リシの権能(1)
村を出て、竜からリニアに乗り換え、わずか四日。私はヴァルナ王国の地を踏んだ。神から与えられし正義の剣、アーカーシャを抱く聖女となる修行を行なうために。
その昔、まだ、人と幽鬼が同じ地上に存在した頃、幽鬼に滅ぼされかけた人々を救うために、最高神ヴァルナがアーカーシャを与えた。
アーカーシャの光は余すところなく地上に降り注ぎ、幽鬼を黄泉に閉じ込めた。
それからというもの、時折、幽鬼に取り憑かれた異形に襲われながらも、人は平穏に暮らしている。
それが私の知るアーカーシャの歴史だ。
まさかアーカーシャの鞘は極星ミスラに選ばれた聖女の魂であり、鞘となった聖女をヴァルナの王族が娶っていた、なんて知らなかったけれど。
アーカーシャを振るうことができるのはヴァルナ王国の直系王族のみ。今でいうと陛下と殿下、その弟君の三人だけ、らしい。
王城に着くと、すぐに殿下とシルヴィア様とは別行動になり、殿下の命令でウィリアムが王城を案内してくれることになった。
王城は白一色だった。白い壁、白い床、そして、白い柱。真っ白な風景を赤いカーペットや飾ってある花が飾っている。統一感を重視して作られた場所だった。
そのせいでどこもかしこも似たような風景で、案内がなければ一瞬で迷子になってしまいそうだ。
庭に面した長い渡り廊下を抜けると、一際白い宮殿が現れた。
「ここが王城の東館。リシと剣の乙女が暮らす場所です」
「剣の乙女?」
「キラナ様のような王妃候補のことをそう呼びます。まず、他の剣の乙女と会っていただきます」
中は他の宮殿の作りとほとんど同じらしかった。変わり映えのない広い廊下をまっすぐに進む。
時々、お城で働いているらしい人の姿を見かけたけれど、その誰もが私たちの姿に気がつくと、物陰に隠れた。心なしか、歓迎されていないように感じる。落ち着かない。ここはいつもそういう雰囲気の場所なのだろうか。
両開きの扉の前でウィリアムが立ち止まった。
「ここが応接室です。すでに他の剣の乙女は集まっています。扉を開けたら、お辞儀をして、他の乙女にあいさつをしてください。学校で自己紹介するような感じで、普通に」
ウィリアムがゆっくりと右側の扉を押した。
扉が開ききると、私は部屋へ一歩踏み出し、頭を下げた。
「こんにちは! メルバ共和国から来たキラナと申します。よろしくお願いします!」
恐る恐る頭を上げる。部屋には四人の少女が立っていた。剣の乙女の制服だろうか。四人とも同じワンピースを着ている。真っ直ぐなブルネットを持つ少女、褐色の肌にクセの強い黒髪を持つ少女、透き通るような白皙に亜麻色の髪を持つ少女……色々な国から集められたのだろう。少女たちは様々な容姿をしていた。
彼女たちはこちらを睨みつけるだけで誰も何も言わなかった。
何かおかしかっただろうか。言われた通りにしたんだけど。
「平民が」
誰かはわからない。ぽつり、と小さな呟きが聞こえた。棘のある声だった。
ウィリアムが部屋に入り、私を庇うように斜め前に立った。
「一人欠席のようですね」
ブルネットの少女がウィリアムに微笑を返した。青みがかった黒い瞳が濡れたように潤んでいる。
「ユリア様は体調不良でお休みです。もう二日、姿を見ておりません」
どこからともなく嘲笑が起こった。嫌な雰囲気だ。
ブルネットの少女は私を見て目を細めた。
「殿下の命令がありましたので赴きましたが、この人には、あいさつなど必要なさそうです。私は失礼させていただきます」
そう言うと彼女は私の脇を通り抜け、部屋から出ていった。
すると、他の少女たちも私の存在を無視するようにして部屋を出た。
最後の一人が脇を通ったときだった。
「弁えなさい。それがやっていくコツよ」
空耳かと思うほどに小さな声だったけれど、確かにそう聞こえた。
赤銅色のまっすぐな髪が視界の端に消える。
驚きで固まっているのも束の間、ウィリアムが私に部屋を出るようにうながした。
「あいさつは終わりました。部屋までご案内します」
「今のでいいの? 本当に?」
なんか私、おかしかった訳ではなくて?
「キラナ様はあいさつされましたから、義理は果たしました」
義理って、そういう問題なのだろうか。
彼女たちの態度を目の前にしても、ウィリアムの表情に変化はなかった。まるで最初からこうなることがわかっていたみたいだ。
「現在の剣の乙女たちに問題があることは殿下も把握しています。行きましょう」
歩き出したウィリアムの横に並んで私は話かけた。
「あの、質問してもいい?」
「どうぞ」
「彼女たちは、私と同じように集められた少女たちなんでしょ? その……彼女たちの台詞からすると、みんな貴族とか、そういう出身なの?」
平民が、という最初に聞いた侮蔑の言葉。あれはつまり、そういうことなんじゃないだろうか。
ウィリアムは頷いた。
「今の代の乙女はそうですね。全員各国の上流階級出身です。二代前には平民の方もいらっしゃいましたが、キラナ様のように平民で剣の乙女に選ばれる方は稀です」
「そう、なんだ」
予想しなかった訳じゃないけれど、やっぱりとんでもない場所に私は放り込まれたらしい。
ウィリアムが話を続けた。
「ここにいる少女たちはみんな、十歳を超える前までにヴァルナに来ています。リシになり、アーカーシャを抱くには特別な修行と教育を受ける必要がありますから。さらに、アーカーシャが鞘となる魂を選ぶまで、その資質を競うことになる」
「競う……」
「ええ。王妃はアーカーシャが選びます。競っても本来は無意味なのですが、権力が好きな連中は競争したがる。今代はそれが特に酷い」
権力が好きな連中、と言うときのウィリアムの声音は嫌悪に満ちていた。どうやら彼はそういうことが嫌いなようだ。
「つきました」
廊下の端にあるドアの前でウィリアムが立ち止まった。
「ここがキラナ様のお部屋になります。あとは城付きの侍女が案内してくれるはずです。それでは私は失礼します」
丁寧な動作で頭を下げると、ウィリアムは踵を返した。
このままじゃ、行ってしまう。
背中を向けられるとなぜだか急に心細くなった。
「ウィリアム!」
思わず、声が出た。
ウィリアムが振り返る。どうしよう、何か言わなくちゃ。
「案内してくれてありがとう。また、会えるよね?」
こんなことを言ってどうするんだろう、私。また会えるか、なんて。
ウィリアムが少し驚いたような表情を浮かべた。
一瞬の逡巡の後、彼は私の手を取ると膝をつく。
そして、指先に軽いキスを落とした。
突然のことに心臓が波打った。指先から熱が上がっていく。恥ずかしくて、息がうまくできない。
頭を下げたまま、ウィリアムが静かに言った。
「あなたは間違いなく極星ミスラに選ばれた聖女です。これから何があったとしても、そのことをどうか忘れないでください」
彼は立ち上がると、今度こそ私の前から立ち去った。
心臓の鼓動は治りそうもない。
ミアの声が耳の奥に蘇る。もう、浮気?
「そんなわけ、ないじゃん」
だって、私は剣の乙女になったのに。殿下と、もしかしたらウィルと、結婚するかもしれないのに。
私は何をやっているんだか。また、会えるか、なんて聞いて。
彼だって答えなかった。だって仕事の内容からして、会う機会があるとは思えないし。今回長く一緒にいたのは、殿下の護衛だったからだし。
でもまあ、仕方がないか。十星将なんて、雲の上の憧れの人だったわけで。全ての衛士が最終、目指す地点はそこなわけで。ちょっとくらい、仲良くなりたいって思うのは、私的には普通なはず。
廊下の先を見つめ、顔のほてりが引くのを待った。
気持ちが落ち着いてから、誰もいない廊下に頭を下げて、自分に与えられた部屋に入った。




