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決意(3)

 鳥のさえずりで目を覚ました。

 白い日差しが部屋に差す。時計は八時を指している。部屋の端に村から持ってきた荷物が木刀と一緒にちょこんと置かれている。

 大きく伸びをした。気分もスッキリだ。


「あ、着替えてる……」


 首から通すだけの簡単な部屋着を着ていた。誰がやったんだろう。お医者さんかな。

 袖の端から見える肌に聖水で負った火傷の跡はなかった。治ったみたいだ。点滴もない。完全復活だ。

 と、いうことは。


「もしかして、これからまた日課に行かなきゃ行けないのかな……」


 ノックの音がした。誰だろ……誰にしろ憂鬱だ。どうせ離宮送りになるならもう放っておいてほしい。修行なんて行きたくないし、『茶会』も嫌だ。また能無しと笑われるだけだ。


「はーい」


 ベッドに座ったまま返事だけした。


「おはよう」

「ウィリアム……」


 今、一番会いたくない人物が部屋に入ってきた。

 なんてったって一方的に怒鳴り散らしたのだ。一番助けてもらっているのに。八つ当たりだと思われても仕方がない内容で。正直、恥ずかしい。

 けれども、私からすれば、彼は私をここに閉じ込める側の人間で、八つ当たりというわけでもなかった。

 大体、なんで十星将がこんな後宮もどきみたいな場所に毎日入り浸ってるの……


「気分はどうだ?」

「……」


 全快なんて彼に言えるわけがない。どうせ修行に行けってことになる。

 彼はベッドサイドに置いてある椅子に腰掛けた。


「医者は、聖水の害からは回復したと話していた。回復の早さに驚いてたぜ? 普通の体力じゃないって。丸三日寝たきりだったけどな」


 あ、またタメ口になってる。別にいいけど。


「知ってるなら聞かないでよ。回復したって言われたって、私、もう修行には行かないから。行っても無駄だと思うし。離宮に行く日まで、せめて城内だけでもいいから、自由にさせてほしい……帰って」


 私はそっぽを向いた。

 あれだけ怒鳴った後だし、もう私のことなんて見捨てるでしょ。


「そうか」


 なぜかウィリアムは面白がるように言った。


「修行はまだドクターストップがかかっている。元気になったんなら今日は王都の練武場に案内しようかと思ってたけど」


 な、なんだと?


「王都の練武場って……」

「近衛兵やミスラ連合に所属する兵士たちが練武するための場所だ。各国生え抜きの衛士からさらに選ばれた強者が使っている」


 つまり、最高峰じゃないか。


「けど、そうまで冷たくされるんじゃ仕方ないな。帰るか」


 ウィリアムが椅子から腰を浮かせた。

 こうなったら帰すわけには行かないっ!

 彼の手首を掴んだ。


「……この手はなんだ?」

「行きたいです」

「わかった」


 ウィリアムは造作もなく私の手を解いた。


「外で待ってるから、服、着替ろよ。制服じゃなく、家から持ってきた方の服な」

「あ……うん」


 なんだか拍子抜けして、バカみたいな返事しかできなかった。




 練武場は熱気で溢れていた。

 大きな体育館のような室内に、キューブ型の試合場がいくつも浮いている。キューブの周りに集まって、観戦している人もいる。床の上では型の練習をしている人、準備運動をしている人もいる。部屋の端では、訓練を終えた人たちが椅子に座って休憩している。


「キューブはだけじゃなく、法術の訓練もできるようになっている。座学をする場合は別の個室でやる」


 前を歩くウィリアムが私に説明をしてくれた。


「結構自由にやってるんだね。みんなで一緒のことやったりはしないんだ」


 村ではみんなで同じメニューをこなす時間があった。


「そういうレベルは超えてきてる奴ばっかりだから、あまり意味がないな。必要だと思えば、個人で師を見つけて教えを乞いに行く。ここでやるのは基本実戦形式の鍛錬だ」


 周りの人から視線を感じる。みんな、ウィリアムを見ている。


「自分がやりたいと思った奴に自分から声をかけにいく。後は、クラス別だな。同じクラスの奴と乱取りできるのが、あそこら辺に浮いてる試合場だ」


 ウィリアムが大きなキューブをいくつか指差した。各キューブには赤や青の旗が立っていた。


「クラスは練習着の色を見ればわかる」


 ウィリアムが自分の袖を指差した。ウィリアムは黒地に金のラインが入っている。私のは白だ。


「……白い旗のキューブ、なくない?」


 ちなみに黒もない。


「白は見学者の色だ。ちなみに黒は将校の色だが、人数が少ないから専用のキューブはない。自分に合った場所に入る。頭脳派もいるから、全員が武に優れているわけでもないしな」

「なるほど……」


 そっか。じゃあ、私が入れるキューブはないんだ。

 ウィリアムが私の方を振り返った。


「なんかつまらなそうな表情だな。やりたかったのか?」


 あ、また、部屋のときと同じ、面白がるような顔になってる。


「うん。やりたい」

「病み上がりなのに?」

「完全復活したから!」


 全く問題ない。むしろ今すぐ体を動かしたい。爆発しそうだ。


「そうか」


 なぜか潔い返事が帰ってきた。

 この流れは、もしかして。


「じゃ、俺が相手になってやるよ」


 ニタっとウィリアムが笑った。




 試合場の中央に立つ厳つい男の人が大声で宣言する。


「法術は身体強化のみ! 詠唱なしで発動するとする」


 男の人は私にヴァルカスと名乗った。袖の色は黒。この人もヴァルナの将校だ。年は五十代くらいだろうか。スキンヘッドが険しい眉や目つきと相まって、なおさら厳ついイメージを演出している。

 周りを見回すと、キューブの周辺はちょっとしたギャラリーになっている。


「ね、ねえ。この状況って……人多すぎじゃない?!」

「まあ、事前に話してあるからな。戦える剣の乙女が来るって」

「はあ?!」

「ちなみにヴァルカスはミスラ連合軍の大佐だ。話したら審判したいって言い出した。乱取りに審判なんていらねぇのに」

「はあああああ?!」


 それじゃ、私が乱取りしたがるって事前にわかっていたみたいじゃない。

 こ、こんな状況じゃ集中でき……


「まさか、この程度で集中できないとかないよな?」

「う……」

「大丈夫。始めれば周りを気にする余裕なんて無くなる」


 模造刀をウィリアムが左右に軽く振った。結構な速さだった。


「全力で来い」


 彼の雰囲気が変わった。初めて会ったとき、幽鬼から助けてくれたときと少し似ている。

 気迫で肌の表面がピリっと痺れるような気がした。


「そうだね」


 瞼を閉じて、ゆっくり息を吐く。模造刀の切っ先を彼の正面へ向けた。


「始め!」


 ヴァルカスの声を合図に、ウィリアムが動いた。

 と思ったら、すでに懐に入られていた。


「!」


 首を狙って振り上げられた一撃をギリギリのところで避けた。

 二撃目がすぐに来ると思ったけれど、さらに踏み込まれることはなかった。

 スッと彼の体が目の前から消える。

 動きを目で追えない。感覚で相手の動きを掴まなきゃ、やられる。

 次は背後に気配を感じた。半身を引いて振り返り様、彼の剣の軌道を自分の剣でいなしてズラした。手首を回し、剣の柄で彼の背中に落とす。が、すでにいない。キューブの隅に立っているところが目の端に見えた。

 彼の動き方は不自然に大きかった。対人戦だとは思えない動きだ。いや、当たり前か? 幽鬼を狩るときは大抵自分より大きい獲物を相手にしているんだから。そういう闘い方が正解。

 彼の攻撃をいなすだけの時間が続いた。反撃をしたいけれど、そんな余裕はない。正面から打撃を受けないので精一杯だ。

 心拍数が上がる。剣の切っ先が震え始める。限界が近かった。

 攻撃しないと、ダメだ。

 私も彼と同じく、大きく動くことにした。私から仕掛けなきゃ、この状況は変わらない。

 自分から動くと、相手がどこにいるのか、目視なんて不可能だった。だけど、気配はギリギリわかる。感覚だけで飛びかかり、剣を振り下ろした。

 硬い、指先が痺れるような手応えがあった。


「しまっ……」


 私の剣が飛んでいく。ウィリアムの剣に飛ばされたのだ。

 肩をトンっと叩かれて、尻餅をつく。

 切っ先が私の眉間に突きつけられた。

 終わった。


「……ったあ! はあ、はあ、ゲホッ……はあ」


 集中しすぎた。

 急に肺に空気が入ってきて咳き込んだ。なのに吸っても吸っても酸素が足りない。吸いすぎちゃダメだ。吐くようにしなきゃ。


「終わり!」


 ヴァルカスの声がした。

 ウィリアムが右手を私に差し出した。


「大丈夫か?」

「うう……大丈夫」


 彼の手を取った。うわあ、今気がついたけど、私、信じられないくらい汗だくだ。でも、とにかく、終わりの礼をしないと。

 お互い開始位置について、頭を下げた。

「ありがとうございました」


 頭を上げた瞬間だ。手のひらを叩く、軽い音がした。その音はどんどん増えていって、それは、まるで。


「……拍手?」

「そうだな」


 みんなの視線の先にあるのは……


「私?」

「そうだな」


 私は一時、呆然として周りを見回した。

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