第18話 『星を見つめて』
「――アウトサイダー、こんな時間になにしてるの?」
みんなが寝静り、青色の夜がアナーキアを包み込んだ道標なき時間。
ストラとアスリの素晴らしい舌戦を聞いた僕は興奮覚めやらず、ひとり砂浜を佇んでいた。
「星を見てたんだ。ルケもこっちにおいでよ。クラミとのこそこそ話は終わったんでしょ?」
まるで忍者みたいに突然気配を現したルケに手招きすると、彼女は僕の真横へやってきた。
「服がびしょびしょだね。それ、エマヌエルから帰るときにわたしがだめにしちゃった制服だよね? さっきは予備の制服に着替えていたのにどうして?」
僕の直球な嫌味にルケは特に反応を示すことなく、びしょ濡れの僕へ問いを返した。
「いや~頭を冷やしたくて少しだけそこらへんを泳いだんだ。エクセアは透き通りすぎていて気持ちがいいね。このネオンライトみたいな夜も相まって素敵だったよ。こんなの初めてだ」
それは明らかに異様な時間。世界が青一色に染まり、夜の街でよく見られる色のついた光が世界規模で夜空を照らしているような光景だった。
「………そっか。今日は青臨。夜がずっと青色に染まる日だよ」
「アナーキアでは結構珍しかったりするの?」
「別に珍しくはない。アナーキアは外の世界のいろんなものに影響されていて、数多くの現象がよく見られるから。こういうのはまだ無個性な方だと思う」
なるほど、まだまだ知識不足だな。でも、これで完全に記録した。
「ふーん……例えばどんなのがあるの?」
「時間関連だけなら、青臨、赤燐、緑麟、白夜を始め、一日中朝と昼が続く陽日。逆に一日じゅう夜になる黒日とかいっぱいある」
「へ~、白夜は僕のいた世界にもあったな~。南北の端で見られるやつだね。じゃあさ? この空に広がる満点の星々はなんなの? それにたまに赤く輝いて消えたりするんだけど?」
空を見上げれば、満点の星々が空間を潰すよう燦々と輝いていた。
「あれは星じゃない。ひとつひとつがアナーキアから観測した外の世界だよ」
さらっととんでもない情報が僕の耳に入ってきた。
「……えっ? じゃあいま、星が赤く消えたのは………」
「世界がひとつ滅んだの。みんな知らないだけで多元宇宙は幾らでも存在してる。もしかすると、今滅びた世界(星)から誰かがこのアナーキアにやってくるかもしれない」
「あっさり言ってるけど、えげつないね。たった一瞬で数多の命が燃え尽きたんだ」
「――“理不尽は唐突に訪れる。だから全てを受け容れろ、アナーキアのように”」
ルケが胸に手を当てて目をつむる。
それは顔も知らぬ誰かへの無意味な弔いに他ならなかった。
「ははっ、なにそれ? 格言みたいに聞こえるけど、それってただの――」
――虐げられた弱者の言い訳じゃないか、そう言おうとした。
「――“だが、そのうえでどうするかは、お前自身が決めろ”」
「――――――――――」
「友達のひとりがよく口にしていた言葉。わたしの人生に色を与えてくれた言葉なんだ」
そこから先は当然のように遮られた。それは見覚えしかない過去を振り返る動作だった。
その追想には、なにか得体のしれない重みが込められていたのだ。
「そっか……」
僕はルケに倣い、哀悼の意を星へと投げた。
僕と星の間には途方もない青色の闇が広がっていて、そこに明確な道は見当たらない。
すでに消滅した星に投げたところで、その刹那の想いは無へと還る。
「――“自分で自分に自身の法を与える”……自律性を重んじた格言だね」
「……うん、そうだね」
「………………………」
「……ねえ、アウトサイダー」
「ん? どうしたの?」
「――なにをするつもりなの?」
そうして数秒の間が刻まれ、ルケは別の方向へと話を切り出した。
それはド直球に僕の心の中を覗き込まんとする清々しい発言だった。
「不思議な質問だね。アスリの警護もそうだし、さっきまで皆で散々話してなかったっけ?」
「それはみんなでやること。わたしは貴方個人がなにを目的にして動いてるのか聞いてるの」
横目でルケの顔をちらりと見やる。
そこには真剣な眼差しと無表情な顔で僕の目をじっと見つめるルケの姿があった。
どうやらおふざけは厳禁らしい。
「……うーん。じゃあぶっちゃけると――“恩返し”かな」
「そう、恩返し――おんがえし?」
ルケは自分がなにかの聞き間違いをしたとばかりに首を振った。
「ストラには命を救ってもらった恩があるからね。彼女が海から引き揚げてくれなかったら、僕はここにいないわけじゃん? だから迷惑にならない程度に恩返ししようかなって」
「なるほど……」
そうきたか、とルケは無表情な顔のまま小さくため息をついた。
「じゃあ貴方は――」
「あーちょっと待って、次は僕の質問に答えてよ。お互い隠し事が多いみたいだし、公平にした方がいいと思うんだ。――その方が、互いに後腐れなくていいでしょ?」
そう言って再び口を開こうとしたルケを上から塗りつぶすように待ったをかける。
「……わかった。確かに“相棒”として軋轢が生まれるのは避けたい」
それぞれの事情が絡み合っているだろう視線が交差する。
ルケは僕の隠し事が多いという言葉を否定しなかった。
「じゃあ――君が今日使った武装について教えてほしいな。『N.E/O.』って言ってたよね?」
「……………………」
早速、隠し事の一つに抵触したのか、早くもルケは口を閉ざす準備を始めた。
「君は知らないだろうけど、その言葉は僕にとっても馴染み深い言葉なんだよね。それが僕の頭の中にある知識と同一のものならさ。――悪いけど不愉快極まりないんだよね~」
僕はおどけた口調で、先程からだんまりしておられるルケさんに微量ながら圧をかける。
自分の中に浸み込ませた感情が溢れてしまいそうな感覚を味わいながら。
そうしてだんまりが通じない現実にルケがとった行動は――、
「――【N.E/O.顕現・剣】」
――あの時と同じ言葉を口にすることだった。




