な返答を返され、彼らは言葉を失った。
「よかったじゃないか、このお先真っ暗な港を捨てる理由ができて。時間の無駄でしかない犯人捜しをするひまがあるなら感謝しとけよ。“何も知らない私の部下”にケチをつけるな」
「お、おまえ――!」
「――静かにしろ。今はこの鉢巻チマキが喋ってる」
「――――」
もう何度も繰り返され、蓄積された赤色の感情。
それにチマキはより深い暴力的で麗しい“赤”を持って塗りつぶした。
「……理解した。我らは何も知らなくてよいということか」
「あ~なるほどですミノッペ! さすがママです! あたし達の知らないとこで――」
「それ以上喋るなファル! でも、今のはさすがのワタシも理解できたぜママ!」
子分達がなにかに納得したようにそれぞれの言葉を紡ぐ。
「オマエ達はなにを言ってるんだ? 私もなにがなんだかさっぱりわからんぞ? 誰がやったかなんて明確な証拠はどこにもないわけだし、証明できるならぜひしてみてほしいくらいだ」
「そうだそうだ! 証拠出してみたまえよ」
にやりと悪い笑みを浮かべるチマキに、その場の全員が苦虫を噛み潰す。
「まあ、仮に私が犯人かつその証拠があったとして? この私を訴える力がオマエらに存在するのか? 知らないわけじゃないだろう? ――アナーキアじゃあ、『州』だろうが『無街』だろうが――カネの存在がモノをいう場所だとな?」
「くっ……!」
それがとどめと言わんばかりに誰かが憎しみを込めて息を漏らした。
もう誰も叫んだりはしない。叫ぶことはできない。許可されていない。
その場にいるゲミニ州の市民達は、見当違いであるが、犯人の顔を頭の中に浮かべていた。
だが、彼らに許されたのは忌々しげに言葉を咀嚼し、それを飲み込むことだけだった。
「それでも、先程、あなたの部下が私達の仲間を……ケンツを殺しかけました! それを無視することはできない!!」
「あっ、やべ――!」
「ああ、そういえば雇い主の北河二ユウ嬢に腕がなまるといけないから、ポントス限定で発砲の許可を貰っていてな? 偶然それが誰かに当たったとしても、お咎めなしだそうだ」
「さすがママ! 愛してる!」
「――――――――――――!!」
「……嘘だろ? ユウねえがそんなことを………」
平然と指摘した問題を躱され、時栖姉妹は絶句する。信じることができなかったのだ。
今は袂を分かっているとはいえ、自分達の姉がそのようなことを許可したという事実に。
「ユウねえがそんなことを、だと? はっはっは! オマエらマジで言ってるのか!?」
そしてそんな現実を受け入れない二人の姿に対し、チマキは声を大にして嘲笑った。
「な、なにがおかしいんだよ!」
「いや、これは傑作だなと思っただけだ。こういうこと口に出すのは嫌いなんだが……やっぱ州か無街かってだけで、おぞましいくらい違うな。ほんと可愛いヤツらだよ、オマエらは」
チマキは子供の癇癪に付き合わされたような母親の顔で苦笑した。
「……いいかオマエら? オマエらは甘やかされることに慣れすぎだ。ここから一歩でも外にはな? オマエらじゃ想像つかないような残酷な世界が広がってるんだよ」
子供をあやしつけるかのような優しげな言葉を紡いでいく。
「このアナーキアって都市はどんなものでも受け入れる。そこに何かしらの区別や差別は存在しない。人間でも人食いの魔物でも亜人でもエイリアンでも文字通り“なんでも”だ」
それは演説のようでもあった。無垢なる民草にこの世の真実を伝えるような尊大な態度。
「ここには無街って場所があるよな。外でもここでも生きづらい訳アリが集う無法の街。地図のどこにも載っていない、そこでならどんな犯罪行為もアナーキア全体が公認しているんだ」
それは僕が調べた情報と一致していた。このアナーキアには無街という場所が確かに存在するのだ。生命の残酷な一面を露わにしたディストピアのような側面が。
「人間しか食えない魔物を例にすればわかりやすいか? アナーキア全体の法律の一つに“このアナーキアにおいて思考能力を有する対話を可能とする者を『市民』と扱うものとする”とある。そして、大体の州法で“州内において『市民』として認可される者の命を奪うことを禁ずる”ってあるよな? 人間は基本的に『宝宮』から『賜物』を与えられる前から思考するし、対話できるから、なにかやらかさない限り『市民』として扱われるんだが……」
「…………………」
「これって、人食い魔物からすればおかしい話だと思わないか? 勝手に受け入れてきたくせに自分達の存在を否定されたうえで、遠回しに餓死しろと言われてるようなものだからな。たまったものじゃない」
「だから無街があるんですよね、ママ!」
「そうだファル。無街でならどんなことでも公認だ。大手を振って人間が食える。こんなのアナーキア以外じゃ考えられないだろ? どこの誰にも認められなかった連中が、このアナーキアでようやく受け入れられたわけだ」
僕のいた世界なら考えられない話だ。そんな状況が成立する場所が存在するなんて。
「わかるか? こんな話は世界の数だけありふれてる。複雑で気の毒な事情を抱えたヤツなんざ星の数よりいるんだ。そしてこのアナ―キアに受け入れてもらった。もちろんアナーキアが受け入れたからって、『市民』全員に受け入られるわけじゃない。だが、少なくとも無街にいる連中それを飲み込んで、噛みしめながら毎日を生きている。どうしてだ、ミノッペ?」
「……自分も受け入れてもらった立場だからだ」
目をつむって腕を組み、過去を思い返すようなミノッペの姿に、チマキは笑顔を弾ませた。
「オマエは本当に律儀なヤツだなミノッペ! そういうわけだ! 別に人間を食うことを善と定義するわけでも悪と断じたりするわけでもない。ただ、みんな生きたいんだ。精いっぱい生きてみたいだけなんだ。――だから他人がどうなろうとしったこっちゃない」
なるほど。とんでもない話ではあるが、そこには救われた命も存在するというわけだ。
「無街じゃ、誰もが必死こいて生きている。別にこれは自分を美化したいわけじゃないぞ?
クソったれの集まりなのは事実さ。だから他人に容赦なんてしないし、忠告なんてしない」
それは人間の本質に他ならない。欲望に限度は存在せず、欲望がなければ夢は生まれない。
生命は環境に適応し、更なる幸福を求め始める。楽園は慣れを経て、日常へと至るのだ。
実際にこの目で見るまで断定はできないが、目の前のチマキという一つの生命を見た限り、もしかすると『無街』は残酷であっても夢に塗りたくられたある種の劇薬なのかもしれない。
――欲望が大量に秘められるからこそ、夢は永遠の肥大化を続けられるのだから。
「さあ本題といこう! 私がどうして懇切丁寧に説明してやったと思う? オマエらがどれだけ甘やかされているのか教えてやったんだ。――オマエらの上院議員、北河二ユウ嬢からな」
「――!」
その名前に最も大きく反応したのはストラだった。
「――北河二ユウ。先代の州議長である時栖コルサに“無街”で拾われ、コルサ亡き今、現在進行形でこのゲミニ州の上院議員としてのキャリアを歩んでいる……成り上がりの強者」
「それは……!」
「さすがにわかるだろ? 詳しい経緯がどうであれ、今日に至るまで“無街出身者”が立ち退き勧告のみで済ませていたという事実がありえないっていうことはな!」
奪い奪われることが当たり前の環境で育った人間が、問題解決の方法として平和的な解決を選択した。
そう選択できる地位まで上り詰めた。それは確かに凄い夢のある話だ。
「他のヤツだったら……無街を少しでも生きたヤツならこんな回りくどいことなんてしない。掴み取った権力を好きなように行使し、容赦なんて一切せずにオマエらを殺すだろうさ!」
「………ねえね」
「これくらいは知ってるだろ? 無街じゃ、色んな生き物の死体が幾つも転がってることを! 己が欲望を満たすために残虐なことができるヤツなんざ山ほどいることを! 自分の身内は違うと思っていたのか? 実に滑稽なことだ! 傑作にもほどがあるな!」
暗い表情をするネレを他所に、ストラはチマキの言葉にじっと耳を傾けていた。
「さて、長々と話したがそういうことだ。理解できたなら、荷物をまとめてさっさと消えろ! 私がオマエらに与える未来は――華麗に散るか! 暴力による死の二択のみ!」
チマキの力強い雄叫びが、興奮した牛の鳴き声のように普及する。
それは紛れもない宣戦布告であり、戦場を鼓舞する開戦の狼煙。
どう転ぼうが破滅への道標を示された―――絶対的な死刑宣告。
「オマエらや世間様が私達をなんと呼称しようが、今はタウルスの警備隊としてゲミニ政府と協力し、不当に土地を占拠する団体を排除するだけだ! 正義は我らのためにある!」
天を切り裂くべく伸ばされたようなチマキの指先。
それは戦場の最前列にて振りあげられる、よすがの旗が如し。
「やったあああああああああああああああああああ!!」
「もしやママが最近身に着けたあのキラキラ装備を!?」
「――血がたぎる……たぎるぞおおおおおおおおお!!」
ママの激励に感化され、よすがに身をゆだねるは三人の子分達。
ぎらぎらと血の色が馴染んだ狂気の笑顔と雄叫びを上げ、奮起と士気を高めた。
「――っ!」
今度という今度は、誰にも邪魔できない。流れを変わることはありえない。
一番先頭にいるストラを筆頭に、全員がそう確信した。
均衡がほつれ、絡み合った思惑の糸が今まさに――――、
「――と、本来ならここで戦いが始まるはずなんだが………今回は違う!!」
――解ける行為をキャンセルされた。
『はああああああああああああ!?!?』
子分達を含め、その場にいる全員が信じられない肩透かしを食らい、緊迫した感情がどこかここ以外の空間へと流され始める。
二度も続いて肩透かしが続く展開は、物語だったらご法度な禁止行為だ。
まあ、そこは現実だから、上手いこと話が進まないのはごくごく普通のことなのだが。
「今回は大サービスとして! 今から挙げる二つのどちらかを差し出せば、見逃してやる!」
即座に切り替わった話の内容に、その場の全員が耳を傾ける。
「―――ふたつ?」
「な、なんだよ! そのふたつって! これ以上ポントスから何を奪うってんだよ!!」
突然の要求。戦いを止めたうえで行われるその提案が普通であるはずがない。
軽い口で進行されるチマキの要求。それは――――、
「――先代州議長、時栖コルサの手記」
「――――――――――っ!?!?!?」
「もしくは、ゲミニ州議長選挙『セントエルモの儀』に関する情報を全て開示することだ!」
「――――親父の手記?」
『…………………………………………??』
その要求は、先程までの荒事が始まる直前みたいな空気を一変させた。
どちらも聞いたことない単語だ。手帳はともかくとして、この二週間調べ上げたゲミニに関する情報の中で、『セントエルモの儀』なんてものは存在しなかった。
選挙方法ということだし、州内のみで完結している情報なのか。
そう結論付けた矢先――。
「……セントエルモの儀?」
「――なんだそれ?」
「ゲミニの州議長は上院議員二名のどちらかから市民投票で決めるんだぞ!」
ポントス港の……ゲミニ州の市民達が皆一様に“はてな”を一辺倒に顔へ出力した。
嘘を言っているようには見えないし、彼らが本心を口にしているのは確信的だった。
誰もが互いに知っているかどうか、認識を照らし始めたのだ。
この光景が嘘であるのなら、彼らは漁師を今すぐ辞めて、劇団を開いたほうがいいだろう。
「ま、ママ? なんだよ。そのセントエルモの儀って?」
「そうか! やはりお前達は記憶できなかったのか!」
何やら意味深なことを口走りながら、チマキはある一点のみに焦点を当てていた。
僕はその視線の矛先になにがあるのか理解できる。チマキは見逃さなかったのだ。
全員が困惑する最中、ただ一人だけ、自分の発言に強い動揺を示した人物の存在を。
「――では、君に聞けばわかるのかな?」
もう一人の上院議員――――時栖ストラの存在を。
「今、明らかに動揺して見せた。もう一人のゲミニ上院議員、時栖スト――」
刹那――チマキの肉体が勢いよく宙を舞った。
『えっ――――?』
神経が認識できない速度で、その事象は行われた。
それ以上、口が開かれないことを目的に行われた突然の蛮行。
吹き飛ばされ、地面に横たわるチマキの姿に、僕でさえ釘付けにされた。
「――――どこで知ったんだ」
声が聞こえた。このアナーキアで、初めて聞いた誰よりも冷たい声。
そこにいたのは―――、
「――その言葉を!!!! どこで知ったんだ!!!! 答えろ!!!!」
目を血走らせ、般若の如き形相で殺気を放つ――ストラの姿だった。




