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異邦の鉄血戦線 〜その戦争、承りました〜  作者: ムック
鉄血戦線パラベラム・サイト
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4.悪魔との契約

 アシェルは二人の暗殺者を戦闘不能にした。残るは未だあ然としているホグトンのみ。アシェルは無言で歩み寄る。


「ま、まま、待ってくれ!」


 ホグトンはようやく自分の置かれている状況を理解したのか、脂汗を滲ませながら慌て始めた。

 だが、アシェルにその言葉を聞いてやる道理はない。刃をチラつかせながら距離を詰める。


「来るな!た、頼む!命は…それと金だけは奪わないでブフォッ!」


 『ブフォッ!』はホグトンの愉快な語尾などではない。この状況で金を惜しむ厚かましさに、アシェルが反射的にホグトンの金的を蹴り上げていたのだ。

 あまりの痛みにホグトンはその場で悶絶する。


「この期に及んで金に執着するその胆力は褒めてやる。」


「な、ならば、何が望みだ…。すぐに殺さんということは……求めるものがあるのだろう?」


「へえ。」


 どうやらこの窮地においても悪知恵は働くらしい。アシェルにとっては話が早くて好都合。もう少し泳がせてみるか、と会話を続ける。


「じゃあ、なんだと思う?」


「金か?」


穢魔(ダート)がいくら金を持ってようが使う相手がいなければ意味はないだろ。」


「……なら女か!いや、待てよ…。」


 少し考える素振りを見せたあと、ホグトンは自分の中である答えにたどり着いた。


「地位か!」


 アシェルわざとらしく目を見開いた。思っていたより早くその答えにたどり着いたことに多少の驚きもあった。


「我を利用してこの国を取るつもりか!」


「存外、早かったな。」


「そ、そうか。そうなんだな!?ブ、ブフフフ、そうであろうなあ。貴様らのように忌避される者どもにとって我の計画は好機!反乱分子の排除を装い、我を取り込む気であったか!」


 (うずくま)るホグトンに一枚の紙切れを滑り込ませる。


「安心しろ。あくまで対等な()()の契約書だ。そこに印さえすれば身の安全は確保してやる。」


「ほ、本当だな!?」


「ああ。その代わりにお前は俺たちのために祝業(スキル)特別指令(ザ・ミッション)】を使え。精神力を無視できる絶対の強制権をな。」


「まさか我のもつ天授(スキル)までお見通しとはな。」


 ホグトンはニヤリと口元を歪めた。命の危機が去って安心したのか、はたまた――


「分かった。印だな。今すぐ押してやるとも。」


 その言葉通り、契約書には速やかにホグトンの拇印が押された。


「ブフ、ブフフフ、ブハハハハ!」


 突然のように高笑いを始めるホグトン。その不敵な笑いは十秒以上も絶えず続く。


「何がおかしい。」


「結んだな、我と。同盟をおおお!」


「……!まさかっ――」


「そうだとも。ようこそ、貴様も【家名に連なる者】の一員だ!」


「なん…だと。しくじったか!」


 立場が逆転する。



 リリィ・オクトルールは混乱していた。怒涛の展開が繰り広げられて、思考が追いつかないでいる。


 不気味に現れた黒衣の男。自分を助けに来てくれた!などというのは勘違い甚だしい。どうやら男はこのブタを始末しに来た暗殺者のようだった。

 男は同業らしき二人組を瞬殺し、まさしく悪魔のような強さを見せつけた。かと思えば、実は男はブタの計画に乗じて国を乗っ取るつもりらしく。


 止める間もなく同盟の契約が成立。【家名に連なる者】には血族、親族、婚約者、雇用関係――そして、同盟もそれに含まれることを男は知らなかったらしい。


 故に、立場逆転。勝ち誇るブタ。膝から崩れ落ちて這いつくばる黒衣の男。


――なにこれ。


 リリィの率直な感想である。これで黒衣の男はブタの命令に逆らう事ができなくなった。


「良くも我をコケにしてくれたな!」


 ブタの短足から繰り出される蹴りが四つん這いの男の腹に入る。


「貴様はそのまま這いつくばっていろ。その方が穢魔(ダート)にはお似合いだ!」


「そんな馬鹿な……。」


 男はつぶやく。が、それはリリィのセリフだ。


 そんな馬鹿な。見るからに強そうな暗殺者を容易く倒しておいて最後に自滅。

 『上手くいけば有耶無耶になって助かるかも』というリリィの希望は儚く散った。


 かすかに扉の外から衛兵の怒号のようなものが漏れ聞こえてくる。


「少し騒ぎ過ぎたな。外の衛兵がそろそろ駆けつけて来るだろう。この場所を見られる訳にはいかん。しばらく貴様の醜態を眺めていたかったが――。」


 まずい。ブタはここでこの男を殺すつもりだ。止めないと――


 「動くな!」


 リリィの動き出しを察知してブタは再度命令を下す。またもや体は見えない何かに拘束されてしまう。黒衣の男は悔しそうに床をトントンと殴るのみ。


「さらばだ、穢魔(ダート)。ではただちに死ねえええええい!」


 嬉々としたブタの鳴き声が響いた。


――もう終わりだ。彼の処分が終われば、次は私の番。


 だけど、ブタの声がこだましたあとには何も起こらなかった。男も蹲ったまま「なぜだ、なぜ失敗した」と悔いる言葉を零すだけ。


「ブフフ、そうか。貴様、精神力が高いのか。同盟レベルの強制力では足りぬか。チッ、養子縁組の契約書は切らしていたか……。ならば仕方あるまい。」


ブタは息を大きく吸って叫んだ。


「【特別指令(ザ・ミッション)】、眠れ!」


 同時に立ち呆けていた数多の女性がバタバタと倒れていく。続けてブタは叫ぶ。


「【特別指令(ザ・ミッション)】、解除(リリース)再選択(リセレクション)、『同盟』!ブハハハハ、これは精神力をも無視した命令権だ!今度こそ殺してやる。【特別指令(ザ・ミッション)】、死ねええええ!」


 リリィはギュッと目を閉じた。ブタが何をしたのか直感的に理解してしまったから。さっきの会話からして、【特別指令(ザ・ミッション)】はさらに強い強制力をもつ天授(スキル)だ。だが、その強制力ゆえに使用する対象は限られる。これまでは周囲の女性の自我喪失に向けられていた力を『同盟関係』の人間に移し替えたのだ。


 これで本当に黒衣の男はおしまいだ、とリリィは覚悟した。だけど醜い鳴き声が反響するだけで状況は変わらない。


「む?なぜ死なぬ!死ねと言っておろう!死ね、死ね、死ねええええ!熱っ!?」


 と、ブタの声に呼応するように同盟の契約書が一瞬にして火を吹き、瞬く間に燃え尽きた。すると、


「もういいか?」


 男は何ごともなかったように立ち上がり、衣服についた汚れをパンパンと叩いた。


「な、何故だ……一体何が!なぜお前は平然としておるのだ!」


 ブタがわなわな震えながら男に指をさした。だが、男は無視するように身だしなみを整える。一通り汚れを落とすとブタをチラッと見てようやく、


「あ、悪い。もう一回言ってくれ。」


「貴様あああ!なぜ我の祝業(スキル)が効かんのかと聞いておるのだ!」


「ああ、それは」


 男は言葉を遮って耳元にから何かを取り外した。


「耳栓だと!?」


「お前の能力は相手に命令内容を認識させる必要がある。つまり聞こえなければ効果はない。」


「なぜそれを!?いや、それ以前におかしい!先程まで普通に会話しておったでないか!そんなものいつつけたというのだ!?」


「質問が多いな。自分の立場がわかってないのか?」


「なに!?」


「契約書が消えた今、同盟は解消だ。俺はもうお前の影響下にはいないということだ。」


 ブタは手に持っていたはずの契約書を探すが、もちろんそんなものまたたく間に灰と化している。


「ふ、ふざけるな!貴様何がしたいのだ!」


「答える義理はないな。」


 バンッ!と扉が強く開かれる。


「ホグトン様!ご無事ですか!?これは……!」


 ホグトン配下の衛兵が一斉になだれ込んでくる。彼らの目に映るのはホグトンではなくリリィでもなく、されど侵入者ですらなく――


「エミリー!」

「こっちはロゼッタだ!」

「ゼシカ、こんなところに!」


 衛兵たちは一目散に倒れた女性の元に駆け寄っていく。その中の一人がホグトンに詰め寄った。


「ホグトン様、これはどういうことですか。どうして行方不明の娘たちがこんなところに」


 この言葉でリリィは大まかな事実を察してしまった。眠らされている女性たちがどこから連れて来られたのか。人徳のない底辺貴族のブタの元にどうしてこれだけの衛兵が集まっているのか。娘を探してやるとでも騙していいように使って来たのだろう。


「任務完了。帰投する。」


 男はボソッと何かに呟くと降下してきた位置に向けて走り出した。


「待て、貴様!」


 男はブタの制止を無視して走る。それもそうだ。もうブタの言葉に強制力はない。


 場内にはバラバラバラッ、と聞いたことのない爆音が響く。まるで空気が爆ぜているような。巨大な化け物が羽ばたいているような。


 男の向かう先。タイミングよく天窓――いや、さらに上空から縄梯子が降ろされた。男がそれを掴みむとゆっくりと引き上げられていく。

 爆音の正体は分からないけど逃走手段であることはリリィにも理解できた。


「じゃあな、ホグトン。気の利いたことは言えんが……まぁ、自業自得だ。」


「貴様あああああ!」


 ブタはものすごい剣幕の衛兵に取り囲まれて、問い詰められている。この先どうなるかは分からないがきっとマシな末路は辿らないだろう、とリリィは察した。



 アシェルは螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)から垂らされた縄梯子に掴まりテーヘン邸を脱出した。


「まったく、余計な博打を打つはめになったな。」


 そんな愚痴を吐きながら、アシェルはあの場にいた少女のことを思い出していた。


 美しい少女だった。王国一という評判も頷ける。だが、それ以上にどこか印象的な――。


 そこまで思い至って考えるのをやめた。というより、考えても仕方のないことだった。


――いつもに比べてどっと疲れたな。仮眠でも取ろうか。


 アシェルがそんなことを考えたとき。


「ねえ、ちょっと。」


 聞き馴染みのない女の声。アシェルは嫌な予感がした。


「引き上げてもらえない?」


――何となく足元の方から聞こえてくる気がするが。いや、これは何かの間違いだ。そうに違いない。


「私……もう無理……かも!」


 幻聴が聞こえるほど疲れていたのか、と自分を納得させようとするアシェルだが、いよいよもってそれが現実であることを理解する。


「え、ほんとに?私、このまま落ちて死んじゃう?ダメ……握力もうない!もう力入らな……きゃっ!」 


 アシェルは本当に落下寸前だった少女の腕を掴んだ。流石に現実逃避のせいで少女ひとりを見殺しにしたとあっては寝覚めが悪い。


「なんで、お前、ついてきてんだっ!」


「だっ!」の勢いで掴んだ腕を引き上げて、少女を肩に担いだ。まるで竿にかけられた布団のように二つ折りになる少女。


「ちょ、ちょっとあんたどこ触ってるのよ!」


「おい、暴れるなって。腰くらいでごちゃごちゃ抜かすなよ。」


「なっ、ごちゃごちゃって。あんたレディの腰を何だと」


「放り投げるぞ。」


「ごめんなさい。」


 やけに素直な謝罪。それからリリィは驚くほど大人しくなった。縄梯子が引き上げられるなか、


「お前どうしてついてきた。」


「だって私……どうしても逃げたくて。」


「だからってだな。」


「でも、こうするしか……。もう私に居場所なんて……。」


 段々と少女の言葉に覇気がなくなる。落ち込んで……というわけではないらしい。張りつめていた緊張の糸が切れて、急激な疲労に襲われているところだった。


「よく聞け、リリィ・オクトルール。もうお前に帰る道はない。俺たちの悲願が達成される、その時まで。って、聞いちゃいないな。」


少女はとっくに意識を失っていた。


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